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2016年3月11日 (金)

既存の仕組みに対する深い疑いを  「3・11:に会報27号

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既存の仕組みに対する深い疑いを           

「さよなら原発!日光の会」  代表・富岡洋一郎
東日本大震災と福島第一原発事故から5年目の「3・11」、再稼動の動きが大きくなろうとしていたところ、3月9日、ビックなニュースが飛び込んできました。大津地裁は高浜原発3、4号機(福井県、4号機は運転トラブルで緊急停止中)をめぐり、福井県に隣接する滋賀県の住民29人の訴えを認め、2基の運転を差し止める仮処分決定を出しました。
  稼動中の原発を直ちに停止させる司法判断は初めて。東京電力福島第1原発事故後、原発の再稼働や運転を禁じた司法判断は3例目だが、うち原子力規制委員会の新規制基準への適合性審査に合格して既に再稼働した原発に対するケースも初めて。私たち「さよなら原発!日光の会」にとって、大歓迎の画期的な司法の判断です。
 
  朝日新聞の10日の「社説」は、今回の決定について、 「なし崩しの再稼動に対する国民の不安に沿ったものである」と、私たちと同じく歓迎。そのうえで、「安倍政権は、原発事故がもたらした社会の変化に真摯に向き合い、エネルギー政策の大きな転換へと動くべきである」と促しています。さらに今回の決定は、事故を振り返り、環境破壊は国を超える可能性さえあるとし、「単に発電の効率性をもって、莫大な災禍とひきかえにすべきだとは言い難い」と述べたことを取り上げています。そのうえで決定は事故原因の究明について関電や規制委の姿勢は不充分と批判し、規制委の許可がただちに社会の安全の基礎となるとは考えられないと断じたとしています。「新たな価値基準を満たしたとしても、それだけで原発の安全性が確認されるわけではない。その司法判断の意味は重い」と、高く評価しています。
 
  私たち「さよなら原発!日光の会」が2012年初夏に正式に発足してから4年目、この間、政権交代による今の安倍政権は脱原発が多勢である世論を切り捨て、再稼動を強行し、私たち市民の主張とは真逆の原発維持政策を進めています。原発事故による被害の大きさは日々のニュースで私たちは承知しておりますが、5年になるというのに、今も9万9000人にのぼる福島の県民が県内外に避難しており、原発関連死は1368人に達しているといいます。 放射能による甲状腺まずがんなど子供たちの健康へ絵影響に対する不安は消えません。核のゴミについては処理の方法も場所も決まってはおりません。放射能は「10万年」も消えないため、なによりも未来の私たちを脅かし、もともと倫理の根源からも許されない代物なのだ、ということが広く知られるようになりました。
 ひところ、声高に叫ばれたのは原発の経済性と供給力でした。そのうち経済性、は環境経済学者、大島堅一さんなどの研究でその優位性が崩れたことが判明しました。さまざまな被災者に対する損害賠償、除染と中間貯蔵、廃炉と汚染水処理などで膨大な費用がかかっており、経済性はむしろ後退しました。 供給力については、「原発が動かないと経済が大混乱する」などと、声高に言われておりました。ところが、原発ゼロでも、原発が一基も稼動しなくても、社会は回るー。これまで原発ゼロ2年1カ月を私たちみんなが体験しています。今では、計画停電が行われていた2011年当時の「電力の調達をどうする!」といった声がいつも間に消えてしまいました。
  にもかかわらず、短期の利潤獲得を大きな動機としても、川内原発(鹿児島)を2015年8月から再稼動させました。いわば、福島の原発事故がなかったかのようにふるまう政府と各電力会社に対する不信は今や、いやがうえにも高まっています。そんな私たちの思いを代弁するかのように原発維持政策に批判的な論陣を張る東京新聞は3月8日の社説「命の安全第一に 3・11から5年」で、わかりやすく脱原発の必要性を強調しています。
 
  この社説では、被災者らが中心となって東電元幹部を強制起訴へと持ち込んだのはつい先日だとしたうえで、以下のように伝えています。 「原発再稼動は進むけれど、どこかに黒い雲のようなものがかかったままのようなのです。本当は進めてはいけない。原発はやはり危険だと考える人が世論調査などで過半を占めるのは当然なのではないでしょうか」、 「5年前の評論では、なぜ原発に頼らないかは、人の命と安全は経済性に優先するからだと記しました。人間を大切にすることが、私たちの従来の主張だから、と。裁判用語では人格権の尊重であり、社会用語では倫理ということになるでしょう」。 
 倫理といえば、作家、池澤夏樹さんが朝日新聞「文芸・批評」欄の連載「終わりと始まり」(3月1日夕刊)の「東電の責任と倫理観 原発崩壊は天災でない」で、その大事さ示しています。そのエッセイでは、「株主への配当のためならば、法人は何をやってもいいわけではない」として、以下のように厳しく東電を追及しています。
 
 
  「国の暴走を憲法が縛るように。企業の倫理逸脱も制限されなければならない。東電はあの日以来ずっと嘘とごまかしを重ねてきた。5年後の今ごろになって、炉心溶融を定義するマニュアルがあったことを白状した。津波の日の3日後に事故の正確な規模を公表すべきだったのに2カ月後先まで引き延ばした。正しい情報があればこの間にできたことは少なくなかっただろう。原発という危険な施設を運転する資格と能力はこの会社にはない。他の電力会社にもない」
 
 私もまた、「3・11」から5年にあたり、「原発という危険な施設を運転する資格と能力は東電にも、他の電力会社にもない」、そう強調します。あえて生き残っている東電を市民、国民がどうとらえているかー。4月1日から、環境に優しいで電力かどうかなどで各家庭が自由に電力会社を選べるようになる「電力自由化」、その契約状況がその姿を示すことだろうと思っています。そうした原発事故や東電に対する態度でも、再稼動でも、さらに電力自由化でも、私たちはそれぞれに判断しているわけですが、法政大総長・田中優子さんが「『文明災害』自分で考える」(朝日新聞3月1日 東日本大震災5年 私たちは変わったのか➀)で、その判断力について、印象深い文章を書いています。
 
「あれから5年、私たちは誰かや何かに任せておけば、うまくいくわけではないということを知りました。既存の仕組みに対するかなり深い疑いを内面に抱えるようになり、それゆえ自分なりに考えなくてはならないということにも気がつきました」。
 
この「さよなら原発!日光の会」が、今も活動を継続しているのも、この延長線上にあることに気がつきます(了)
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