同人誌「序説第30号」(2023年8 月1日発行)
折々の状況 その(9) 富岡洋一郎
私は市民団体「さよなら原発!日光の会」代表を務めているが、2022年冬から2023年初夏までのこの半年間は、例年以上にこの市民団体の活動に関する記事をたくさん書くことになった。「日光の会」に加え、全県的な脱原発団体「原発いらない杤木の会」、首都圏を中心とした脱原発市民団体「東海第二原発いらない!首都圏連絡会」のメーリングリストの投稿のほか、「さよなら原発!日光の会」が毎月1回実施している脱原発サイレントスタンディングデモの活動報告、総会記念講演会のフライヤー、陳情の取り扱い基準に疑問を投げかけた「日光市議会への手紙」、署名に対する市民へのお願い、市議会議長の「回答」を是正するよう求めた日光市議会議長への「申入れ書」、5月13日に開いた「さよなら原発!日光の会」第11回総会決議、総会代表挨拶、脱原発市民団体の会報原稿と、それこそさまざまな機会の折々に書いてきた。
そのうちこの「折々の状況」では、角度を変えながら繰り返し書いていた「子どもたちの日光市甲状腺検査事業の継続を求める活動」に関連する記事を中心に報告したい。この「序説」への寄稿では、一昨年は「100年に一度」の世界的な災禍である「コロナ禍」について、昨年は「そんな身勝手な戦争を起こすのか!」と驚いた「プーチンのウクライナ侵攻」をテーマにしていた。今回は、この間の自分のさまざまな脱原発活動の場面そのもの、つまり、それこそ日常的に向き合っていた「折々」のことについて書くことにした。
しかし、そうは言っても「子どもたちの甲状腺検査事業の何が問題なのか?」という思いを抱くかもしれない。以下のさまざまな報告を読んでいただければ、わかってもらえるだろうが、まずは簡単に経緯を伝えるとこうだ。甲状腺はのどぼとけの下にある小さな臓器で、羽を広げた蝶のような形をしている。栄養素のひとつであるヨウ素を取り込んで甲状腺ホルモンを分泌し、全身の新陳代謝の活性化や、脳、骨、神経の成長に関わる臓器だ。甲状腺がんは重症化すると、肺や骨、リンパに転移し、命を危険にさらす。
甲状腺がんは、1986年に起きたチェルノブイリ原発事故で子どもたちに多発したことで知られる。もっとも甲状腺がんが原発事故由来であるかどうかは、長く論争の的になっていた。それが原発事故から10周年の会議で、国際原子力機関(IAEA)がようやくチェルノブイリ原発で飛び散った放射性ヨウ素の内部被ばくの影響だという因果関係を認めた。原発事故の放射能で身体のさまざまな部位に影響が出ているとされるが、健康被害のうちで国際機関が認めているのは今も後にも先にも甲状腺がんのみだ。
このチェルノブイリ原発事故による甲状腺がんが報告されていることから2011年3月11日に起きた福島第一原発事故後に、福島県では事故当時、福島県に暮らしていた18歳までの子どもたち全員を対象にした甲状腺検査事業を無料で実施し、今も続いている。甲状腺がんはふつう100万人に一人あるいは二人とされてきた。ところが、福島県では今年3月段階で、子どもたちの甲状腺がんは353人を数えている。多発する小児甲状腺がんだが、これが福島第一原発事故によって引き起こされたのかどうか、論争にはなっているが、その結論はまだ出ていない。
ただ、「さよなら原発!日光の会」は、チェルノブイリ原発事故が原因である子どもたちの甲状腺がん問題に大きな関心を持ち続けてきた。福島の子どもたちに何が起きているかを追いかけたドキュメンタリー映画「A2―B―C」(2013年 イアン・トーマス・アッシュ監督)の自主上映会を総会に併せて行ったり、チェルノブイリ原発事故後、ベラルーシに渡り、子どもたちの甲状腺がん治療にあたってきた小児甲状腺がん専門医で長野県松本市長を務めていた菅谷昭さん(著書に『原発事故と甲状腺がん』、『これから100年 放射能と付き合うために』、『子どもたちを放射能から守るために』などがある)を日光に招いて甲状腺問題の講演会を開催したりしてきた。
日光市でも福島第一原発事故を受けて、2013年度から費用の半額を補助する「日光市甲状腺検査事業」を始め、やはり福島第一原発事故当時、18歳以下の子どもたちを対象に2022年度まで毎年、貴重な自主検査事業を続けてきた。ところがこの冬、日光市の受検者が年々へ減っていることや検査事業に対する関心の低下のほか、「検査事業が10年の区切り」を迎えたということなどから(後述するが、「さよなら原発!日光の会」に対しては最大の理由は別にあると説明している)2023年度から中止すると公表した。
これに対し、日光市甲状腺検査事業はぜひ継続すべきだとして、今年1月15日から検査事業の継続を求める署名活動をスタートさせた。日光6月市議会に継続を求める陳情とともに集めた署名を提出しようとしたが、5月上旬の時点の署名数は約2,300筆だった。このため、「声を大にして継続を求めるにはさらに大きな署名を集めないといけない」という判断となり、8月10日まで署名期間を延長し、さらに署名を積み上げることにした。集めた署名と陳情は日光9月市議会に提出し、陳情を採択してもらい、判断ミスをした日光市の方針を変えていきたいと思っている。
以下は、以上の簡単な経緯に関し冬から初夏までに私が書いた記事のうち、主なものを時系列的に並べたものだ。原発の危険性についてわかりやすく伝えようと「さよなら原発!日光の会」の会報に推薦書籍として書いた最初の「原発は究極のノン・アルコールビール?」以外は、いずれも甲状腺検査問題に関連した記事だ。
原発は究極のノン・アルコールビール?
「夢よりも深い覚醒へ 3・11後の哲学」
「原発は究極のノン・アルコールビール」―。小題を読んだだけでは何のことだが意味がわからなかった。だが、『夢よりも深い覚醒へ 3・11後の哲学』(大澤真幸 岩波新書)の本文の丁寧な指摘をじっくり読んでいくと、<なるほど、そんな例えでノン・アルコールビールを代表させたのか>と、納得することしきりだ。
つまりこういうことだ。原子力発電所は安全だという主張は、これはビール(原子力爆弾)ではなく、ノン・アルコールビール(原子力発電所)だから、いくら飲んでも酔っぱらうことはない。飲酒運転につながる恐れもない、と主張しているのに似ている。だが、大澤真幸は「だが、原発はほんとうにノン・アルコールビールなのか?」と問い、ほんとうのところは「原発は究極のノン・アルコールビール(として扱われた)」と注意を促す。
そして問題はここからだ。というのは、日本人の圧倒的多数は核には反対だが、原発にはまだまだ賛成が一定数おり、とくに福島第一原発事故から11年余過ぎたことで再稼働に前向きな空気も生まれようとしている。その際たるものが岸田政権の新たな原子力政策だ。事故を契機に与野党合意のうえで原子炉等規制法に決めた原発の運転期間「原則40年」の方針を取り外し、再稼働に弾みをつけようとしている。そのうえさらにいわば封印してきた原発の新増設方針まで打ち出そうとしている。
それもこんな大事な課題について衆智を集めるわけではなく、脱炭素社会の実現に向けた取り組みを議論する会議、GX(グリーン・トランスフォーメーション)実行会議で一方的に表明しただけだ。朝日新聞によると、今年8月24日の同会議で岸田首相が発言したのは「次世代革新炉の開発・建設を検討」「原則40年、最長60年の運転期間の延長について検討」「再稼働した10基に加え、7基の再稼働に向けて国が前面に立つ」など。実際に新増設する政府方針が決まれば、2011年の福島第一原発事故以来の「大きな政策転換」になるのは論を待たないが、記事では「年末に向けて検討を重ね、成果文書が示されるとみられる」としている。
こんな原子力政策を何と言ったらいいのか。確かにプーチンのウクライナ侵略による石油やガスなどの世界的なエネルギー不足が連日のニュースになっている。それへの対応が言われて久しいが、識者が言っていたが、このまま進むと、この状況を利用した「火事場泥棒」ともいえる原子力政策の転換になる。これは福島第一原発事故の教訓を完全に風化させてしまう愚かな判断だ。
「原発はほんとうにノン・アルコールビールなのか?」に論を戻すとー。大澤真幸の少し長いがそのまっとうな指摘に耳を傾けたい。
そうではないことを、3・11の原発事故を目撃した者は、誰でも知っている。ノン・アルコールビールを飲んだつもりなのに、酔っぱらって事故を起こし、人を殺してしまったようなものだ。そのとき人は、あれはほんとうは「ノン・アルコールビール」ではなかった。あれにはアルコールが含まれていた、と知るのである。いかに薄められても、ビールはビールではある。原発とは、要するに、核分裂反応によって生じるエネルギーを発電する技術である。これは、いくら言いくるめようが、原子力爆弾と原理的に同じものである。確かに、ほんとうにノン・アルコールビールならば、いくら飲んでも酔うことはない。しかし、そんなものは、そもそも、飲む必要もないのではないか。言い換えれば、「それ」を飲むと、酔うことによる快楽が得られるのだとすれば、「それ」はノン・アルコールではない。原発についても同じである。もし、発電ができているのだとすれば、それが原子力爆弾と同じものだからである(『夢よりも深い覚醒へ 3・11後の哲学』164頁)
このキイワードである「原発は究極のノン・アルコールビール」が本文で登場するいきさつが読ませる、というか、改めて考えさせられる。以下は同書からの引用だがー。日本の戦後の原点には、原子力への恐怖があったと言っても過言ではない。一方で日本人は、その恐怖から、原子力を力いっぱい批判し、遠ざけ、排除しようとしてきた。しかし、他方で、日本人は、原子力に魅了されてもいる。二つのアスペクト(対応)は背反しているようで、実際には通底している。つまり、原子力の魅力が、恐怖の源泉となるその破壊的な潜勢力と結びついている。原爆を連想させる恐怖と、原子力の平和利用に熱狂し、結局は、戦後の数十年間に50にも上る原子炉を建設してきた日本人の欲望とは、地続きである。
そのうえで大澤真幸はこのつながりには「ひとつのひねりが入っている」という。それも「自分で自分を欺くようなひねりである」と。その「ひねり」によって、原発は「究極のノン・アルコールビールになったー厳密にはノン・アルコールビールとして扱われたーのである」。
このように述べるその大澤真幸の原発に対する態度はいかなるものか?同書で本人は最後ではなく、最初に結論を語っている。「日本は、全面的な脱原発を目標としなくてはならない。とはいえ、すべての原発を即刻停止して、直ちに廃炉の準備に取りかかるというやり方は、現実性に乏しい。原子炉ごとに閉鎖の年限を決定し、段階的に完全な脱原発を実現するのがよいだろう。いくつかの点を補足しておこう。閉鎖の時期は、原子炉の古さや使われている技術等から推測される安全性を主たる基準にして、できるだけ早くに設定されるべきである。いつ閉鎖すべきかは現段階で決定し、公表しておかなければならない。約束した期限内の閉鎖には強い法的な拘束力をかけるべきだ」(同書 10頁)。
同書でも述べているが、これは福島第一原発事故を受けて2022年までに原発ゼロ方針を決めたドイツ政府の方針とほぼ同じだ(もっともドイツはプーチンのウクライナ侵略によるエネルギー危機問題のため、原発ゼロを2022年内から2023年春へと少し延期する修正方針を決めたと報道されているが)。私も福島第一原発事故直後はこれと同じように段階的原発廃止の考えでいたが、今は違う。日本のような地震大国では東日本大震災のような大地震が起きる可能性がいつもでもある。それによる取り返しのつかない「シムテム転換」をもたらす原発事故はリアルに起きうると考えられる。原子炉ごとに閉鎖の年限を決定するほうが現実的だとしているが、いやはや福島第一原発事故を経験した私などは、今となってはすべての原発の即時停止のほうが現実的な判断だと思っている。その面では大澤真幸の説得力ある「原発は究極のノン・アルコールビールか?」論には大変に共感を覚えるが、その結論にはそのままうなずけない。
とはいえ、「日本は全面的な脱原発を目標としなければならない」とする彼の判断は全面的に賛成する。それもその直接の論拠について述べているところが大いに参考になる。大澤真幸によれば、第一に、閉鎖される原発の分に相当するエネルギーはどうやって供給すべきか。第二に、経済への影響はどうなるか。第三に地球温暖化にとって脱原発は不利ではないかー。
同書ではこの3点の問いについてひとつずつ論拠を挙げていくのだが、とくに第一の点、閉鎖される原発の分に相当するエネルギーをどうやって供給するかについは興味深い。これについては、国内外の脱原発の社会運動を調査してきた社会学者・長谷川公一の試みを例に挙げている。私も読んで感心した長谷川の著書『脱原子力社会へー電力をグリーン化する』(岩波新書 2011年)だ。そこで長谷川は、日本国内の原発による年間発電量は、だいたい46基分にあたるという(ただし、定期点検などが必要なので、常にすべてが稼働しているわけではないことに注意)。この46基分を別の電源に置き換えるシナリオとして、三つの選択肢があると長谷川は論じている。
この三つの選択肢は「夢よりも深い覚醒へ」を読んで欲しいのだが、伝えたいのはこうした魅力的な論考に満ちた同書が実は、福島第一原発事故から丸1年の「2012年3月6日」に発行されていることだ。私が所持しているのはその「第一刷」で、発行と同時に、つまり10年前に読んでいた。そのとき<なんと魅力的な脱原発の論考であることか>と思ってはいたが、そのまま本棚に積まれたままになっていた。しかし、ことし夏以降、岸田政権による前のめりの原発再稼働論やさらには原発新増設論が政治日程にせりあがってきたことで改めて真正面からこの問題に向き合う必要性を感じていた。「夢よりも深い覚醒へ」を思い起こしたのはその流れから。そして今改めて再読してみて、「原発は究極のノン・アルコールビールか?」を象徴として、今から10年前に社会学者がきちんと脱原発について論じていたことの大事さをすごく感じたのだった。
(2022年11月5日発行「さよなら原発!日光の会」会報「げんぱつニュース第46号」)
子どもたちの日光市甲状腺検査事業の継続を求める署名のお願い
市民団体「さよなら原発!日光の会」
日光市は2013年度から福島第一原発事故で放出された放射性物質の「健康への影響」などから、検査費用6,600円のうち自己負担額3,000円とし、それ以外の3,600円は日光市が補助する子どもたちの甲状腺検査事業を継続してきました。体の発育や基礎代謝、新陳代謝などを促す甲状腺のがんの早期発見・早期治療につながる大事な補助事業です。
昨夏、日光市は「検査の必要性」について、検査対象者1万2185人に対しアンケートを行いました。その結果、回答者はわずか1%の130人にとどまりました。ただし、回答者のうち、7割にあたる92人が「継続してほしい」「どちらかと言えば必要と思う」と答えています。
理由では「福島県内では甲状腺がんの子どもがたくさん出ている。裁判も起きているので日光でも安心できないと思う」「子どもの将来を守るためにも必要な事業だと私は思う」「放射線被ばくの影響は長期的に観察する必要があります」などと記しています。
しかし、日光市はこの冬、日光市HPで「日光市甲状腺検査事業の開始から令和4年度で10年目を迎え、受検者数が年々減少していること、アンケート回答結果、検査実施に要する事業費見直し等の理由から、令和4年度末をもって当事業(ホールボディカウンター検査を含む)を終了します」と明らかにしました。
ただし、検査継続を求める私たち「さよなら原発!日光の会」に対する2022年12月23日の日光市「説明会」では、検査打ち切りの最大の理由として「国際がん研究機関の提言2018」を挙げました。この提言では「集団のレベル」の検査では「不利益が利益を上回る」ため、「ばく露レベルに関わらず住民全員を対象にした甲状腺集団スクリーニングを実施することは推奨しない」としていることを強調しました。
しかし、この「提言2018」では、「特記」として、甲状腺がんについて不安を持つ低リスクの個人が検査について、潜在的な利益、不利益の詳細な説明を受けた上で検査を希望すれば、「甲状腺検査の機会を与えられるべきである」とも提起しています。何よりもNPO法人「3・11甲状腺がん子ども基金」によると、甲状腺がんの手術を受けた20歳の男性が「福島県民健康調査でがんを見つけていただいて、手術につないでいただいて非常に感謝している」と、甲状腺検査の継続を強く訴えていることです。
小児甲状腺がんは100万人に1人か2人とされていましたが、福島第一原発事故後に福島県で行われている県民健康調査の2023年3月22日の検討委員会などで、事故当時、福島県に居住していた18歳以下の子どもの甲状腺がんは353人になったことが明らかにされています。
今回、日光市が子どもたちの甲状腺検査事業を全面的に打ち切る判断、方針は大いに誤っています。子どもたちの甲状腺検査を継続し、繰り返して検査を受けることがいかに大切かー、以下の事項を伝えたいと思います。
➀日光市の甲状腺検査の受診者は確かに年々、減少していますが、2021年度は303人が受診し、その中で経年の受検者は236人、新規の受検者は67人もおりました。
②福島県の甲状腺検査の結果では前回の調査で「問題ない」とされた子どもたちが次回の検査で甲状腺がんまたはその疑いがあると診断されたケースが多数見つかっています。
③甲状腺がんは発見が遅れれば肺などへの遠隔転移や重症化が増える危険もあります。甲状腺検査の継続はがんの早期発見、早期治療に役立っています。
④1986年のチェルノブイリ原発事故によるベラルーシの小児甲状腺がんは、原発事故から10年でピークに達しています。15歳から17歳の場合は、原発事故から17年目がピークでした。
⑤2021年度の受検者7人だった50万都市の千葉県松戸市は「何年検査を続けるのか」という議会の質問に「不安がある間は実施しなくてはならない。5年、10年で止める事業ではない」と答えています
(2023年1月15日から配布のフライヤー この「署名のお願い」を手渡しながら、署名活動をスタート)。
子どもたちの甲状腺検査事業を止めないで!
「日光市甲状腺検査事業の継続を求める署名活動」
国際がん研究機関による「不可解な勧告」
検査費用の半額強を補助してきた日光市甲状腺検査事業
日光市は2013年度から福島第一原発事故で放出された放射性物質の「健康への影響」などから、検査費用6,600円のうち自己負担額3,000円とし、それ以外の3,600円は日光市が補助する子どもたちの甲状腺検査事業を継続してきました。体の発育や基礎代謝、新陳代謝などを促す甲状腺のがんの早期発見・早期治療につながる大事な補助事業です。子どもが3人も4人もいる家庭では経済的に大いに助かっていました。
ところが日光市はこの事業が10年間続けられたことを「区切り」に、2023年度から打ち切りにすることを決め、日光市HPなどで告知しました。私たち「さよなら原発!日光の会」は、「甲状腺検査は繰り返し受検することで、甲状腺がんの早期発見・早期治療につながる」として、事業の継続を求める署名活動を進めています。
受検者アンケートの回答者の7割は「継続してほしい」
日光市が実施してきた甲状腺検査事業の対象者は、2011年3月11日の福島第一原発事故が起きた当時18歳以下だった日光市の子どもたち。ところが日光市は2011年11月の日光市議会全員協議会で甲状腺検査事業を2022年度で打ち切る方針を明らかにしました。これに対し、私たち「さよなら原発!日光の会」は、事業の継続を求めようと、翌2022年1月26日に粉川昭一日光市長に直に会い、「日光市の甲状腺検査の継続を」求めた「要望書」を提出しました。
このときの「市長対話」の結果などから、2022年に受検者のアンケートを行うことになりました。「検査の必要性」についてのアンケートは昨夏、検査対象者1万2185人に対して行われました。その結果、回答者はわずか1%の130人にとどまりました。ただし、回答者のうち、7割にあたる92人が「継続してほしい」「どちらかと言えば必要と思う」と答えています。
理由では「福島県内では甲状腺がんの子どもがたくさん出ている。裁判も起きているので日光でも安心できないと思う」「子どもの将来を守るためにも必要な事業だと私は思う」「放射線被ばくの影響は長期的に観察する必要があります」などと記しています。
打ち切りの最大の理由は「国際がん研究機関の提言2018」
しかし、日光市はこの冬、日光市HPで「日光市甲状腺検査事業の開始から令和4年度で10年目を迎え、受検者数が年々減少していること、アンケート回答結果、検査実施に要する事業費見直し等の理由から、令和4年度末をもって当事業(ホールボディカウンター検査を含む)を終了します」と明らかにしました。
ただし、検査継続を求める私たち「さよなら原発!日光の会」に対する2022年12月23日の日光市「説明会」では、事業打ち切りの理由として、受検者が年々減っていることを強調していましたが、さらに最大の理由として「国際がん研究機関の提言2018」を挙げました。この提言では「集団のレベル」の検査では「不利益が利益を上回る」ため、「ばく露レベルに関わらず住民全員を対象にした甲状腺集団スクリーニングを実施することは推奨しない」としています。説明会で日光市は「国際機関が集団スクリーニングはやるんじゃないと言っている。国際機関からこういう形のものをやられてしまうと、行政機関としてはー」と繰り返し、この「提言2018」の指摘を受けた判断であることを強調していました。
しかし、この日の説明会は日光市の言及がありませんでしたが、「国際がん研究機関の提言2018」を読んでいくと、見落としできない「特記」も記述されています。この特記では、甲状腺がんについて不安を持つ低リスクの個人が検査について、潜在的な利益、不利益の詳細な説明を受けた上で検査を希望すれば、「甲状腺検査の機会を与えられるべきである」とも提起しています。
「福島原発事故後に現れた科学と保健政策の土台を脅かす侵食活動」
日光市がいわば「金科玉条」のように検査事業打ち切りの根拠にしている「国際がん研究機関の提言2018」ですが、3・11以後、国際機関の提言、いわば勧告といえども、すぐにそのまま受け入れることには疑問符をつけるべきだという教訓を得ています。この「国際がん研究機関の提言2018」もやはりというか、案の定、真正面から批判している専門家もおります。
代表的な論客が福島の子どもたちの甲状腺がんの多発について「原発事故の影響、否定できぬ」との見解を示していることで知られる岡山大学の津田敏秀大学院教授(環境疫学 医学博士)。その津田教授が筆頭著者である長い名前の論文、「疫学的手法の誤用検出ツールキットによって福島原発事故後に現れた科学と保健政策の土台を脅かす侵食活動を実証する」(2022年9月)がそれ。この内容は今年3月31日に発行されたばかりの冊子『チェルノブイリ並み被ばくで多発する福島甲状腺がん 線量過小評価で墓穴をほったUNSCEAR(原子放射線の影響に関する国連科学委員会)報告』(福島原発事故による甲状腺被ばくの真相を明らかにする会)でも津田論文の「意義」として紹介されています。
「疫学的手法のー」の論文はそもそも執筆者である津田教授から直接、ネット経由で教えられたものです。今年3月3日に福島大学であったオンライン公開の「被曝による甲状腺がん多発を否定する2つの報告書 その健康被害の実情を考える」というシンポ(3・3シンポ実行委主催)にZOOMで参加しました。その際、「国際がん研究機関の提言2018についてのコメントがあればー」と問い合わせたところ、シンポの報告者のひとりとして参加していた津田教授から「そのコメントならこんな論文があります」と「疫学的手法のー」の論文の紹介を受けたのです。
国際がん研究機関による「不可解な勧告」だと津田論文
詳細なこの「疫学的手法のー」の論文のうち、特に「国際がん研究機関の提言2018」に関しして注目されるポイントのいくつかを示すと、以下の通りです。
- 2017年、国際がん研究機関は日本の環境大臣から3,500万円の資金提供を受け、フランスのリヨンに研究者を招き、過剰診断の問題を論議し、勧告を行った。
- この勧告を掲載した国際がん研究機関報告書で示された過剰診断の根拠は、中高年者の甲状腺がんの超音波スクリーニングに関わるものであった。さらに国際がん研究機関技術報告書は、福島のスクリーニングプログラムで直径が5mmより大きながんのみが検出され、実際に、過剰診断が回避されていることは伝えていない。
- 国際がん研究機関は、中高年の調査結果を報告した韓国からの論文を取り上げ、それがあたかも小児期や思春期における影響の証拠であるかのように提示した。
- 最期に韓国からの知見を再び紹介し、繰り返し強調した国際がん研究機関は、これらのデータが、「原発事故後に一般成人集団の甲状腺スクリーニングが実施された場合、どのような影響を及ぼすのかの一例」であると述べている。しかし、韓国の甲状腺がん症例が福島の症例よりも小さながんの割合を多く含んでいることに触れていない。
- 結局、国際がん研究機関は、小児期、思春期の甲状腺がんが超音波検査で頻雑に過剰診断が生じることを証明できなかった。しかし、その要旨で福島のスクリーニングプログラムに関する勧告ではない、と、付け加えている。
以上などから津田論文では「国際がん研究機関による不可解な勧告の背景には、次のことを考えずに理解できない」と述べ、こう指摘しています。「国際がん研究機関の技術報告書の目的は、福島における甲状腺がんの驚くべき発生率の原因が原発事故であるとすることに疑問を投げかけ、いかなる結論にも達することはほど遠いことを示すことであったのであろう」
日光市が検査事業打ち切りの大きな根拠にしている「国際がん研究機関の提言2018」の「不可解な勧告」の問題もさりながら、実際に甲状腺がんの手術を受けた福島の子どもたちの生の声に耳を傾ければ、今回、日光市がこの10年間続けてきた子どもたちの甲状腺検査事業を全面的に打ち切ることにしたことは大いに誤っています。子どもたちの健康と未来を守るために、ぜひ子どもたちの日光市甲状腺検査事業を継続させていくべきだと思います(理事 冨岡洋一郎)。
(2023年4月20日発行 「原発いらない杤木の会」会報第40号)
主題 「福島第一原発事故から12年 3・11後の健康をどう守るか!」
5月13日「さよなら原発!日光の会」第11回総会記念講演会へのお誘い
2011年3月の福島第一原発事故から丸12年が経ちますが、放射能汚染のため、避難者は今も約3万1千人にのぼります。同時にその放射能汚染のため、現在でも私たちの健康不安は続いています。特に子どもの甲状腺がんの発生は100万人に一人か二人とされてきましたが、事故当時、福島県で暮らしていた18歳以下の子どもの甲状腺がんは今年3月現在で353人になったことが明らかにされています。甲状腺がんの早期発見・早期治療のためには繰り返して検査を受けることが大切ですが、日光市では10年間続けてきた子どもたちの甲状腺検査事業を今年度から取り止めるとしています。甲状腺がんや白血病、免疫の低下、消化器疾患や呼吸器疾患などに対し、私たちは、どう健康を守っていけばいいのか。チェルノブイリ、フクシマの取材を重ね、「ルポ チェルノブイリ 28年目の子どもたちーウクライナの取り組みに学ぶー」(岩波ブックレット)などの著者で、甲状腺がん問題に詳しいジャーナリスト、白石草(はじめ)さんから、原発事故の健康影響に対するさまざまな取り組みや問題、課題について語ってもらいます
(2023年5月13日 日光市中央公民館中ホール 「さよなら原発!日光の会」第11回総会記念講演会フライヤー 当日の講演会では補助椅子も出すなど会場いっぱいの77人が参加した)
「さよなら原発!日光の会」第11回総会 代表あいさつレジュメ
岸田政権の「原発回帰」路線に敢然と否の運動を
(1)岸田政権の原発再稼働推進など「原発回帰」路線に敢然と否の運動を
ウクライナ戦争が1年3カ月。まさかのプーチンの侵略戦争で世界の構図が大きく変化。特筆はザポーリジャ原発に対する攻撃。原発が戦争の「標的」になるとは。世界のエネルギー事情の変化の中でもドイツは4月15日に原発ゼロを達成。一方の日本の岸田政権は「原発回帰」路線をまっしぐら。原発の再稼働推進、東海第二原発など老朽原発の運転期間延長という延命政策、原発の新設・建て替えというとんでもない「暴挙」を。これに否の運動を。2023年度は近年にない大事な運動の年になります。
(2)子どもたちの日光市甲状腺検査事業の継続を求める署名・陳情に力を。
2023年1月15日からスタートした署名活動。本日現在で約2200筆。目標の1万筆の5分の1強。継続を求める陳情に力を込めて後押しするには署名数が不足しており、つい5月8日(月)の役員会で6月議会提出方針を切り替え、9月議会へ。締切は第三次7月10日、第四次(最終)8月10日に設定。さらに積み増すために「署名統一行動日」を設けるなど署名活動に新たな方法を。「日光の会」全体としての取り組みを強く推し進めていくために力を。
(3)事故から12年、ウクライナ戦争の影響も含めた原発容認の空気に抵抗へ
甲状腺署名と並行して「さようなら原発1000万人アクション実行委員会」の「原発回帰を許さず、再生可能エネルギーの促進を求める全国署名」(第二次締め切り9月30日)、「とめよう!東海第二原発 首都圏連絡会」の「東海第二原発の廃炉を求めます」署名(第一次締め切り8月30日)のふたつの署名活動を重点的に。とくに「東海第二原発いらない一斉行動」(首都圏ネットワーク)は第8波に。6月9、10、11日が設定されているが、私たちは6月2日(金)13時~神橋行動で参加へ。いずれも「原発回帰」に異議を唱える社会行動。今年度も継続していく方針でいる。
(4)世間は事故から12年、原発容認の世間の空気に抗う運動の継続へ
ウクライナ戦争の影響や岸田政権の原発政策大転換路線も加わり、世論調査でも原発容認の空気へ。だが、フクシマの事例が示すように取り換えしがつかない「システム転換」をもたらし、採掘、建設、稼働、廃炉のどの過程でも放射能被害をもたらす原発は廃炉へ。それを支える再生可能エネルギーの促進を図る政策を後押ししていく。その「脱原発社会をめざす」私たちの「さよなら原発!日光の会」の活動方針に自信を持って、2023年度の活動へ。
(2023年5月13日 「さよなら原発!日光の会」第11回総会冒頭あいさつ)
火事場泥棒的な「原発回帰」法を認めるわけにはいかない
「さよなら原発!日光の会」第11回総会決議
東日本大震災・福島第一原発事故が起きてから丸12年、欧州最大級のザポーリジャ原発を砲撃するという暴挙が記憶に新しいプーチンによるウクライナ戦争は1年2ケ月以上も続いています。この戦争で原発が標的になることが現実となりました。私たちが暮らす地域や森や林、畑地、海が取り返しがつかない無残な状態に変わってしまう「システムの転換」をもたらす原発の存在の危うさを改めて思い知らされています。
事故から12年過ぎても、健康不安は消えていません。事故当時18歳以下の福島県民を対象にした甲状腺検査では、甲状腺がんと診断された人は、今年3月22日時点で353人にのぼっています。一方、日光市では2013年から続いてきた子どもたちの甲状腺検査事業を今年度から打ち切りました。私たちはチェルノブイリ事故の教訓からも甲状腺検査を繰り返し受けることがいかに大切であるか、そのことを強く伝え、多くの署名を添えて日光市議会に検査事業の継続を求める陳情を提出します。
ウクライナ戦争は世界のエネルギー事情にも影響を及ぼしていますが、フクシマの教訓から脱原発路線を鮮明にしてきたドイツは今年4月15日に原発ゼロを達成しました。その一方、日本の岸田政権は火事場泥棒的に「原発回帰」路線を突き進んでいます。原発の再稼働推進、老朽原発の運転期間延長、原発の新設と建て替えといった方針です。それらを盛り込んだ原子力基本法など5つの改正案を束ねた「GX脱炭素電源法案」を国会に上程し、4月27日に衆院本会議が可決しました。
改定原子力基本法では、国民の理解の促進、地域振興、人材育成、産業基盤の維持および事業環境整備などを含み、原子力産業を手厚く支援する内容を盛り込んでいます。結果的に、国民負担で、原子力事業者を過度に保護するものになっています。運転期間上限に関する定めは、明らかに「安全規制」の一環として原子炉等規正法に盛り込まれました。しかし、今回の法案では運転期間の上限に関する規定を電気事業法に移すことに伴い、認可は「安全規制」から「利用政策」となります。フクシマの教訓を無視したこうした乱暴な法案を私たちは認めるわけにはいきません。
東海第第二原発の再稼動問題については、2021年3月18日、水戸地裁が運転差し止めを認める画期的な判断を示しています。東海第二原発はもはや廃炉にすべきですが、日本原電は2024年秋にあくまでも再稼働を予定しています。私たちは脱原発をめざす首都圏の仲間とともに、東海第二原発再稼動反対の活動をさらに強く継続します。
今や原発廃炉の時代を迎えています。私たちも噴き出す火山を抱え、いつでも大震災が起きる地震列島、日本で原発の再稼働を認めず、速やかに再生可能エネルギーを最大限に活かし、原発に依存しない社会を実現させていく、その強い意志をここに改めて内外に明らかにします。以上、決議する。
(2023年5月13日 さよなら原発!日光の会第11回総会)
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