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2016年8月 5日 (金)

正しく堕ちる道を堕ちきることで目覚める 「堕落論」と「21世紀の堕落論」

Img_8770 折々の状況 その43(20168月5日)

正しく堕ちる道を堕ちきることで目覚める

 

「一億総活躍社会」、そんなスローガンはどこにあるの?と、誰もが思うだろう。まるで、東京のラッシュアワーのような人、人、人―。そこが病の人たちを中心に動いている「病院」だとは思えない。受付窓口へ、検査窓口へ、検診窓口へ、エレベ―ターから病室へ、お見舞いへ、付き添いに。車椅子、歩行器、杖、医師が、看護師が、看護助手が行き交う。担架がそこのけそこのけと通っていく。

さまざまな目的で歩いているのはわかっている。それぞれがうごめいているが、言葉はほとんどない。個々では、何か困った状態であることが「正しく」、健康で明るい人は「正しくない」(笑い)。そういう不思議な空間だ。7月22日まで25日間、私が入院していた済生会宇都宮病院。昼でも夜でも、四六時中、救急車が到着するサイレンが聴こえる。私はとにかく「腰椎変形すべり症」を治す、それに徹した生活だったが、よくよく考えると、感覚としては「ゆっくりと行くところまで行くしかないね」、といったところかー。

 

 いわば、そんな「堕ちていく私」みたいな感覚が残っていたのか、つい数日前、書店でその書名を見かけて、買い求めたのが「21世紀の新・堕落論」と銘打った香山リカの新書『堕ちられない「私」 精神科医のノートから』(文春新書)。キャッチフレーズに誘われて、一気読みしたのです。最新刊かと、思っていたらー。初版は2014年11月20日。もう1年9カ月前になる。新聞の書評論でも、見かけなかったのだが、「どんな新・堕落論?」と、興味津々で、手にしたのです。

 

 表紙には、「たまには私も堕ちてみたい」 ダラダラ、グズグズ、ちょっと淫靡で不道徳。それが正解!-。とあったが、30近い「ケース」を紹介し、それにコメントを寄せる、そんな展開が次々と。それほど起承転結があるわけではない。名文家?香山リカだけに、「次の展開は?」と、読み進めるのが楽しみでしたが、結果は、玉ねぎの皮をむくような思いに。期待して読み進めていただけに、「もう少し展開してよー」といった感覚が抜けない。以下に示す「あとがき」の中心部分をあげてみてもそういう感じがしてしまう。というか、「堕落論」という割には、明るすぎる、のっぺらしており、軽くステップを踏みながら次のテーマに移っていく、そのため深みを味わえないのか?ー、というと、わりと好きな作家に対するないものねだりかもしれない。

 

 「堕ちることからこそ、見えてくる風景、味わえる快感、出会える人々が必ずいる。そして、いったん堕ちたからこそ、『私が本当にしたいことはこれなんだ』と気づくこともたくさんあるだろう。そこからまだゆっくり歩きだし、疲れたら、また堕ちる。疲れていなくても、『やりすぎだな』と思ったら、あえて堕ちる。それでよいのだ。堕ちることを恐れない 堕ちる力を疑わない。それは自分を信じ、人間を信じ、世界を信じることにほかならないと、私は強く思っている」(「あとがき」)

 

 というのも、「堕落論」と、くれば、だいたいの人が、坂口安吾が戦後すぐに書いたエッセイ「堕落論」(昭和21年4月『新潮』第43巻第四号)と「続堕落論」(昭和21年12月『文学季刊第二号』冬号)、それを思い起こすだろう。1945(昭和21)年夏の「敗戦」からまだ1年も過ぎていない。そのときに以下のような、いわば、衝撃的な「堕ちろ!」の勧めを書いている。それに比べるのもなにかと思うがー、どうも比べてしまう(笑い)

 

 「堕落論」では、よく知られるフレーズが以下だ。

 

 戦争は終わった。特攻隊の勇士はすでに闇屋となり、未亡人はすでに新たな面影によって胸をふくらませているではないか。人間に変わりはしない。ただ人間に戻ってきただけだ。人間は堕落する。義士も聖女も堕落する。それを防ぐことはできないし、防ぐことによって人を救うことはできない。人間は生き、人間は堕ちる。そのこと以外の中に人間を救う便利な道はない。戦争に負けたから堕ちるのではないのだ、人間だから堕ちるのであり、生きているから堕ちるだけだ。だが、人間は永遠に堕ちぬくことはできないだろう。なぜなら、人間の心は苦難に対して鋼鉄の如くでは有り得ない。人間は可憐であり脆弱であり、それゆえ愚かなものであるが、堕ちぬくためには弱すぎる。

 

 「堕ちること以外に人間を救う便利な道はない」、と、呼び掛けながら、「堕ちぬくには弱すぎる」とも。なんとも?の展開だが、その補助線は引いている。

 

 人間は処女を刺殺せずにはいられないだろうし、武士道をあみださずにはいられず、天皇を担ぎださずにはいられなくだろう。たが、他人の処女でなしに、自分自身の処女を刺殺し、自分自身の武士道を、自分自身の天皇をあみだすためには、人は正しく堕ちる道を堕ちきることが必要なのだ。そして人の如くに日本も亦堕ちることが必要であろう。堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない・・・

 

 この補助線は、そのままだと、半可通になってしまうが、「続・堕落論」の結語を重ね合わせると、「なるほど!」、あるいは「いいね!」の感覚を覚えるかもしない。小さなキイワードである「処女」や「武士道」や「天皇」の使い方がわかるだろう。

 

 「続・堕落論」では、こう締めくくる。

 

 人は無限に堕ちきれるほど堅牢な精神にめぐまれていない。何者かカラクリにたよって落下をくいとめずにいられなくなるだろう。そのカラクリをつくり、そのカラクリをくずし、そして人間はすすむ。堕落は制度の母胎であり、そのせつない人間の実相を我々は先ず最もきびしく見つめることが必要なだけだ。

 

 「カラクリ」であったり、「制度」であったり、表現はいくつかあるが、要は「仕組み」ともいえるもの。ただ、それが建設というのではなく、造っては壊し、前に進むと。堕落がいけないのではなく、人間だから、堕落するのだ、と言い切る。堕ちきることによって、それも「正しく」堕ちきることよって、自分自身を発見する、それよって、自分を救い出すーそんな論の立て方だ。混乱状態にある戦後の世界で、こんな提起をされたら、救われる人は救われたであろう。というか、戦後70年を過ぎた今でも、その視点は、少しも古くなっていない。そのことに気づかされる。というか、香山リカの「21世紀の新・堕落論」の柔らかな正調派の堕落論のほうが、古めかしさを感じてしまう(のは、へそ曲がりの私だけだろうか?)。

 

 精神科の患者の実例をたくさん挙げて、「堕落の勧め」を促す方法、それが成功する場合と、そうでない場合があると思うが、この場合は、どうもしっくりこない。これは敗戦翌年と2014年という70年という年月の差なのか?、私には、わからない。ただ、安吾の正しく堕ちきることによって、堕ちぬくことによって、自分自身を発見し、救い出すーという「方法」を抜き出して、書いていたら、ふと、「これはあの吉田満の『戦艦大和の最後』」のあれではないか!」と、浮かんできた。そう、沖縄に向かう戦艦大和内の士官ルームの論争―こんな片道の燃料しか積んでいない無謀な玉砕戦法に若い命を賭ける意味があるのか?―にけりをつけたフレーズだ。知る人ぞ知る有名な以下の発言だ。「敗れて目覚める」・・。それは「堕ちて救われる」という提起と、なんと近似値であることかー。(「書棚の「戦艦大和の最後」(吉田満)が見当たらないので、とりあえず、ネットから「ガンルームの論争」から引っ張りだしました。もともと本文は全文ともカタカナです)。

 

 兵学校出身士官達「国ノタメ、君ノタメニ死ヌ ソレデイイジャナレ以上何ガ必要ナノダ」
学徒出身士官達の反問「君国ノタメニ散ル ソレハ分ル ダガ一体ソレハ、ドウイウコトトツナガッテイルノダ 俺ノ死、俺ノ生命、マタ日本全体ノ敗北、ソレヲ更ニ一般的ナ、普遍的ナ何カ価値トイウヨウナモノニ結ビ附ケタイノダ コレラ一切ノコトハ、一体何ノタメニアルノダ」
「ソレハ理屈ダ 無用ナ、ムシロ有害ナ屁理屈ダ 貴様ハ特攻隊ノ菊水ノ「マーク」ヲ胸ニ附ケテ、天皇陛下万歳ト死ネテ、ソレデ嬉シクハナイノカ」
「ソレダケジャ嫌ダ モット、何カガ必要ナノダ」
論争後の鉄拳の応酬。
この論争を制する上級士官の結論
「進歩ノナイ者ハ決シテ勝タナイ 負ケテ目ザメルコトガ最上ノ道ダ 日本ハ進歩トイウコトヲ軽ンジ過ギタ 私的ナ潔癖ヤ徳義ニコダワッテ、本当ノ進歩ヲ忘レテイタ 敗レテ目覚メル、ソレ以外ニドウシテ日本ガ救ワレルカ 俺タチハソノ先導ニナルノダ 日本ノ新生ニサキガケテ散ル マサニ本望ジャナイカ 

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