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2017年8月

2017年8月21日 (月)

 「叙時詩」に向かって吹く風 詩の<現況>についての私的メモ  

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「叙時詩」に向かって吹く風

詩の<現況>についての私的メモ

 

                黒川 純

 

 それぞれの方法で「詩の風」をー

 

 「現代詩この1年」を回顧しなくても、最初の一行のその大事さ、大切さについて、詩人という詩人たちは承知していることだろう。今回の表題を与えられてから、月刊誌「詩と思想」や詩誌から文芸誌に移行しつつある季刊誌「コールサック」はもちろん、私にしては、たくさんの今年の詩を意識的に味わってみた。だが、その一行で読み手を振り向かせる、「おっ!」「ふむー」、「その先は?」と思わせる、そんな詩は少なかったように思える(私の場合はだがー)。私もその一行にこれまでも熱心ではなかったので、大きなこと、えらそうなことは言えない。それはじゅうじゅう承知の上で、そんなことを言ってみたい。それでも、昨年秋から今秋までの「詩と思想」各号の頁をめくると、「読者投稿作品」にそれらの宝石が散らばっていたように感じた。とくに毎回のように選ばれている佐々木漣の作品などはその見本のようだ。

 

弾丸になった一羽の鳥が空腹のまま/霧の中を飛んでいく/さらば真実、と切った空気(略)暮らしの中でトリアージは日常的に行われており/しかし、それが誰の手によるかが問題で(略)涙を今日一日の塩分にしなければならないと/握り飯一口もない、海岸で、立ったまま絶命 する者

 

 この作品「まだ霧は晴れていない」は2016年5月号に登場した。4連約45行の各連である行ごとに魅力的な比喩が飛び交っている。ことに「暮らしの中でトリアージは日常的に行われており」などは、その一言で昨今の社会をぎゅっと詰めた一行だな、とうなずいた。

 選者の河津聖恵さんは「選評」で、この佐々木漣の作品について、「詩の中から現在の社会へ向かおうとする風がある」としているが、さらに5月号の投稿作品全体についても、「いくつかの作品に『詩の風』を感じてうれしかった」と伝えている。その「詩の風」についての語り口が思わず、ミクロの詩論になっていたので、今度は私がうれしかった。以下のような問い掛けだ。

 

 「もちろん、『詩の風』とは、現実に吹く風ではない。いわば『異風』だ。読む者の言葉の秩序にひやりと触れる沈黙の風。あるいは読む者の自己と感情のあいだを、微細にひらき鋭利に吹き抜ける無の風。かたくつきつめた『私』がそれぞれの呪法で風をおこし、風は書く私をつきぬける。やがて読む『私』、そして全ての『私』を解体し、凍りついていた不可視の全体をめぐらせるー、そんな異風たちの春をまつ」

 

 こうした佐々木漣の作品を象徴にした「一行」に魅かれるのは、私個人の詩の体験が懐かしい記憶としてたちのぼってくる、よみがえってくるー、それがあるのだろう。というのも、私の詩の「原体験」は、1970年前後。前半は、大学の「フォークソングクラブ」のメンバーとして。リアルタイムでフォークルの「イムジン河」、高田渡の「自衛隊に入ろう」、はしだのりひことシューベルツの「風」」を聴いたり、弾いたりしていた。

 後半は、マスプロ教育粉砕やベトナム反戦などの「全共闘」へ。沖縄返還協定を中心テーマに、「デモからデモへ」の季節。吉本隆明の「固有時との対話」、「転位のための10篇」、さらに清水昶(あきら)の一連の詩、例えば「男爵」、「眼と銃口」、「夏、涙なんてふりはらえ」などを熱心に読んでいた。

 とくに詩集『朝の道』の代表作だろうと言える「夏のほとりで」などは、その典型だ。手元にある1973年2月第一刷の『清水昶詩集』(現代詩文庫)、そこから、とりだしてみると、やはり佐々木漣の空気と重なっているように感じられる。

 

 明けるのか明けぬのか/この宵闇に/だれがいったいわたしを起こした/やさしくうねる髪を夢に垂らし/ひきしまる肢体まぶしく/胎児より無心に眠っている恋人よ 

 

Ⅱ 「震災以後、詩とは何か」と「民主主義って何だ?」

 「現代詩この1年――」といっても、この3年ほど前まで私は東日本大震災ボランティアだった(それを機会に「防災士」に)。今は、市民団体「さよなら原発!日光の会」代表であったり、「戦争させない総がかり日光市民連合」共同代表であったり。なので、ごく自然に関心は大震災、脱原発、戦争法がらみの詩へ。その問題意識については、今年の「詩と思想」前半期の「詩人の眼」で連載させていただいた。その方面からの「回顧と展望」といえば、第一に先にもあげた河津聖恵さんの詩論集『パルレシア 震災以後、詩とは何か』(2015年12月15日 思潮社)、これを示さねばならないだろう。

戦争法もそうだが、あれから5年半余も過ぎる東日本大震災・福島第一原発事故にからまって生まれている幾多の詩の中に、私たちの胸にすとんと落ちる詩がどれほどあったのか?。私もそう思ってきたが、これまでの詩の多くが、「自己救済」で終わってしまったのではないか?。河津さんもそう指摘したうえ、「だが、3・11以後、一気にこの社会の言葉を完全制覇してしまった無関心や無力感を突き破って、別な現実に触れようとしない。しかし、普遍的な真実とは、現実や事実そのものに留まるものではなく、それらを突き抜ける非現実的な力を必ずもたらすものなのだ」と。そして、ほとんど全力で(そのように感じられる)以下のように提起する。私はその呼び掛けに、深く同感している。

 

 「今、新しい比喩こそが待たれている。一気に別な現実の輝きに触れることで、水の濁りを突き抜け、他者との共感の通路を創造しうる比喩が。その結果、この汚れていくばかりの絶望的な現実が、別の意味合いを帯びてくるような神話的な、宇宙的な比喩が。詩本来の想像力で、消えゆこうとする現実の空をふたたび押し広げ飛翔するための比喩が。汚い現実と化していくこの悲しい世界を、人間の痛みが極まる一点から、鮮やかな虚構へとめくり返す比喩が。・・・・・」

 

 と、このようなまっとうだが、「創造的」な呼びかけに答えられる詩はそうかんたんに生まれないだろう(私もその一人だがー)。それでも、社会・政治運動の面から別の「かたち」で生まれたとも思っている。2015年秋、戦争法強行採決の際、シールズ「自由と民主主義のための学生緊急行動」(SEALDs)たちが、国会正門前で盛んにコールしていたフレーズがそれだ。「戦争法反対」という決まりきったコールだけではなく、「民主主義って何だ?」という呼びかけに、参加者が一斉に「これだ!」と応じる。この応答形式のコールは、現状を正面から突くと同時に、非常に新鮮な響きだった。問題に深く向き合うことから生まれたコールだろう。こうした視点をずらした、意表を突いたフレーズは、詩の世界に対するひとつの大きな「ヒント」になるのではないか。

 

 

Ⅲ 言語の裂け目と積まれた「悲しみと怒り」

 

 「3・11以後、詩とは何か」にからんで、今回の注文で読み進めた詩論で考えさせられたのが、『純粋言語論』(瀬尾育生、五柳書院)。2012年7月発行なので、すでに4年が過ぎるが、現在進行形の指摘だと思えるのが、以下の視点だ。

 

 「人間の心が負った傷を、人間の言語のなかに回収して終えることはできない。そうではなくて、事物の語り出しは本質的に人間の言語の中に回収不可能だということをあらわにする必要があるのです。人間の言語に裂け目をつくって言葉を外に向かって開き、それを事物とつなぐ。その傷口から、何か別の伝達が入り込んでくる通路をつくる。そのための不連続や断片化ということが、重要な詩的な技法・語法になるはずです」

 

 視点として挙げた「回収不可能な言語」についての展開は、「日本における前衛詩の開拓者にして祖である」(中村不二夫 エッセイ集『詩の音』)とされるその暮鳥と白秋について論じた瀬尾さんの詩論「山村暮鳥と北原白秋」の結びにある。

 

 キイワードの「人間の言語に裂け目をつくって言葉を外に向かって開き・・・」を視野にして、今年のわたしが読んだ原発詩でいえば、『コールサック』第86号(2016年6月)にある

みうらひろこの「゛までい゛な村から」だ。累々と「フレコンバック」の山が続く「までい」・「丁寧」な村と呼ばれた福島県飯舘村の現状を伝えながら、心の鏡を映した詩ではある。だが、そこを一つ飛び越えた詩だ。というのも、私もほぼ1年前、市民団体「原発いらない栃木の会」の企画で福島第一原発周辺の町村や南相馬市などを「視察」する機会があった。フレコンバックが連なる山について、思わず「まるで『万里の長城』だね」と、息を呑んだ。この詩は断片化や不連続ではないが、現地の視えない空気・心を見事に「かたち」にしてくれたと思えるからだ。

 

フレコンバックと呼ばれる/除染で出た汚染土を詰めた黒い袋が/累々と、道しるべのように積みあげられています/までいの村に、までいに積まれているのです(中略)この黒い袋の中味は/故郷を失った人達の/悲しみが詰まってます/人々の怒りではち切れそうです

 

Ⅳ 「叙時詩」の可能性について

 

 今年のノーベル文学賞は、あのボブ・ディランへ。世界を驚かしたこのニュースだが、「コールサック」に連載中から注目していたエッセイ詩論『詩のオデュッセイア』(コールサック社)がそのニュースを先取りするように、この秋(2016年10月9日初版)発刊された。副題がなんと、「ギルガメシュからディランまで」。著者は、朝日新聞の看板コラム「天声人語」も担当したことがある高橋郁男さん。名文記者がそこまで詩にぞっこんだとは思わなかったこともあり、熱心に読ませてもらった。

 小題の「『叙時詩』の可能性」だが、抒情詩でも叙事詩でもなく、あくまで叙時詩

という分野?について。高橋さんは第7章「戦後・冷戦から『滅亡の危機』の時代へ」で、ディランの「風に吹かれて」をとりあげ、「その時代の姿・かたち・肖像を詠い、映す『叙時詩』、それぞれの詩の世界で、歌い手と詩句と旋律が奇跡的な出逢いをした時に、時空を超えた一曲が生まれる」とした。さらに第8章「詩の世界での不易と移ろい」で、ローマの諷刺詩を引き合いに、叙時詩について、このように位置づける。

 

「叙事詩でも抒情詩でもなく、その時・その時代の様・肖像を詠った詩を、仮に『叙時詩』と名付けてみた。『時』は、時間、時刻の他に、時代、年代、時世などの意味も併せ持つからだ。その時代の社会事情や出来事を取り上げて評するという点では、近・現代のジャーナリズムの時評や諷刺的なコラムの先駆けのようでもある」

 

 その「叙時詩」について、著者・高橋さんは、『コールサック』第85号(2016年3月)の「小詩集 風信」の中で、「なるほど、いかにも」という詩句を示している。

 

・一一から五年/愚行 というには生ぬるく/傲慢 というには物足りなく/軽率 というには軽すぎ/拙速 というには甘すぎて/卑怯 というには食い足らず/鉄面皮 というには鉄に申し訳ないような/幾多の咎めの言葉も恥じ入る/「再稼働」というものが始まった

 

 冒頭に私が魅かれた佐々木漣の詩を紹介したが、ここまで書いてきて、彼の詩にシンクロするのは、提示される最初の「一行」の新鮮さ、詩句の断片化と不連続、言語の裂け目、それによる独特で懐かしい文体、さらに時代を切り開いていく詩、いわばここで言う「叙時詩」的な空気も私が感じ取るからなのだろう(本人はそのような気で書いているとは思っていないがー)。さらに以下に示す「原初の息吹と呼吸」を、そこに視るからではないか。

 最後のポイントは「特集 現代詩――批評の全景」(「詩と思想」 2016年9月号)にある「若手世代と熟年世代の二極化」(小川英晴)から。「すぐれた詩にはみな意識下の巨大な世界を内包しているものだ。そして、それが読み手の心を打つ。それにすぐれた詩にはどこかに原初の息吹があり呼吸がある」という。<なるほどー>と、そう思わずにいられない視方だ。その詩論にある以下の視点を紹介し、編集委の注文である「回顧と展望」にはかなり遠いだろう個人的な「詩の<現況>についての私的メモ」の結びにしたい。

 

 詩人は自らの意識下の力を借りて詩を書き、自らの文体を創る。おそらくその文体にも自ずと品格は宿るのだろう。作品には意識するしないにかかわらず書き手のすべてが現れる。空海は「声に実相あり」と言ったが、詩人にあっては「文体にこそ実相あり」ということが言えるように思う。声明を唱えて身につまった負の力を拭い払うように、詩人はひたすら詩を書くことによって、自らの混沌を吐き出してゆくしかない。(了)

 

 初出 月刊詩誌「詩と思想」1、2月合併号(2017年1月) 「現代詩この1年――回顧と展望」

 

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2017年8月19日 (土)

1000冊から3000冊へ、 「霧降文庫」の貸出図書

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 毎日が梅雨のようで、というか、関東地方は冷夏そのもの。太陽が懐かしい「霧降文庫」です。困ったのは、太陽の下で洗濯物を乾かせないことー。ついに農作物にも影響がでているようで、野菜が高騰しそうです。こんな天候のためか、私がいつも使っている「コンビニエンスストア」で「21日から、おでん」を扱うという店頭広告を出しておりました~。「盛夏」の「おでん」?ー。
 
 霧降高原の古書店図書室「霧降文庫」(〒321-1421 栃木県日光市所野1541-2546、0288-25-3348)の8月のオープンは、20日(日)、27日(日)のあと2日間、あります。正午~17時。企画ものは、「宇宙の最前線へ」。80冊ほど集めておきました。「縁側」で本を片手にドリップ珈琲(おもてなし)をお楽しみください。
 
 販売の古書はウッドデッキに約800冊、貸し出し図書は約3000冊。これまで1000冊が貸し出し対象でしたが、このところ、本箱を大量に制作し、収納スペースができました。もともと収納スペースさえあれば、6000冊でも、7000冊でも貸し出しできるのですがー(これは今後の課題です)ー。
 
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2017年8月12日 (土)

10歳の夏まで戦争だった  若松丈太郎さんの新刊詩集

この国では、もはや議会制民主主義は破壊に瀕して、国民主権の存続が危うい状況にある。この詩集の一篇「生まれたころ」に書いた1935年前後の状況を既視体験(デジャ・ビュ)しているかに思えてならない(あとがき)

 福島の詩人、「核災棄民」と呼んでいる若松丈太郎さんから寄贈されてきた敗戦の日に刊行される詩集、『十歳の夏まで戦争だった』(コールサック社、2017年8月15日初版発行)ー。じっくり読ませていただきます。

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2017年8月10日 (木)

今週は11日と12日少し 古書店図書室「霧降文庫」

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 コミュニケーショスペース古書店図書室「霧降文庫」の今週は11日 (金)と12日 (土)の15時までオープンしています。
時間は正午~夕方まで。〒321-1421 栃木県日光市所野1541-2546 ☎0288-25-3348.
 

 12日(土)からお盆休みで。群馬へ帰省です。最も13日(日)の夕には日光に戻ってくる予定ですがー。
 
 来週の土曜日の19日は、「県民ネット」(戦争法の廃止と立憲主義の回復を求める栃木県ネットワーク 加盟52団体)の討論集会があり、これも臨時休業に。20日(日)は、再開するつもりではあるのですがーさて?。
 
 26日(土)は、午前中が「さよなら原発!栃木アクション」会議、午後は「原発いらない栃木の会」会議へ。なので、臨時休業です。27日(日)は、オープンできそうです。
 
 あした11日は、「霧降文庫」の本棚づくりへ。「日曜大工」的な楽しい?作業がありますから、可否も味わいつつ、汗も流しませんか?・・・~。薪割りもやらないといけないのでした!。
 
 とはいえ、9日は晴れたものの、7月下旬の「梅雨明け宣言」からずっと、小雨模様が続いております。ぴかっとした夏本番の太陽が恋しい霧降高原ですー。
 
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2017年8月 6日 (日)

小詩篇 その細く清らかに汚れたもの達と共に   磯山オサム

 

小詩篇

その細く清らかに汚れたもの達と共に

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 1 道端にジプシー

 

ゲキカラの冷シンス

98から17の帰らない未来

シンデシマウヒト

「橋の欄干手を振れば」

通りゃんせも出来ない

海の色 陸の色

ナミダスルヒト

 

現在もある 

ありあまる消えた旅

SNSの離反は

走るハシル樹に会えるのだろうか

 

息を止めてテフウキン

言葉にならない記憶も

ジプシーの人・道の人

花咲く花のネコ

花散る花のネコ

時を切る希望の続き

旅のネコ・旅の人

ずっといとおしく すべていとおしく

千里のかよい路

ジプシー

道端にジプシー

空に残っている

 

 

  2 ホタル売り

 

月の影が薄いので

里の道を抜け ホタル売りに出る

 

街は光を止めて死に向かうから

小さな命を

朴の葉で作った小箱に入れて

売りに出る

 

まもなく世情が脱皮します

回想を無視して永遠を求めます

 

ホタル

ホタルと声をあげる

 

月の影が薄いので

もうすぐ消える光を

小さな箱に入れて

ホタル売りに出る

 街に 

 光を売りに出る

 

 

 3 その細く清らかに汚れたもの達と共に

 

たくさんの未来がシンダので

ぬれたバスストップ

雨の色を夜ノ森に投影している

過ぎた春を指折って数えている

 

独り子の生きる森の

清らかな孤独

動くことの無い

自らの意思ではなく汚れた命に

耳を澄ます

 

夜の発車ベル

海から風が吹いて三月が始まるので

再び春を数えている

指折っている

 

細く清らかに汚れて生きる

声の無い

たくさんの命

 

眼を閉じ

ぬれたバスストップ

汚れたもの達と共に生きるために

春を数えている

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夏は緑陰で図書を 古書店図書室「霧降文庫」

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 ●「霧降文庫」の真夏、8月の日程は以下の通りです。あす6日(日)のほか、5日間はやってます。オープン時間は正午~日没(といっても、だいたい夕方には閉まります)。
 ●同人誌「序説」第24号(8月1日発刊)ができあがりました。「霧降文庫」にも置きます。
 ●7月、8月(9月も?)のテーまは、「宇宙の最前線へ」です。新たな知見に満ちた「宇宙」に関する書籍約100冊をとりそろえております。いずれも企画本なので、企画期間が終えたら、無料貸出をいたします。
 ●ウッドデッキで約800冊の古書の販売向け、居間の図書室の約1000冊は無料貸し出しです。
 ●「縁側の空間」をめざしており、いわば「ともだち広場」みたいなもの。霧降高原にようこそー、と、いずれもドリップ珈琲をサービスしています。緑陰での読書をお楽しみください。
 栃木県日光市所野1541-2546 ☎0288-25-3348
オープン日
☆6日(日)☆11日(祝日)☆12日(土)☆20日(日)☆27日(日)
クロス日
★13日(日 お盆帰省)★19日(土、栃木県民ネット討論集会)★26日(土、さよなら原発!栃木アクション会議など)
 
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2017年8月 2日 (水)

いままさに戦後の「確信」の危機   手塚治虫や水木しげるたちの執念  

 

Img_4056 いままさに戦後の「確信」の危機 

手塚治虫や水木しげるたちの執念

 

 手塚治虫「戦争漫画傑作選」、そして手塚治虫「戦争漫画」傑作選Ⅱが続き、手塚治虫「戦争と日本人」のコミックが7月10日に発行され、一気に読み終えました。発行元はいずれも「祥伝社」。読み終えてから気づいたのだが、この解説がなんと、「永続敗戦論」で知られる論客、白井聡(しらい・さとし 政治学者、思想史家)でありました。

彼の「永続敗戦論――戦後日本の核心」は、ウイキペディアによると、第35石橋湛山賞、第12角川財団学芸賞を受賞している。これまでは主にロシア革命の指導者であるレーニンの政治思想をテーマとした研究を手掛け、私も彼の未完のレーニン」の思想を読む』(講談社2007年)、『「物質」の蜂起をめざして――レーニン、「力」の思想』(作品社2010年)を手にしている。最近では『「戦後」の墓碑銘』(金曜日、2015年)も。さらに最近では『日本劣化論』(笠井潔共著、ちくま新書2014年)や『日本戦後史論』(内田樹共著、徳間書店2015年)と、次々と戦後史についての対談集を出している

と、まぁ、最前線で活躍している彼がコミックの、それも手塚作品の解説と書いておいることに最初はびっくり、しかし、その解説を読んで、いやはや「なるほど」と。短い解説だが、さすがの白井聡さん、今の時代をきちんと正面から斬っている、と、思ったのでした。その一部をに抜き出すと、以下のようだが、「静かなクーデター」を起こしている安倍政治に対するきちんとしたスタンスを身につけるには、手塚治虫や水木しげるなどの戦中世代のコミック・漫画をたくさんの人達に読んでもらうことが早道かな、と、思うことしきりです。

(以下は「解説」から)

 ・・・・戦後日本の場合、「内省」は巨匠たちによって支えられ、長きにわたって持続してきた。手塚治虫も水木しげるも、ひたすら暗い。救いのない戦争漫画や実録的軍記物を描き続けた。その執念は、われわれも敗者であるがゆえに、現代戦争の悲惨さを虚心に見つめることができるのであり、それを世界に伝えることに普遍的意義があるとの確信に支えられていたはずだ。そして、いままさに危機にさらされているのは、この確信である・・・・・

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(折々の<状況> 第25号 002)

折々の<状況>その(3)  『序説』第24号

 

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      折々の<状況> その(3)

                  富岡洋一郎

 

 決議文、呼びかけ、お願い、市民団体の会報の記事や連絡、レジュメ、会則づくり、議事案、議事録・・・ときおり短い書評―。この1年の「折々の<状況>」は、活動してきたさまざまな局面でどうしても書かねばならないという文章を記す機会が特に多くなってきた。

昨冬から今春の間に、市民団体「アースディ日光」の事務局長や「横根高原の自然を守る日光市民の会」の事務局、それに親しい日光市議の後援会代表などを務めるようになった。これまでも脱原発社会をめざす市民団体「さよなら原発!日光の会」代表や戦争法廃止をめざす市民団体「戦争させない総がかり日光市民連合」の共同代表も務めていた。

そのため、会議や集会が次々とセットされ、さらにときおりデモも。私がめざす「晴耕雨読」とは縁遠い日々を送ってきた。そろそろ「許容量」を超えそうだとも感じている日々だ。だが、考えてみれば、そうした走りながら過ごし、その場面に即応し、〈悪戦苦闘?〉している現実そのものが今の時代の「折々の<状況>」ではないのか?―。

ということで、今回はこの1年の間に会報やfacebookなどのSNSMLや封書などさまざまな手段・方法で書いてきたそのものを示すことにした。これも日本ばかりか、世界的にこれまで以上に先が読めない、不透明な時代のひとつの「記録」になるのではないかと思っている。以下は時間を追って順に記した、いわばドキュメントといえるかもしれないー。

 

 

原発再稼動に盲進していく愚かな政策に強く抗議する

「さよなら原発!日光の会」第5回総会・決議

 

 劇作家・平田オリザさんは、海外で福島第一原発事故について話をするとき、「約16万人の難民が発生した」と説明しているという。放射能汚染で居住地を去らざるをえなかった、帰る場所を失ったという意味で広義の難民だ、そうとらえるべきだと強調している。

膨大なその難民を生み出した福島第一原発事故当時18歳以下の福島県民を対象にした甲状腺検査では、今年3月末までに、173人ががんの疑いがあるとされ、そのうち131人が手術でがんと確定している。賠償・除染・廃炉費用については、これまで11兆円とされてきたが、賠償だけで8兆円、除染が4兆円、廃炉費用が8兆円と、総額21・5兆円に膨らむ見込みとなった。「原発のコストは安い」の虚構はすでに天下に明らかだ。

それでも川内原発(九州電力)、伊方原発(四国電力)を再稼動させ、さらに原子力規制委は6月20日、運転開始から40年を超えた高浜原発1、2号機(関西電力)の20年延長を認めた。福島第一原発事故後に運転開始から「原則40年で廃炉」の制度ができたが、早くも「例外」となった。美浜原発3号機(関西電力)の20年延長も認可し、「原則40年」ルールの骨抜きが進む。また、核燃サイクルの根幹であった高速増殖原型炉「もんじゅ」(福井県)が破綻したが、その反省もなく、11月30日、政府会議は、今度はより実用化に近い実用炉の建設方針を公表し、疑問だらけの「高速炉開発」に突き進もうとしている。

ところが、朝日新聞が10月15、16日に行った世論調査では、「再稼働反対」5

7%、「再稼働賛成」29%。「ただちにゼロにする」、「近い将来ゼロにする」を合わせると、「原発ゼロ」は7割以上に達し、「もう原発はいらない」というのが民意だ。実際、東京電力柏崎刈羽原発の再稼動が争点となった10月16日投開票の新潟県知事選では、再稼働慎重派の無所属新人候補が、自民党推薦候補を破っている。

眼を国外に転じると、11月22日、ベトナムが福島第一原発事故を受けて「日本からの原発輸入の撤回」を決めている。台湾では、9年後の2025年までに既存の原発をすべて停止させることにしたという。その英断について、台湾経済相は「原発をめぐる台湾の民意は東日本大震災を機に大きな変化があった」ためだと言い、大事なことは「放射性廃棄物の問題を子孫に残さないために、どのような政策が必要なのかということこそを考えるべきなのだ」と語っている。

 こうした原発ゼロをめざす政策こそ、この日本が真っ先になすべき決断だったはずだ。原発の「安全神話」は崩壊し、膨大な難民を生み出し、子どもたちなどの健康に不安を与え、経済的にも引き合わず、子孫たちに処理できない放射能廃棄物などを押しつけるー。何よりも日本は地震国であり、第二の「福島第一原発事故」が起きないという保証はない。

それにもかかわらず、原発再稼動に盲進していく愚かな政策が続けられ、12月8日には、川内原発1号機を再稼動させた。東日本大震災後の新規制基準のもとで、定期検査に入った原発の運転を再開させるのは今回が初めてだ。私たちは、その川内原発の再稼動に怒りを込めて強く抗議する。同時にこれらの政策を止めさせる運動を粘り強く進め、脱原発をめざす数多くの仲間・市民とも連帯し、原発のない社会・脱原発社会を実現させることについて、大いに力を尽くすことをここに誓い合う。

以上、「さよなら原発!日光の会」第五回総会の総意において決議する。

2016年12月10日。

 

 菅谷昭・長野県松本市長の記念講演会に市民180人が耳を傾ける

 

 「さよなら原発!日光の会」第五回総会記念講演会は2016年12月10日(土)午後2時半から日光総合会館大会議室で開き、会場いっぱいの市民180人が菅谷昭・長野県松本市長の講演に耳を傾けた。当日は、若いお母さんたちもぜひ参加して欲しいため、託児室(無料)を設け、講演中、10人の子どもたちを預かった。

松本市にトンボ返りする松本市長の講演時間は約2時間。菅谷さんはプロジェクターで映し出したスライド40枚を使って、チェルノブイリ原発事故後、5年半に及んだ現地・ベラルーシでの医療活動やベラルーシの国家としての手厚い健康対策などを解説した。福島原発事故を受けた子どもたちの健康保養なども組み込んだ松本市の独自の取り組みなども紹介し、参加者の真剣な質疑にも約30分にわたって丁寧に答えた。

会場の「図書コーナー」で管谷さんの著書・『原発事故と甲状腺がん』(幻冬舎ルネサンス新書)、『これから100年放射能と付き合うために』(亜紀書房)、『子どもたちを放射能から守るために』(亜紀書房)の3種・55冊を用意したところ、すべて「完売」された。「放射能問題」に対する関心の高さを改めて浮き彫りにした頒布会となった。記念講演会はチャリティとして行われ、益金の大半、3万円を「3・11 甲状腺がん 子ども基金」に寄贈する。さらに「チェルノブイリ・福島医療基金」と「未来の福島こども基金」もそれぞれ5000円の計4万円を寄付に回すことに決めた(富岡洋一郎

(初出 「さよなら原発!日光の会」会報「げんぱつニュース第30号 2017年1月10日」

 

そういえば、丸100年―、『ロシア革命 破局の8カ月』(岩波新書)

 

そういえば、丸100年でした。10日ほど前が初版日だった『ロシア革命 破局の8か月』(岩波新書 池田嘉郎)。2月革命からレーニンの10月革命まで、自由主義者たちの「奮闘と挫折、そして新たに生まれたもの」。主演級が第三次まで臨時政府の首相を務めたケレンスキー。
 同書によると、四次にわたった臨時政府の38人の元大臣のうち、亡命先で死去したのは、21人。最後まで生き延びたのは、ケレンスキー。はじめはフランスに亡命し、第二次大戦中の1940年にアメリカに移住。いくつもの回想記を書き、1970年にニューヨークで89歳で死んだ、という。(これは初めて知りましたー)
 ニコライ二世の退位のドラマから始まり、デレビドラマにもなりそうなドキュメンタリータッチの232頁。昨日、たまたま書店で手にしたのだが、面白さに惹き込まれー。100年前にタイムスリップできました~。著書は1971年生まれ、専門は「ロシア近現代史」の東大大学院准教授。この手の世界の新たな書き手が登場してきたことがわかる新書です。

(初出 BLOG「霧降文庫」2017年2月1日)

 

 

「さよなら原発!日光の会」新電力自主講座

自然エネルギー社会づくりに向けた市民によるエネルギー自治

 

電気の自由化で雨後のタケノコのように全国各地で生まれた新電力。そのひとつに近い将来、自然エネルギー100%をめざして設立された電力会社・生活クラブエナジー(東京都中央区)があります。「脱原発・自然エネルギー社会づくりに向けて市民によるエネルギーの自治をすすめ、持続可能な未来をつくります」。3・11以後、その理念で、各地の生活クラブ生協などがつくりました。生活クラブ生協栃木の専務理事が、その生活クラブエナジーの現況について、福島第一原発事故の経験や生活クラブの「エネルギー7原則」などから語ります。脱原発・原発に頼らない電力について知りたい市民にピッタリの自主講座です。お気軽にご参加ください!

(初出 「さよなら原発!日光の会」自主講座 フライヤー 2017年2月22日)

 

 

福祉の世界から飛躍する「正義の味方」ー阿部かずこさんを応援してください

 

 左腕を折りながら、「戦争法廃止」を求める集会・デモに参加する、市議として忙しい身なのに、あえて福島第一原発事故で被害を受けた現場や仮設住宅を訪ねて助言する、今年春に新たにオープンした「新・市民活動支援センター」の説明会に参加し、日光市に注文をつける・・▼阿部さんの活動の一端ですが、各種の市民運動の集会でも進んで受付や司会を引き受けるなど、「縁の下の力持ち」です。その阿部さんとは、2014年春、平木ちさこさん(県議)が日光市長選に立ったときからの縁。市議会で「平木派」をつくるつもりで、私も市議選に挑みましたが、私は苦杯。阿部さんはなんとか議席を得ました。以来、彼女の精力的な「東奔西走」に眼を見張っています▼阿部さんは看護師の世界からスタートして、今や日光市の市民団体の拠点となっている「市民活動支援センター」設立について提言したうえ、誕生・運営にもあたってきました。ケマネージャーの資格を活かせる福祉の世界の「プロ」でもあります▼そばにいると、阿部さんの行動力、判断力、先見性がよくわかります。なによりも「正義の味方」です。2018年春の日光市議選では、その彼女の再選に私も力を尽くします。みなさんも、どうぞ、阿部かずこさんを応援してやってください。(「阿部かずこと未来を想う日光市民の会」 代表・富岡洋一郎)

(初出 阿部かずこと未来を想う日光市民の会 会報「通信 みつばち001号 2017年2月」

 

 

持続可能な愛と連帯と平和な社会・世界を創るー、「アースディ日光」会則

 

 (名称及び事務局)

第1条 本会は「アースディ日光」と称する。事務局を栃木県日光市所野1541-2546に置く。

(区域)

第2条 会の対象区域は、日光市及び栃木県周辺区域とする。

(目的)

第3条 本会は、地球を愛する市民の力を集め、これまで培ってきた知見や実践や構想を踏まえた「メッセージ」を日光市、栃木県、全国に力強く発信・共有することで、多様な命が共に生きる、環境に優しく、持続可能な愛と連帯と平和な社会・世界を創ることを目的とする。

 (活動内容)

第4条 会は、前条の目的を達成するため、以下の活動を行う。

(1) 持続可能な愛と連帯と平和な社会・世界を創る活動

(2) イベント「アースディ日光」の開催活動

(3) その他 本会の目的に沿った活動

(以下、略 2017年3月20日)

 

 

序説第24号連絡 「きょうこそ、みんなに序説の連絡をしよう」

 

4月1日の「選抜決勝戦」を聴きながら、「序説第24号」の連絡を書いておりました。新春から「きょうこそ、みんなに序説の連絡をしよう」と思っておりましたが、毎日、雑用ー市民運動の会議や集会・デモ、薪割り、ベランダ補修などに追われ、それがかないませんでした。恐縮です。

 最初に事務局・富岡から「私事」について、ひとつ、ふたつ。

●ご承知のように富岡・黒川は、昨夏、腰椎すべり症で済生会宇都宮病院に約1カ月入院、この春でそれから8カ月。この3月は半月間、県営だいや川公園で毎日のように1時間の散歩へ。目標は3・20「さようなら原発 全国集会」の集会・デモで、代々木公園から渋谷駅まで「完歩」すること。結局、拡声器を片手に1・3㌔を完歩することができました。「自分をほめてあげたい」-笑いー

●その2 月刊詩誌「詩と思想」(「序説」準同人の長島君が装丁しています)2017年1、2月合併号・特集「2016年度・回顧と展望」で、巻頭詩論のひとつ「『叙時詩』」に向かって吹く風 詩の<現況>についての私的メモ」(約2600字)を掲載しました。今回の序説第24号でも転載するつもりです

●その3 霧降高原では「キリフリ谷の芸術祭」というのが、毎年6月にあり、今年で3回目。詩人・黒川純も今年初めて誘われました。6月11日(日)と6月25日(日)の、いずれも13時~15時、ベランダを会場に「詩・歌朗読会 こんにちは 未来」を開催します。詩人、歌人、声楽家、舞台役者などが「舞台」に。みなさんも時間がありましたら、「霧降文庫」にも(「序説」の会員に限ってだけ、特製カレーと珈琲をサービスしますー笑いー)―以下略―。

(初出 「序説第24号連絡」部分 2017年4月2日) 

 

自由にものが言えない疑心暗鬼の監視社会となることは認めない

「戦争させない総がかり日光市民連合」決議

 

 犯罪を計画段階で処罰できる「共謀罪」(組織的犯罪処罰法改正案)-、衆院で本格審議に入っているが、私たちは、捜査手法の拡大による警察権力の強化によって、市民生活に対する「監視」が強まり、警察のさじ加減で、ある日突然、普通の市民が容疑者にされかねない物騒な共謀罪法案に、断固反対であることを内外に強く訴えていく。

政府は東京五輪を控え、「テロ対策は喫緊の課題」として、「テロ等準備罪」という名称にした。だが、その看板を掲げながら、当初の政府の条文にテロの定義も文字もなかった。法案の本質がテロ対策ではないことが明らかだ。また、国際組織犯罪防止条約(TOC条約)締結に必要だと強調するが、国連の「立法ガイド」の執筆者が「テロ対策は条約の目的ではない」と明言している。一方、テロ対策だ、治安対策だ、と言われれば、「それなら賛成だ」となりがちだが、日本はすでにハイジャック防止条約、爆弾テロ防止条約、核テロリズム防止条約など、13の国際条約を結んでいるのだ。

問題なのは、共謀罪法案が成立すると、「内心を処罰」できる論理が可能になることだ。行為や結果を中心として処罰してきたこれまでの犯罪観を一変させ、行政の施策への反対やあらゆる権利運動が処罰対象になる。

計画を処罰するために捜査手法も大きく変化するのは必至だ。立件するには、盗聴が不可欠となる。携帯電話、FAXはもちろん、FacebookTwitterlineなどのSNSで「その計画を知っていた」だけで捜査対象になる。現行の盗聴法を背景に共謀罪の疑いがあれば、捜査を名目にそれこそ盗聴し放題になる。

 歴史上、悪名高い治安維持法は、1925(大正14)年に公布され、1929(昭和3)年の改正でこれまでの左翼思想の取り締まりに加え、労組なども捜査対象になり、戦争に反対する人々も強権が使われた。1941(昭和16)年に新・治安維持法が施行されると、拡大解釈で宗教団体、言論機関、歌人・詩人・俳人なども弾圧された。

安倍政権は2013年に「特定秘密保護法」を成立させ、2015年9月に自衛隊の海外での武力行使を可能にする「戦争法」を強行採決した。「殺す、殺される」ことが起こりうる現地・南スーダンに自衛隊を派兵した。今、さらに共謀罪法成立にやっきだ。「治安維持法」、「軍機保護法」、「国家総動員法」と、戦時法制を次々と整備していった戦前に重なる危うい状況にある。一方で、「戦争ができる国」に反対する市民活動、権利運動が活発化している。共謀罪はこうした風潮を押さえつける狙いがありありだ。

 戦争法の廃止と立憲主義の回復を求め、昨春発足した「日光市民連合」は、盗聴、密告が横行し、「目立ったことをすれば監視される」と、私たち市民を萎縮させ、自由にものが言えない疑心暗鬼の監視社会となることは認めない、そして、「戦争への流れ」に向けた「戦時体制」の構築を阻むため、「戦争法廃止」はもちろん、物騒な「共謀罪」についても断固反対であることを、ここに強く内外に言明する。

以上、「戦争させない総がかり日光市民連合」第2回総会の総意において決議する。

2017年5月20日

 

何のために闘うのか?! 『左翼の終焉と21世紀型大衆運動のゆくえ』

 

何のために闘うのか。権力のためか。自由のためか。民主主義のためか。結局行き着くところは、シンプルに個人の尊厳と誇りのためだと言うことができるのではないか。

(初出 facebook富岡洋一郎  2017年5月20日)

 

 

最後に「どんでん返し」の「希望」がー『夜の谷を行く』(桐野夏生)

 

全299頁の絶望的な展開の最終頁に、「どんでん返し」の「希望」が。「連合赤軍事件」の女兵士をテーマにした『夜の谷を行く』(桐野夏生)。

啓子は大きな息を吐いた。長い間、心に仕舞っていた秘密から解放された。しかし、解放は新たな枷を作るかもしれない。一度も持ったことのない、希望という慣れない感情に、啓子はまだ戸惑っている

(初出 facebook富岡洋一郎 2017年6月6日)

 

 

 

facebook頁などSNSの活用へ 「横根高原の自然を守る日光市民の会」呼びかけ人会議レジュメ

 

1. 当面する確認事項

 反対署名の集約の特徴と筆数の確認について

 署名の提出方法について

 陳情審査に向けた、市議会議員への働きかけについて

 今後の取り組みについて

・スケジュール

1日光市長への要望書提出の時期と方法について

2日光市9月議会への対応について

3第三次反対署名行動について

・活動内容

1横根高原現地視察会の継続について

2先進的な再生可能エネルギー規制条例の研究と視察

3鹿沼の仲間との連携について

4横根高原の講演会設定について

5呼びかけ人の拡大について

 

・連絡体制と広報について

1呼びかけ人など、ネットでの連絡体制の強化について

facebook頁やBLOGtwitterなどSMS活用について

3「市民の会」HPの創設と活用について

(2017年6月13日)

 

 横根高原メガソーラー発電所建設反対署名」の記者会見ご出席のお願い

 

 私たちは日光市足尾と鹿沼市にまたがる前日光県立自然公園の「横根高原」に計画されているメガソーラー発電所について、建設反対を掲げ、4月6日に発足した「横尾高原の自然を守る日光市民の会」です。建設反対署名活動を進めてきた結果、5月16日に、6931筆となり、同日、その第一次反対署名を添え、日光市議会議長に陳情書を提出いたしました。

 

 6月14日にはさらに第二次反対署名を加え、総計1万788筆となったことを伝えながら、再び、日光市議会議長に提出いたしました。これらを受けた当日の日光市議会産業観光常任委員会は全会一致で、陳情の採択を決めました。19日に日光6月市議会最終本会議が予定されておりますが、私たちの陳情内容を受けた意見書が採択される見通しだと思っています。

 

それらを受けた記者会見を当方で設定させていただきました。当会の共同代表や反対署名呼びかけ人らが参加し、これまでの反対運動の経過や運動の狙い、今後の方向などについて説明させていただこうと思っています。さぞやお忙しい日々かと推察しておりますが、ぜひ、記者会見に参加・取材・報道していただければ、幸いに思います。(2017年6月16日)

 

 

宇都宮二荒山神社前の「安倍政権弾劾街頭演説会」へ

 

 6月15日(木)の「6・15共謀罪強行採決成立」を受けて、「19日行動」をどのようにすべきか、福田洋吾事務局長と連日、協議してきましたが、最終的に19日(月)は、「日光市民連合」として、同日17時半~18時半、宇都宮二荒山人社前で開く「安倍政権弾劾街頭演説会」に参加することにしました。

 当日は、午前10時から、日光市議会最終本会議があり、「共謀罪」と「横根高原」の二つの陳情について、討論が予定されています。これに参加したうえ、15時から日光総合会館中会議室(安川町)で、本会議での陳情採択を受けた「横根高原大規模発電所建設計画反対運動について」の記者会見がセットされています。共同代表、呼びかけ人のほか、「日光市民連合」「さよなら原発!日光の会」の会員のみなさんもぜひ、御参加くださるよう、お願いします。

(初出 「さよなら原発!日光の会」ML 2017年6月16日)
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2017年8月 1日 (火)

「僕らの社会主義」  生きていくヒントがいっぱい

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山崎亮 ちょうどその頃、マルクスの『資本論』が英語に翻訳され、モリスはこれを読んで非常に大きな影響を受けた。ただし、それ以前にモリスはラスキンの影響を受けていたし、間接的にカーライルの影響も受けていた。さらにイギリス社会主義の父と呼ばれるロバート・オウエンの影響も受けている。だから、マルクスからレーニンにつながるような流れではなく、独特の社会主義思想を生み出した。こうしたイギリス社会主義の流れは、現在のイギリス労働党にも受け継がれています・・・・
 
  國分功一郎  ひと口に社会主義と言っても、いろいろあったんですよね。たとえばモリスが提唱したような審美派の社会主義とか、あるいはキリスト教社会主義とか、社会主義そのものはマルクス主義以前から存在したわけです。ところがー、これはこの対談の核の一つとなる問題だと思いますがーそれがロシア革命の成功を経て、次第にボルシェビズムと同一視されるようになった。
 モリスの著作も戦前の日本では非常に熱心に読まれていましたよね。特に大正期の末から昭和の初めにかけては『芸術的社会主義』として、大々的に受容された。翻訳も数多くなされたし、研究書も出版されていた。1934年のモリス生誕百年の際には、丸善書店において「モリス誕生百年祭記念文献絵画展覧会」が催され、それに合わせて『モリス書誌』や『モリス記念論集』も出版されています。新聞雑誌にも多くの記事が掲載された。
 この事実は割と知られているかもしれませんが、芥川龍之介が東京帝国大学文科大学英文学科を(20人中2番の成績で)卒業するにあたって提出した卒業論文は「ウィリアム・モリス研究」です・・・・・。
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(折々の<状況> 0025 その1)

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