確かに貴重なフィルムだね。伊東や熱海の津波被害は意外と知られていないかもしれない。私は岩手県北上から静岡県熱海への転勤で熱海・伊東エリアで3年間暮らしたことがあるが、関東大震災によるこの津波被害のことを現地で聞いたり、話したりしたことは一度もなかったぐらいだから。確かに頻発した伊東沖群発地震の対応や可能性の高い東南海地震の備えなど、地震災害には日頃から敏感で、防災訓練や防災倉庫などが手厚かった。だが、自治体や市民団体などによるこの手の津波被害の企画展や防災展などは在任中にあったかどうか、ほとんど記憶にない。ただ、童謡「みかんの花咲く丘」やCM「伊東に行くならハトヤ」などで知られる伊東は地震災害ボランティアグループ「ナマズの会」などが活発に活動していたことが印象に残る。伊東はとくに市民活動支援センター(何度も顔を出し、お世話になったことがある)を拠点にしたNPOが元気だったね。ユニークな地域通貨「温銭」(おんせん)の活用など地域活動が盛んだった。たぶん今もそうだと思うがー。

(以下は本日8月27日の朝日新聞ニュースから)

1923年9月1日に発生した関東大震災の直後に、被災地を撮影したとみられる映像のフィルムが見つかった。静岡県旧伊東町(現伊東市)を襲った津波の跡も収められ、津波の被害を記録した国内で最も古い映像の一つとみられる。研究者は「関東大震災による津波被害を知り、防災を意識するうえで貴重な映像だ」と指摘する。

 見つかったのは、13分30秒ほどの35ミリフィルム(16コマ/秒再生)。津波で家屋が押し流され、倒壊した様子や、橋の上に乗り上げた船といった被災直後とみられる旧伊東町などの状況が捉えられている。冒頭には「関東大地震 大正十二年九月一日 大阪朝日新聞社撮影」というタイトルが入っている。

 発見したのは東京・板橋区立教育科学館の研究員、山端健志さん(25)。関東大震災100年に合わせた展示を企画する中で、昨年秋に「関東大地震」と記載された骨董(こっとう)品のフィルムを入手した。損傷が進んでいたことから、自身の大学時代の恩師である映像文化史研究家、松本夏樹さんを通じてフィルムの復元技術を持つ「IMAGICAエンタテインメントメディアサービス」に復元を依頼。内容を確認したところ、貴重な映像であることがわかったという。

 この映像のフィルムは朝日新聞社内に保管されていないが、被災地の同じ場所を撮影したとみられる写真は資料として残されている。

 朝日新聞の社史や当時の大阪朝日新聞の記事によると、大阪朝日の撮影班は地震発生の当日午後、関東方面へ出発。途中で鉄道が不通となり、たどり着いた静岡県の沼津周辺の被害状況をフィルムに収めた。

 フィルムは大阪に送られ、9月3日夜、大阪・天王寺などで、ニュース映画(第1報)として公開された。5日夜には小山町や旧伊東町などの被害が第2、3報として上映された。

 関東大震災の映像に詳しい、国立映画アーカイブのとちぎあきら客員研究員は、発見されたフィルムの映像と、当時の記事に記述された撮影地が一致することや、映像のタイトルの枠飾りなどの特徴から、「大阪朝日新聞社撮影の映像と考えて間違いない」と話す。

 発見されたフィルムに記録された映像は、国立映画アーカイブが所蔵し、朝日新聞撮影と考えられてきた16ミリフィルムの映像と重複する部分がある。ただ、山端さん、松本さんとともにフィルムを調査した武蔵野美術大学非常勤講師の福島可奈子さん(メディア考古学)によると、新たに確認された映像が6分ほどあり、その中には旧伊東町の津波被害を記録したとみられる場面も含まれていた。

 福島さんは「関東大震災は、国内に映画技術が伝わった後、初めて映像で記録された『震災』とみられる。津波被害についても、日本で初めて映像に捉えたフィルムの一つと言える」と説明する。

 関東大震災では、現在の伊東市や熱海市が津波被害を受けた。「静岡県大正震災誌」などによると、それぞれ100人前後の死者・行方不明者が出た。

 映像を確認した東京大学地震研究所の佐竹健治教授(地震学)は、関東大震災の原因となった大正関東地震の震源域に近い地域で映像が撮影されたとみて注目する。「震源域に近い場所での揺れによる家屋の崩壊や、避難、津波の跡や片付けの様子などが生々しく伝わる。関東大震災では東京、横浜が火災で甚大な被害を受けたことはよく知られているが、静岡県の沿岸も大きな津波被害を受けた。被災の実情を知るうえで貴重な資料であり、地元の方々が防災を意識するうえでも重要な映像だ」と話す。(黒田健朗)

9月の企画展で映像全編を一般公開へ

 今回発見されたフィルムの映像の全編は、9月2~9日、東京・板橋区立教育科学館で開催される企画展「震災の記録と記憶展」で、映像文化史研究家の松本夏樹さんが所蔵する東京の被害を映したフィルムとともに、一般に公開される予定。発見者の同館研究員、山端健志さんは当日、復元したフィルムを当時のように映写機で回しながら実演するという。「日本は災害の多い国で、今の時代もひとごとではない。映像を見て追体験してもらい、災害や復興について理解を深めるきっかけにしてもらえたら」と話す。