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2016年8月 8日 (月)

死の宙釣りと生の宙釣り  「表現の周辺 8」(冨岡弘)

Img_8537 表現の周辺8     冨岡 弘

 二十歳代に読んだ小説を読み返してみた。何故か今時の村上春樹などは、未だに読んでいない。相当前になるが、「羊をめぐる冒険」が出版されて直ぐに手元に置いたが、そのままで書棚の何処かに眠っている筈だ。そのうち読むだろうが、今は読む気配がない。それで最近読んだのが、島尾敏雄の「出発は遂に訪れず」と「島の果て」の二作品で、両方とも短編で八月十五日の敗戦前後の数日が描かれている。二作品は対をなしていて、前者は主人公である特攻隊長の中尉の心理的葛藤が事細かく描かれている。後者の「島の果て」は、全く同じ時間帯つまり八月一五日をはさんでの数日の、中尉と島の娘「トエ」の恋愛が切なくしかも幻想的に描かれている。

「出発は遂に訪れず」は、最近の小説では決して味わう事のできない緊迫した描写がいたる処に見てとれる。主人公の中尉は、鹿児島と沖縄の中間点に位置する奄美群島の一つ加計呂麻島に赴任する。(本文では、島の名前は加計呂麻島と記されていないが、島尾の作品解説で具体的に語られている。この小説は、彼の戦争体験が下敷きになっている自伝的作品である。)彼は、五十二二十歳代に読んだ小説を読み返してみた。何故か今時の村上春樹などは、未だに読んでいない。相当前になるが、「羊をめぐる冒険」が出版されて直ぐに手元に置いたが、そのままで書棚の何処かに眠っている筈だ。そのうち読むだろうが、今は読む気配がない。それで最近読んだのが、島尾敏雄の「出発は遂に訪れず」と「島の果て」の二作品で、両方とも短編で八月十五日の敗戦前後の数日が描かれている。二作品は対をなしていて、前者は主人公である特攻隊長の中尉の心理的葛藤が事細かく描かれている。後者の「島の果て」は、全く同名の特攻兵を束ねる隊長としての重責を担っている。勿論上からの発進の命令が下れば、自らも二百三十キロの炸薬を装着した一人用ボート(全長五メートル、横幅1メートル、飛行機エンジンをとりつけたもの)で敵戦艦に突撃するわけである。自爆するのである。

 「八月一三日の夕方防備隊の司令官から 特攻戦発動の信令を受けとり、遂に最期 の日が来たことを知らされて、こころに もからだにも死装束をまとったが、発進 の合図がいっこうにかからぬまま足ぶみ をしていたから、近づいて来た死は、は たとその歩みをとめた。」

結果その日は、突撃することはなかつた。しかし、それからが中尉の内的苦悩が始まるのである。

「今私を取りまくすべてのものの運行は、はたとその動きを止めてしまったように 見える。目に見えぬものからの仕返しの 顔付きでそれは私を奇妙な停滞に投げい れた。巻きこまれたゼンマイがほどかれ ることなく、目的を失って放り出される と、鬱血した倦怠が広がり、やりばのな い不満が、からだの中をかけめぐる。矛 盾したいらだちにちがいないが、からだ は死に行きつく路線からしばらく外れた ことを喜んでいるのに、気持は満たされ ぬ思いにとりまかれる。目的の完結が先 にのばされ、発進と即時待機のあいだに は無限の距離がよこたわり、二つの顔付 きは少しもにていない。」

一日生きのびたことにより、いっそう複雑でやるせない心理が宿ってしまい、絶望感が彼を食い裂く。不可視な糸に死が宙吊りにされ、自分ではどうにもならない状態にさらされる。これこそが戦争の悲惨さなのだろう。死が自分自身から引き離され、勝手な思惑に翻弄されてしまう。

 私も六十代まん中ぐらいになるが、時々自分の死について考えてしまうことがある。それはあくまでも個人的な個的死である。平和な時代にはおおむね死は個的なものとしておとずれる。元来死は個々の個人に起こる現象で、それが自然であり、理想的な死に方である筈である。しかし戦争は死を個人のものから何処か別の次元に追いやってしまう。気まぐれとでも言える戦況の変化により、突撃の命令が下されればその時が死ぬときであり、選択の余地など全くない袋小路に追いやられるのである。死は宙吊りにされたままもてあそばれるのである。

「出撃のその日を、恐れおののきながら 早く来てしまった方がいいと待ち望み、 それが望み通り確かにやって来たのだっ たのに、不発のまま待たされているのだ から。すべての生のいとなみが今の私に は億劫となり、両の腕から力が抜け去っ て、体温は低く下ったみたいだ。」

こんな状態で生きているのは、辛過ぎるわけで、生きるために死を覚悟するのではなく、死ぬために毎日生きているだけなのだ。

 八月十四日待機状態は続いていたが、真夜中近くに防備隊からついに連絡があった。   

 「それは特攻戦とは少しも関係のない内 容のものだ。カクハケンブタイノシキカ ンハ、一五ヒショウゴ、ボウビタイニシ ュウゴウセヨ。ヒツヨウナラ、ナイカテ イヲムカエニダシテモヨイガ、ドウカ。」

と連絡があり、翌朝一五日中尉は内火艇には乗らず徒歩で防備隊に出向いた。

 「今日の召集は何でしょうか」

と中尉は訊く。

 「正午に陛下の御放送があるはずだ」

 「無条件降伏だよ」

と返って来た。中尉は、ムジョウケンコウフクと頭の中で反芻したとある。甚だ複雑でやるせない空虚が全身を包みこむ。敗戦を自覚して、命拾いした筈であるにもかかわらず、素直に生を喜んでいない。むしろ混沌としたつかみ所のない空間に放り出された有様である。戦争が終わったからと言って、精神が簡単に平衡感覚をとりもどせるわけでもない。もしかすると死は宙吊りにされたままなのだろうか。

 「世界は、色あせてありふれたものにし ぼんでしまい、そこで手ばなしで享受で きると考えた生の充実は手のひらの指の すきまからこぼれてしまったのか。装わ れた詭弁があとくち悪く口腔を刺激し、 生きのびようと腐心する私を支える強い 論理を見つけ出すことができない。戦争 と軍隊に適応することを努めその中で一 つの役割を占めたことによって出来かけ ていた筋道を、生きのこることによって 否定したことになれば、それでそれ以前 のもとの場所に帰ったことになるとでも いうのか。しかしその考えは私を少しも なぐさめない。生きのびるためにそのと き適宣にえらぶ考えは、環境の大きな曲 がり目のたびごとにまたえらび直さなけ ればならなくなり、とどまるところなく くり返されるにちがいない。刻々の嫌悪 感の中でだけ反応してきた過去が、空襲 と突き当るときの想像と抗命をおそれ、 それらの可能性が自分の意思の結果とし てではなく、自然現象のように去ってし まうと、そのあとに空虚が居残り、新た な局面に出かけて行って対処するエネル ギーが生まれてこない。」

この小説はよくある戦記物ではない。小説家でしか描けない卓越した心理描写は、説得力があり、物理的戦争記録ではなく精神的戦争記録小説として一級のものであるにちがいない。白黒はっきりしないグレーゾーンが見事に描かれている。私は以前から、小説はグレーゾーンを描くのに一番てきした表現方法だと確信していて、詩でも俳句でもなく小説なのだろう。

「出発は遂に訪れず」は、島尾の実体験をもとに描かれた作品で、事実彼は加計呂麻島に特攻隊の隊長として赴任した経験がある。一般大学を繰り上げ卒業した後最初は「第一期魚雷艇学生」であったが、戦況の変化に伴い「第十八震洋隊」を率いることとなる。総勢百八十名の長として、軍人経験が甚だ未熟であったはずの島尾にとっていかに重責であったかは、たやすく想像できる。もし私がこんな立場にいたら、小心者でいくじなしの自分は、簡単に精神異常をきたすであろう。未熟極まりない若者を隊長として任命しまうほど、日本の戦況は末期的であったのだ。魚雷艇も震洋艇も搭乗員の死を運命づけられた兵器であり、極限状態を体験した島尾は、戦後この小説を書かずにいられなかったのだろう。後に彼は、あの有名な作品「死の刺」を書くが、私は「出発は遂に訪れず」の方を高く評価したい。

日本も敗戦後、リアルな戦争は幸い行わずにきている。死が個人からむりやり略奪され宙吊りにされてしまう戦争はどんなことがあっても避けたいが、一方戦争とは全く違った戦後最悪とでも言える大きな出来事は、福島原発事故であろう。放射能汚染による帰宅困難区域は未だ手つかずのままにある。二〇一六年現在九万人以上の厖大と言っていい数の住民が避難状態にあり、荒れ果てた故郷を嘆いている筈。私は原発事故による放射能汚染は、戦争の死の宙吊り状態とは真逆の生(生活)の宙吊り状態であると考える。生の宙吊りもなかなか精神的に過酷であることは、容易に想像できる。事故から5年が過ぎ以前ほどニュースにならなくなっているが、特攻隊の言いようのない空虚感と、避難民のやり場のない怒りと無力感は、どちらも重なる部分があるわけで、自分ではどうにもならない焦燥感、嫌悪感、倦怠感が全身を包んでしまうことが有るのではないか。個人の「死」そして「生」が国の思惑により翻弄されてしまう事態は、何時の時代も起こり得ることなのだ。私の死、私の生、ではない状態は異常な事態であることに、いつも敏感に反応出来ることは、重要であると思う。島尾の作品は、戦争における精神解体記録小説としておそらく永遠に残るものと期待したい。

 

 

 今年の冬は、家から車で二〇分ほどの温泉に、週二回ほど通いました。冬の寒さから身を守るには温泉が一番だと考えています。歳は取りたくないが、そんな温泉に頼る歳になりました。その温泉は三〇〇円で入れる経済にもやさしい村営のもので、午前一〇時から営業していて、なるべく一番風呂を目指して行くのです。土日は避け平日に行くので観光客らしきものは見かけたことはありません。何時も決まって一〇名ほどの人が入っているだけで、わりとスムーズに入浴でき快適です。一〇名ほどの人々ですが、毎回同じような顔ぶれの老人達で、自分も十分老人ですが、風貌から私より少し年上の人が多いように見受けられます。たぶんこの施設の近在の村民が内風呂代わりに使っているのだろうと勝手に解釈しています。近くにこんなに安く入れるものがあるのがすごく羨ましくおもいます。私のような貧乏性には丁度いいのです。

ところで、家の風呂と全く違うのは脱衣所が暖かく、非常に快適に着替えできそれだけでも極楽で、湯船に入る前からの極楽と入ってからの極楽、そうニ度も味わえるのです。それに脱衣所は割と広くゆったりで、いたるとこに張り紙がしてあり空間に心地良い緊張を与えています。代表的な張り紙は、天ぷらそばや生ビールなどの飲食の宣伝用のもので、入浴後利用して下さいということなのだろう。他に天井近くの壁の高い処に、何故かベニスの風景画(リトグラフ)が掛けてある。誰かが寄贈したのだろう寄贈者名が絵の下に張ってある。壁や引き戸の余白からは様々な情報が発信されていて、目のやり場に困り、軽い眩暈を起しかねない。この過剰なまでのアナキーな空間は、一体どんな人によって演出されたのだろうか少し気になる。そんなエネルギーに満ちた場を後に、いよいよ風呂場に入る。何時ものメンバーが何時ものようにゆったり無言のままそれぞれの楽しみ方をしている。男達は寡黙であり黙々と背中を流しそして湯船に浸る。日頃女達のとめどなく続くお喋りに疲れてしまっているのか、全く喋る気配がない。老人になっても男を捨ててないところがいい。ふと洗い場にめをやると一人だけ際立って目立つ、歳の頃なら七〇前後、背中に美人画が見事に描かれているなかなか近寄りがたい風格を感じる人がいます。きっと若い頃は元気が良かったのだろう。相当きれい好きらしく、永遠と体をくまなく丁寧に洗っている。やや潔癖症と思えるほどのこだわりだ。人は見かけでは分らない、その人の秘密を見てしまった思いがして変に愉快な気持ちになった。

私は何時ものルーティンをこなして、最期に決まって露天風呂にはいります。内風呂でよく温まってからでないと、赤城山の裾野から吹き上げてくる寒風は、たちまち全身を冷やしてしまう。だから小走りで露天に滑り込む。壁を隔てて女の露天は何時もの通りお喋りでにぎやかだ。こちらは口を真一文字、あちらは寒風を追いやってしまうほどの笑い声で溢れている。このコントラストが男と女の谷の深さを暗示している。

風呂から上がり脱衣場で帰り仕度を整え、建物を出ると左手のガラス窓越しに大広間が見える。多分100畳は有りそうな本当に広いもので、そこで午前中にもかかわらず、数名の男女がカラオケを楽しんでいる。私の立っているところから、ゆうに30メートルは離れていると思われる場所がステージで、巨大なモニターの真横で着物姿の元お姉さんが、気持ち良さそうに歌っている様は平和そのもので、一足早く春の空気を感じてしまうほどです。実際の周りの山々はまだまだ真冬そのもので、春のかけらもありません。お姉さんの歌声に感謝しながらゆっくりと歩き、ほてった体を少し冷やします。駐車場は直ぐそこです後は何時もの道で帰り、お昼ご飯をつくり食べるだけです。

私の老後のささやかな楽しみの一つを書いてみました。

 

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