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2016年2月

2016年2月28日 (日)

「事件」。。。。新しい何かが突然に 「詩と思想」3月号「詩人の眼」

Img_6249 「詩と思想」2016年3月号 「詩人の眼」原稿 (2015年12月20日) 「事件」・・・・新しい何かが突然に  

                                黒川純
 私たちは、今、いや、今も、「事件」でいっぱいの世の中にいる。それも表層でも深層でも。飛び込んでくる事象だけでなく、眼を大きく見開くことで視えてくるそれも。あれから5年目を迎える東日本大震災・福島第一原発事故、それはもちろん、芸能人の最新スキャンダルも、暴力的な政治変動も、さらに個人的な決断も「事件」だー。スロヴェニア生まれの思想界の奇才と呼ばれる、スラヴォイ・ジジェクは『事件! 哲学とは何か』で、これらをあげたうえで、事件の定義のひとつを示す。「事件とは、すべての安定した図式を覆すような新しい何かが突然に出現することだ」、あるいは「事件とは、何よりも原因を超えているように見える結果のことである」と。
 
「原因を超えているように見える結果・・・・」の例として、『事件!』は、恋に落ちた例をあげる。これなどはだれもが胸に手を当てれば、「なるほど!」に。「私たちは特定の理由、(彼女の唇、あの微笑み、など)で恋に落ちるわけではない。 すでに彼女に恋しているから、唇やその他が私を惹き付けるのだ。だから、恋愛もまた事件的である。恋愛は、事件の結果が遡及的にその原因あるいは理由を決定するという循環構造の好例である」
 
 
「新しい何かが突然に出現する・・・」、その典型的な場面に2015年秋、私はたまたま立ち会っている。というか、私の体感をそのまま言葉で明らかにした素晴らしいスピーチを会場で聴いた。東京・代々木公園で開かれた「9・23 さようなら原発さようなら戦争全国集会」。檀上で、上野千鶴子(東大名誉教授)は、感慨深そうに、それでも、「一語一語」をていねいに、いわば、この時代を「総括」した。「70年安保」(もう45年前にもなる!)に関わった彼女はメモを片手にこう語っていた。 「私たち70年安保闘争世代は闘って負け、深い敗北感と政治的シニシズムの淵に沈み込んだ。しかし、2015年夏の経験は40数年間続いた政治的シニシズムを一掃したと私は確信する。議会の配置に変更がない以上、どんなに運動しても議会の中の結果は見えていた。だが誰もあきらめなかった。それどころか、日に日に路上に出る人が増えていった。まっとうなことをまっとうに口にしてよい、そういう時代がきました!」
 
キイワードの「政治的シニシズム」とは、この場合、「お前たちは何てバカなことをやってんだ!」という斜に構えた、我関せずの「冷笑主義」といったところ。72年初春に発覚した「連合赤軍事件」などを契機に潮が引くように去っていった「政治事件」が、昨夏、「SEALDs」(自由と民主主義のための学生緊急行動)を先頭にした若者たちの躍動で、再び世の中へ。戦後70年続いた「この国のかたち」を根底から変える「戦争法」を立法化させた政権に「新しいコール」で初々しく抗議。その力が学者、高校生、ママへと広がった。
 
  作家で明治学院大教授の高橋源一郎は、「SEALDs」メンバー、明治学院大4年の奥田愛基くんを取り上げた「朝日新聞be」(2015年12月19日付)で、「政権へ異を唱えたいと思う人が増えてきたとき、彼らが〃着火剤〃の役割を担った」と評価している。その「SEALDs」のメンバーと語っている『民主主義ってなんだ?』で、彼、高橋源一郎は、上野千鶴子が語った「まっとうなことをまっとうに口にしてよい時代」を、柔らかく言い換えている。別の言葉だが、意味するところは同じだ。
 
「ふつうのことが、ふつうに行われ、風通しのいい社会に」と。 「ふつうの子たちが、ふつうに生きていて、社会がおかしくなったと思って、なにかしなきゃならない、って思って、いろいろするようになった。そのふつうのことが、ふつうに行われることが、長い間、ふつうじゃなかった、ってことの意味も、ぼくは考えていた。彼らは、風通しのいい社会になったらいいのに、と思って、運動を始めた。そのことに、ぼくは、深く共感している」(『民主主義ってなんだ?』「はじめに」)
 
「事件」は、「戦争法」抗議以前から起こっていた。反原発首都圏連合が官邸前で始めていた毎週金曜日の「再稼動反対」アクションだ。2012年春から夏へ。数百人、数千人、数万人へ。倍々ゲームのように膨れ上がり、全国各地に次々と飛び火した。私も何度か参加しているこの「事件」についても、高橋源一郎は『ぼくらの民主主義なんだぜ』で、「デモ」について、うまい紹介をしている。市民団体「さよなら原発!日光の会」の代表である私も何度か問われてきたその問題についてのわかりやすい返答だ。 「首相官邸の前に、何万、何十万もの人たちが集まる。そんな風景は何十年ぶりだろうか。長い間、この国では大規模なデモは行われなかったのだ。でも、うたぐり深い人はいて、『デモで社会が変わるのか?』と問うのである。それに対して柄谷行人は、こう答える。『デモで社会は変わる。なぜなら、デモをすることで、《人がデモをする社会》に変わるからだ』」。
 
「ふつうの子や人が、まっとうなことを、まっとうに口にするため、ふつうに集会やデモを行う」。今や、そういう新たな時代に入った、私はその思いを強くしている。
 
「新しい何かが出現する・・・・」あるいは「原因を超えているようにみえる結果・・・」、その「事件」は、当然、ある種のさまざまな「時間」を伴う。では、「恋」にしても、「デモ」にしても、あるいは、別の何らかの「個人的な決断」でもいいのだが、それについて、それこそ意味深長な指摘をジジュクが『事件!』で語っている。追うのが難しい「時間」についての論考の中で。そのひとつとして、ドイツの革命家ローザ・ルクセンブルクと社会主義者エドゥアルト・ベルンシュタインとの「権力掌握時期尚早」論争、もとりあげている。ローザが反論する。「『時期尚早の』攻撃こそが要因、それも非常に重大な要因となり、最終的勝利の政治的諸条件を築きあげるのだから」。これらを挙げながら、「行為にとってちょうどいい時期などないのだ」。こう、たたみかける。さまざまなことが想像できる、このフレーズをかみしめることで、「自分と事件」に遭遇することができるのではないか。 
 
「もちろん問題は、行為と言うものはつねに早すぎると同時に遅すぎるということだ。一方では条件が整うことなどありえない。緊急性に屈服せざるを得ない。じゅうぶん待つ時間などない。戦略を練り上げる時間はない。行為はそれ自身の諸条件を遡及的に確立するという確信と危険性を覚悟しなければならない。他方では、緊急だという事態そのものが、行為が遅すぎたということを物語っている。もっと早く行動すべきだったのだ。行為はつねに、我々の行為が遅すぎたために生じた状況に対する反応である。要するに、行為にとってちょうどいい時期などないのだ」(『事件!』「真理は誤謬から生まれる」)

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2016年2月27日 (土)

定員を上回る自主講座に  「小規模自家発電ワークショップ」

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 小規模自家発電ワークショップ、IN日光市民活動支援センター(2月27日15時~17時)定員25人とほぼ同じくらい、飛び入りの2人を含め、26人前後が参加しました。

                                                      

 直前に仕事、病院、高熱、福島被災者支援ボランティアなどで4人から欠席連絡あり。やはり全部参加だと30人に。結果的にちょうどよいぐらいの人数で仲良く、電気の単位・エネルギー・ソーラー・電気配線などの講義を受けました。

 
教室のうしろでは、珈琲コーナーも(?)。2時間があっという間に過ぎてしまったのです。日光市、宇都宮市からの参加が中心でしたが、鹿沼市、小山市、茨城県結城市、市貝町など各地から駆けつけてくれました。みなさん、ごくろうさまでした。

2016年2月25日 (木)

本格的に募集をはじめます 3・26脱原発全国大集会


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Photo Faceboo


3.26原発のない未来へ!全国大集会まであと1カ月、いよいよ、本格的に参加者を募ります。「さよなら原発!日光の会」の貸し切り大型バス。定員53人のうち40人(残る13人席は「原発いらない栃木の会」などの枠で)。すでに8人(あるいは7人)の手が上がっており、残るは32席(33席)です。秋の「栃木アクション」では、29人乗りマイクロバスが満員御礼。何人の方にお断りの「乗車拒否」?をしています。このため、今回はそれなりにお早目に。「福島第一原発から5年目、チェルノブイリから30年」、その今年、ぜひ、脱原発の声を。きょうの新聞ニュースでは原発の運転期間「40年廃炉原則」を突き破り、老朽原発の運転を延長し、「60年廃炉」へ道を拓く、原子力規制委員会のとんでも判断も。これ以上の原発社会は許さないという力を共に示しませんかー。

2016年2月23日 (火)

クロスバイクで初飛行? 下りは風、上りは岩~。


Img_6202 (たまたまだがー)。「誕生日プレゼント」は、RITE WAYのクロスバイク、「シェファード シティ」(前輪3段変速、後輪8段変速)を。入荷、鍵、空気入れ、レンチなど各器具の説明を「神チャリ」から丁寧に受けたあと(レンチは「誕生日プレゼント」、かみやまさん、ありがとう)。

 


可否で「自転車主義」:について、30分ほど談笑。「それー」と初飛行?ー。霧降高原は坂、そして坂。。。坂を下がること、風のごとし、坂を上がること、岩のごとし。なので、15分ですでにばててしまいました(笑い)。クロスバイク、デビュー、初日でした。4


 

 高校生のときは、片道8キロ、往復16キロを3年間、ペダルをこいでおりましたが、それ以来?(そういえば、転勤の厚木や坂がほどんどない自転車の街・静岡では自転車通勤でした~)


                                     

クロスバイク2日目の23日、ご近所を走ったが、山あり谷ありで、20分でへとへと。基礎体力がありませんでした。それにしても、これでは市内から霧降高原にのぼれない~。

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2016年2月15日 (月)

定員20人に20人~ 「小規模自家発電ワークショップ」

 
Img_6034 2月27日(土)午後3時から日光市民活動支援センターで開く無料自主講座「小規模自家発電ワークショップ」(さよなら原発!日光の会」主催)に対し、参加希望はFACEBOOKから11人、そのほかに、「日光の会」からや、市貝、宇都宮など計9人の20人が参加を希望しました。
 
当日まで10日余あるので、その間に「ぜひ」という希望者がありましたら、定員25人までは受け入れたいと思っています。仲間に参加を促したいという方は仲間に耳打ちをしてくださいね。ほぼ「定員」近くになってきたので、私も役員をしている「さようなら原発!栃木アクション」(脱原発の県内35団体で構成)には、あえて拡散・周知はいたしません(どっと、参加希望者が増えても余裕がないのでー笑いー)。

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2016年2月14日 (日)

脱原発と反戦争法 足尾の新年会で「連帯」の挨拶

Img_6142 第56回足尾合同新年会へ。「さよなら原発!日光の会」代表、「戦争させない総がかり日光市民連合」共同代表として、「挨拶してね」と。足尾には「日光の会」の副代表や複数の役員も。久しぶりに「挨拶メモ」をつくって。「3・26 脱原発大集会」参加呼び掛けのチラシ付きだったのは、さすがです

(この挨拶で手にしていたメモ。このうち8割ぐらいを伝えました)

「国民の7割が原発はもういい」

★脱原発社会をめざす市民団体「さよなら原発!日光の会」(約80人)。福島第一原発事故から5年、チェルノブイリ原発事故から30年。今も10万人。政府・東電は川内原発1号機、2号機再稼動、さらに高浜原発を再稼動。

原発事故被害者の救済と補償も含め。「さようなら原発1000万人アクション」など(「原発をなくす全国連絡会」「首都圏反原発連合」主催)第6回ノーヌークスデイ」、3月26日、代々木公園で過去最大規模集集会をめざす。「日光の会」も大型バス(53人乗り)。ML、FACEBOOKで募集開始。3000円往復。ぜひ参加を。

★うたぐり深い人は「デモで社会が変わるのか?」。『ぼくらの民主主義なんだぜ』(高橋源一郎)。「柄谷行人はこう答えるか。『デモで社会は変わる、なぜなら、デモをすることで、人がデモをする社会に変わるからだ』」と。

新しい暮しへ。スモール、シンプル、スロー。災害対応ものソーラー。27日、日光市民活動支援センター「小規模自家発電ワークショップ」。25人定員、ぜひ参加を。

 

「新しい戦前にしないために」

★安倍政権、昨年9月19日、強行採決で憲法違反は明らかな戦争法。シールズ自由と民主主義のための学生緊急行動)が昨夏、全面に。栃木県でも若者がD3「安保法制に反対し、選挙投票を促すデモ」を初めて企画。この1月24日、宇都宮城址公園で。参院選をにらんだ行動。

1月26日、「戦争させない総がかり日光市民連合」結成。足尾の九条の会やさよなら原発!日光の会など11団体。県内でも1週間ほど前、2月6日「戦争法の廃止と立憲主義の回復を求める栃木県民ネットワーク」を結成。全県から35団体が参加。2000万人署名。若者選挙権。毎月19日行動も。「市民連合」の目標1万6000筆。

いずれにしろ、参院選。熊本、野党統一候補実現。斎藤美奈子紹介「独裁体制から民主主義へ」(ジーン・シャープ)。権力に対抗するための演説、声明、宣言、集会、抗議、討論会など「非暴力行動198の方法」。それらの闘いへ。

★けさの朝日新聞栃木版「足尾に緑を育てる会、今春、20周年ですね」の記事に登場していた元足尾砂防出張所長の鶴巻和芳(つるまきかずよし)さん。「足尾の二度泣き」-赴任時は辺地に泣き、離任時は人情豊かな地との離別に泣く。

2016年2月12日 (金)

今度はNPO事務局へ 「大きな木」の特命事項で

Photo 本日12日から日光市の指定管理者として日光市市民活動支援センターを運営している特定非営利活動法人、「おおきな木」の事務局・スタッフのひとりとなりました。名刺はこれから。

 

 特命事項「(仮称)にっこうけっこう基金」づくり担当として。いわば「生活困窮者のためのセカンドブックプロジェクト」といった性格の基金を積み上げようという計画です。

 


 5月中旬にも稼動させようと考えていますが、なにしろ、新たな「社会」の助っ人となりうる仕組みづくりなので、どこまで形になり、その果実を生み出せるか~。目標はこの方面での全国の「日光モデル」を。高い壁であるのは承知なのですが、「視る前に飛べ」(寺山修司)。といういつものスタイルで(笑い)。

 
https://www.facebook.com/nikkocity/info/?tab=page_info 特定非営利活動法人おおきな木 日光市で唯一の中間支援組織として地域のNPO活動をバックアップします!誰もが利用できるプラットフォームを目指しています。 「いいね!」しています

2016年2月11日 (木)

私たちが生きているのはー大仏次郎論壇賞『経済の時代の終焉』

Img_6135 「私たちが生きているのは、経済が社会的な価値のかなりの部分を方向づける時代である。どのような青春時代を送り、その大学で学び、どの会社に入り、結婚するか、しないか、子どもを産むか、産まないか、親の面倒をみるか、みないかーー。人生のすべてを経済が決定づける一歩手前の場所だ。だが、そんな経済の時代を終焉させるということは、資本主義を社会主義やその他の何か決まった社会に変えることではない。経済を制御可能な正しい場所へ誘い、互いに助け合い、ささえあうという人間の本来の性質に輝きを取り戻させることで、より人間の顔をした経済とよりよい生の条件を作る、そのような時代に変わるということである。この理念が共有されたとき、いかなる手段を用い、どのような社会をめざすのかは、人間の決断に任せればよい」

 

 今年の「大仏次郎論壇賞」。『経済の時代の終焉』(井手栄策 岩波書店)。清水の舞台から飛び降りるつもりで、本体2500円。いい本であるのはわかっているが、なるべく1000円台にして欲しい。ともあれ、本は基本的に高すぎるね。「図書館」利用者が増えるのは、わかる気がします。

 第一章は「私たちはどのように新自由主義に飲み込まれたのか?」、第二章は「なぜ私たちの賃金は下落するのか?」、第三章は「グローバリゼーションは、なぜ世界経済を揺るがしたのか?」、第四章は「なぜ財政危機が問題なのか?」、そして終章である第五章は「経済の時代の終焉―再分配と互酬のあたらしい同盟―」。

 

 経済と財政の歴史が次々と語られ、第三章までは、この方面の知識が豊かでないと、読み進めるのがかなり難しい(私のように)。でも、最終章は、すごくわかりやすい。読み進めるのがもったいないぐらい。最終章は、可否タイムを何度か、とりながら読み終えました。ピケテイとは一味違った魅力的な論考だ。基本的に大いに賛同する。 

経済の歴史を論じているのだが、全体に社会学的な視点が随所に。「あとがき」を読めば、その人柄がわかろうというものだ。こういう結びになっている。 

「命のつながりのなかで、お金では決して買うことのできないゆたかさを抱きしめながら、僕たちは今を生きるーーこんな照れ臭い言葉をみんなが自然と語り合える時代の訪れを願いながら」。 

最終章ではさまざまな視点が散らばっている。その中のひとつ、ふたつを紹介しよう。(時間を作って、きちんとした書評にしたいが、本日は時間切れで紹介のみに)。 

 「―どうしても避けて通れない問題がある。それは、なぜ日本人は成長神話から脱却できないのか、という問題である。成長神話に絡めとられた私たちという社会的、政治的基盤があるからこそ、アベノミクスは支持される。そして、成長を実現させるためにあらゆる政策が動員され、その矛盾を覆い隠すように政治的右傾化が進んでいる」 

 「私たちは歴史の結果を知っている。だから、現在からみれば歴史は常に必然である。だが、その必然へと向かうプロセスで、人間は常に考え、悩み、行動してきた。私たちの未来に刻み込まれるのは、経済にひれ伏し、屈服する人間の姿だろうか、あるいは、つながりを求め、経済を飼いならそうと、これに立ち向かう姿だろうか。未来は今この瞬間の決断の積み重ねであり、結果である」

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2016年2月 8日 (月)

若者政党が第三党に スペイン「ポデモス」が学べる

若者政党が第三党に。69議席獲得(全350議席)スペインの「ポデモス」(我々はできる)に学ぶことがたくさんありそうだ。きょうの東京新聞「こちら特報部」で見開きで展開。しかし、この紙面は有料ネットでないと読めないので、代わりにこの記事を。

Photo

(2016年1月15日)

昨年12月に行われたスペイン総選挙で躍進した政党・ポデモスが注目を集めている。

ポデモスは2014年1月にできたばかりの新しい政党で、同年5月の欧州議会選挙でスペイン第4の政党に、支持率は一時与党を抜いてトップに立ち、昨年末の総選挙では定数350議席のうち69議席を獲得し、第3党にまでなっている。

市民運動の流れで出てきたポデモス

では、なぜこの新政党が支持を集めているのだろうか。

まずリーマン・ショック後のスペインは、徐々に改善してはいるが、若者の失業率が約50%と危機的な状況で(全体では約25%)、2011年5月には「Occupy Wall Street」を模倣した大規模な抗議運動が起こり、緊縮政策や格差に対する不満をぶつけた。しかしデモだけでは選挙結果に影響を与えることはできず、与党は単独過半数に。こうした中で、2014年1月に30人の知識人によってポデモスが結党された。ポデモスとは、スペイン語で「我々にはできる」という意味で、政策決定の段階から市民に参加してもらう従来の政治手法とは異なる形を実現しようとしている。メンバーも大半が30代で、若者政党という側面もある。

こうしてみると、一見日本の学生団体SEALDsと似ている印象を抱くが、実際は異なる。

「極左」から中道左派へ

ポデモスの党首パブロ・イグレシアス氏は、1978年生まれの37歳で、マドリード・コンプルテンセ大学の政治学教授、他の主要メンバーも大学教授や学者などで構成されている。残念ながらSEALDsをはじめとする日本の市民運動には「知性」を感じないが、ポデモスは「知性」を持ったメンバーが中心に存在する。

確かに結党当初こそ、グローバル化や市場主義を強く批判し、政策も自由貿易からの離脱、生活に最低限必要な資金提供(ベーシックインカム)、利益を出している企業が労働者を解雇するのを禁止、公的債務支払いに関する市民の監督権といった典型的な左派ポピュリストの政策が多かったが、徐々に現実的な路線に、中道左派寄りへと変化してきている。

最初の非現実的な政策案は、今から思えば戦略の一部であったように思える。つまり、現政権に最も不満を抱えている若者、低賃金層からの支持を集めるためである(スペイン国民の最大の関心事は失業、汚職、経済だ)。ポデモスは政治資金をクラウドファンディングで集め、誰もが参加できる集会を開き、そこで出た意見をマニフェスト(プログラム)に反映させている。そして結党後すぐに行われた2014年5月の欧州議会選挙ではスペイン第4の政党に選ばれた。まずはマニフェストに一般市民からの意見を取り入れることで期待を集め、また国民が汚職に大きな関心があることから、イグレシアス氏は長髪、白いシャツにジーパンという古い政治家(と彼が批判する)とは一線を画した爽やかな印象をつくっている。学者らしい難しい表現や左翼らしい政治的専門用語を使ったりもしない。デイヴィッド・ハーヴェイやサルバドーレ・アジェンデなどマルクス主義思想家の影響を受けていると過去のインタビューの中で答えてはいるが、大衆に対しイデオロギー色を打ち出すことはない。また、現実的に実施する上では財源の問題は出てくるが、新興勢力としては他党を批判しても注目を集めることはできず、「どういう変化をもたらすのか」を明確に打ち出すことが重要だ。ポデモスは「希望を胸に投票したのはいつでしたか?」という選挙スローガンを掲げている。

そして、以前と変わっていないものもあるが、今は下記のようなマニフェストを掲げている。

  • 貧困レベルにある家庭に対し600ユーロ(約7.6万円)を支給
  • 富裕層への増税
  • 再生エネルギーなどを使って低炭素社会の実現
  • 緊縮政策を止め、医療、教育への支出削減を止める
  • 定年退職年齢を(67歳から)65歳に戻す
  • 非正規雇用を減らし、最低賃金を保障。解雇に関する法律も変える
  • 公共投資を増やす
  • 男女平等の実現、幼稚園の無料化、週35時間労働
  • 一部銀行の国有化、金融規制
  • 抵当権の再設定

欧州議会選挙時に物議を醸した全家庭へのベーシックインカム、公的債務支払いに関する市民の監督権は撤回している。経験不足による実行力への不安から一時ほどの支持率はないが、それでも1980年代はじめ以降勢力を保ってきた国民党と社会労働党の二大政党を脅かしている。今後より幅広い支持層を確保するために、中道寄りにシフトしており、ポデモスの指導部は「極左」という呼び方はやめてほしいとよく言っている。ポデモスが支持した市長もバルセロナとカディスに2人誕生している。昨年末の総選挙時には約39万人の党員が存在し、スペインで2番目に多い。

従来とは異なる政治手法

ポデモスはギリシャの急進左派連合と緊縮政策反対という点では共通している(た)が、新しさという意味では大きく異なる。既に述べた通り、政治資金はクラウドファンディングで集め、シルクロス(スペイン語でサークルの意味)という地域単位での集会を開いている。既にシルクロスはスペイン全体で1000個近く存在する。またどこからでも参加できるようオンライン上でもシルクロス同様に討論を行っている。このシルクロスはベネズエラのウゴ・チャベス大統領が行った「ボリバルサークル」を模倣したものかもしれない。もちろん、facebookやyoutubeも積極的に活用し、支持者にアプローチしている。元々人気のあったTVにも出演し、イグレシアス氏はカリスマとして存在感を発揮している。今後は、議席を確保した政党として運営面が大きく問われることになるが、新しい政治手法を発展させられるのか引き続き注目していきたい。


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2016年2月 7日 (日)

「序説」第23号に向けて  同人との連絡作業を急げ~。

 宇都宮できょうあった福島みずほさんの講演会を断念し、もう1カ月以上も延期していた同人誌『序説』第23号の同人連絡、それをを伝える作業中ー(私が事務局なので)。

 
 今年は総会を群馬県で7月31日に開き、8月1日に発行する。なので第一次締め切りは6月10日、最終締め切りは6月17日となるか。となると、あともう4カ月となる。
 

 同人(東京、群馬、茨城、福島、栃木に暮らす同人10人、群馬と栃木の準同人3人)に早く連絡しないといけない。1年に一回発行しているのだが、一年が早いこと、早いこと。来年の2017年は第24号。今から42年前!、

                            Photo
 全共闘運動が坂道を転げ落ちていった1974(昭和49)年創刊の第一次「序説」が12号で休刊。その後、四半世紀、25年間の休刊を経て、再開。その第二次「序説」も12年間に12号。ちょうど二倍になるのを記念し、日光霧降高原で総会(という名前の大懇親会)をやることに決めているのです。

2016年2月 6日 (土)

栃木県民ネットが発足 戦争法廃止と立憲主義のい回復を

  

Img_6116 戦争法廃止と立憲主義の回復、平和憲法改悪を阻止するーこの3点を目的に「新しい戦前をつくらせない」とするオール栃木の市民団体を中心した共闘組織、「県民ネット」がきょう6日、発足した。

  正式名称は「戦争法の廃止と立憲主義の回復を求める栃木県民ネットワーク」(仮略称 戦争法廃止栃木県民ネット)。「九条の会栃木」と「戦争させない全国署名栃木県連絡会」「憲法を守りいかす共同センター栃木」の県内主要3団体が広く県内各団体などに呼び掛けていた。

 午前10時から栃木県弁護士会館(宇都宮)で開かれた結成集会には、佐野や大平、益子や茂木、栃木や鹿沼、宇都宮と矢板、それに日光など県内各地の団体や個人、百数十人が次々と駆け付けてきた。

  各地の団体、特に佐野、鹿沼、栃木の団体などは、いずれも戦争法反対を目的に次々と新たに結成され、独自の集会や抗議デモ、署名活動などを繰り返し進めていた。そのうち日光地方の「日光市民連合」(戦争させない総がかり日光市民連合)は、つい10日前の1月26日に発足、この日の結成集会に代表を参加させた。

  「県民ネット」は、県内各地の運動について、情報を共有し、発信するー、戦争法反対全国2000万人署名に取り組むー、毎月19日の行動実行と連携、拡大のための活動を行うーなど5点を確認。共同代表に松木栄三(九条の会栃木)、太田うるおう(連絡会議)、伊藤直子(共同センター)の3氏を選んだ。

   集会で採択した「設立宣言」では、「安倍政権は憲法違反の戦争法を、先の国会で強行採決により『成立』させた。これは立憲主義を否定し、歴代政府の安全保障政策を否定する暴挙と言わざるをえない」と、強く抗議。同時にこれまで県内の運動が個別に進められ、「結集した運動」となっていなかった状況を挙げた。それを踏まえ、「県民ネット」を結成するという「設立宣言」を採択した。

 討議では、発言を求める挙手が相次いた。各地の運動がどう進められているか、それぞれの報告と「県民ネット」の結成を歓迎する声が続いた。同時に今夏の参院選では野党統一候補になんとしても勝利させ、戦争法賛成参院勢力3分の2を阻もうという強い意志が示された。


 さらに、集会に若者の姿がほとんど見られず、女性の参加も少なかったことから「若者との連携を考えていくこと」「もっと女性を参加させるように」といった苦言が上がった。また「ネットの活用、TWITTER、FSCEBOOK、BLOGなどSMSを活かした運動を」などの注文も相次いだ。会場の提案から「自民党候補の落選運動」も行うことが決まった。  

 やりとりが続いたのは「県民ネット」の「構成員」について。「申し合わせ事項」(案)で、「構成員は、その目的に賛同する組織、団体で構成する」としていた点。「国会前の戦争法案反対抗議行動でも個人が大半。今の時代に個人を排除する運営のやり方は疑問」といった声が重なった。これについて、主要3団体の事務局は「もともと、この組織は各団体の連絡会といった位置づけだったため、この方式に。個人はもちろんおおいに参加していただくが、支持者、サポーターといった位置づけに」と説明。しかし、「個人も構成員にすべきだ」という声がさらに続いた。

  途中、「個人で参加しました」という声とともに発言したのが、田野辺隆男さん(55)。つい2日前の4日、今夏の参院選栃木選挙区(改選数1)について、民主党県連が推薦し、無所属で立候補予定だった沖智美さん(35)が立候補を取りやめ、元NHK宇都宮放送局長が党推薦の無所属候補として立候補すると、発表。その同宇都宮放送局長であった田野辺さん。

   「えっ!渦中のその人?」といった会場の視線を一身に浴びながら、当の田野辺さんは、推薦を受けた民主党とは「チーム」としてやっていこうとしていると強調。「きょうは政治活動で参加したのではなく、みなさんの熱気に賛意を表したいと思い発言を」などと話した。  

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2016年2月 5日 (金)

お知らせ・「霧降文庫」は冬季休業 2月の1カ月間

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古書店図書室「霧降文庫」は、2月の1カ月間、「冬眠」ならぬ、「冬季休業」に入っています。

 
 再開は3月5日(土)から。企画テーマは「あの日から5年、東日本大震災」。「3・11」まで1週間で。


 2月の「冬季休業」といっても、土日の8日間のうち、5日間は会議や講座、総会、新年会など。もともと2月はオープンしても3日間だけでした。

2016年2月 3日 (水)

「3・11ユートピア」の見方  池澤夏樹の落胆の向こうへ

 

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 池澤夏樹は、かなり疲れを覚えているようだ。というか、現状に落胆の色を隠せない。今も10万人の核災避難者が故郷を追われて暮らしているのに、経済原理とプラスで原発は次々と再稼動、その現実にため息をついている。ふだんの彼はもっと前向きな希望を指し示す。それだけに2日付朝日新聞夕刊コラム「終わりと始まり」のトーンの暗さよ。これだけ力を落としたかのような彼の文章はあまり目にしていない(私の場合だが)

 

 

 「3・11」から5年。もちろん、いわゆる「災害ユートピア」が直後に生まれ、次第に通常に、日常に戻っていく。それはそれで当然だと思う、いつまでも「ユートピア」は続かない。でも、それを体験したことは、さまざまにそれぞれの個に大きな核を残していく、それは必然だ。だから、「一時の幻想に過ぎなかったように思われる」、そういう池澤夏樹の見方にすぐに与しない。

 

 ただ、川内原発、高浜原発の再稼動という現実に立ち会うと、そういう冷静な見方も仕方がないのかもと。だが、この再稼動は自公政権が演出しているものであり、世の中の空気を示しているものではない。経済原理の独裁がそのまま姿を示しているが、どっこい、2015年夏の国会前の声も含め、そう簡単に撤退をしてはいられない。

 

 ただ、彼にそういう感覚を誘い出したろうソキュメンタリー映画「それでも僕は帰る~シリア 若者たちが求め続けたふるさと~」。原題は「ホムスへの帰還」という。それを私も観たい。 (以下は、そのコラム「抵抗する若者たち シリアの希望はどこに」の結語だ)

 

 
2011年、ぼくたちは震災を機に希望を持った。復旧に向けて連帯感は強かったし、経済原理の独裁から逃れられるかと思った。五年たってみれば、「アラブの春」と一緒で一時の幻想、「災害ユートピア」に過ぎなかったように思われる
 

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(以下は朝日新聞デジタルから 2日夕刊「文芸・批評」コラム)

去年からずっと見たいと思っていた映画をようやく見られた。

 「それでも僕は帰る~シリア 若者たちが求め続けたふるさと~」、原題はあっさりと「ホムスへの帰還」。

 シリアの中部にあるホムスという都市でアサド政権に抵抗する若者たちを撮ったドキュメンタリーである。

 見終わって何時間たっても映像が頭の中で渦を巻いている。場面が断片的によみがえり、いくつもの疑問が噴出する。それが今の状況と呼応してもっと大きな疑問になる――なんで世界はこんなことになってしまったのか?

     *

 チュニジアジャスミン革命を機に、二〇一一年からアラブ各国で独裁的な体制への反抗運動が高まった。人はこれを「アラブの春」と呼んだ。

 ホムスで若い人々が抗議運動を始めた。率いるのがアブドゥル・バセット・アルサルート。「ぼくはアジアで二番のゴールキーパーだ」というとおり、サッカー選手として国民的な人気があった。それがデモの先頭に立ってアサド政権の退陣を求める。

 こいつが超かっこいい。

 十九歳。美青年で、扇動的な演説がうまく、自作の詩に節をつけて歌うのがまた見事。内容から言えば革命歌なのだが、政権打倒を歌い、団結を歌い、不屈を誓い、アッラーを讃(たた)える。それがアラブの哀愁を帯びたメロディーに乗る。

 実写の映像が見る者を引き込む。群衆の盛り上がりと熱気が伝わる。

 しかし、政府軍はデモの参加者を無差別に大量に殺し始めた。演説と歌と踊りとプラカードの平和的なデモの訴えは真っ向から暴力的に否定された。

 政府軍は反抗的な地域の住民を強引に追い出し、町を封鎖して無人化しようとした。

 若者たちは武装蜂起に踏み切る。

 監督タラール・デルキは早い段階でバセットのカリスマ性に着目し、彼を中心にしたドキュメンタリー映画を作ろうと決めたらしい。バセットの友人のオサマが半ば専属のカメラマンになって彼の活動を撮ってネットに流す。

 蜂起の後は映像は戦闘場面になった。敵は正規軍だから戦車から狙撃兵まで何でも揃(そろ)っている。建物は次々に破壊され、脱出しようにも一本の道を渡ることができない。

 この映画はその場その場の実写を繋(つな)ぐだけで、全体状況がなかなか読めない。しかしよく撮ったと息を呑(の)むような場面の連続。物陰から出てカメラを向けることは撃たれる危険に身をさらすことである。英語では「撮る」も「撃つ」もshootという同じ言葉だ。

 バセットたちは圧倒的な敵に包囲されて動きが取れない。移動には家々の壁をぶちぬいて作った通路を使う。表通りに出れば撃たれる。

 実際に人が撃たれて倒れる場面もあるし、負傷者の運搬や即席の手術の場面も、大量の死者を埋葬する場面もある。棺(ひつぎ)が足りないから白い布で包んだだけの死体が無数に並ぶ。

 フィクションならば我々はこの種の場面に慣れてしまっている。しかしこれはフィクションではなくファクトだ。不器用で不細工な、ブレとピンぼけの映像。時系列に沿った編集だが、場面の間の時の経過がつかみにくい。

 ある段階でカメラ担当のオサマは政府軍に捕まって消息を絶った。しかしその後も誰かがその時々カメラを手にして撮った。監督のチームが現地に入ることもある。編集は抑制が利いているが、素材の力が圧倒的。

 外部の支援を求めてバセットは下水管を伝って脱出する(後で下水管は政府軍の手で爆破された)。支援はなかった。僅(わず)かな希望と共に、まだ包囲された人々のもとへ彼は帰って行く。

 その後のことはわからない。

 一つ気になるのは、誰がバセットたちに資金を提供したかということ。外国の個人の寄付という言葉があったが、信じるわけにはいかない。それは受け取っていい金だったのか。彼は国際政治の駒ではなかったのか。

     *

 シリアは「アラブの春」が最もこじれたケースだ。今も激烈な内戦が続き、国民は続々と国を逃れて遠い土地へ向かっている。自国民を平然と大量に殺し、都市を廃虚にする政府のもとで暮らすことはできない。エジプトでは軍がムバラクを見放したが、シリア国軍は今もアサドに従っている。

 社会が大きく揺れる時、人はそこに希望を見出(みいだ)す。チュニジアの政権が倒れた後で、エジプトやリビアやシリアの抑圧された人々は希望を持った。だが民主的な安定した政権に移れたのはチュニジアイエメンだけだった。

 二〇一一年、ぼくたちは震災を機に希望を持った。復旧に向けて連帯感は強かったし、経済原理の独裁から逃れられるかと思った。五年たってみれば、「アラブの春」と一緒で一時の幻想、「災害ユートピア」にすぎなかったように思われる。

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