無料ブログはココログ

ブログランキング


  • 人気ブログランキングへ

« 震災後生まれ 私が伝えるー    大震災から3年後に生まれた小学四年生 | トップページ | 我が家の庭はまるで「トーチカ」のように   伐採した大木の処理で薪材を6回も運搬 »

2023年12月18日 (月)

絶望するにはまだ早いと叱られたような気持ちに・・・   「震災後生まれ 私が伝える」の記事に感動

「勇気をもらった。絶望するのはまだ早いと叱られたような気持ちになった」。きのう17日(日)の朝日新聞トップ記事 「震災後生まれ 私が伝える」に私はえらく感動したが、岩手県花巻市に暮らす私の尊敬する大先輩、増子義久さんも同じように感動していたことがわかった。ともかく世の中が殺伐している中で、この記事は東日本大震災について、「伝えるのは私の役目かな」というくだりなど、(万感の思いを込めて)さっと書いているところなども含め、なんとも清々しい気持ちにさせてくれた。記事を書いた東野真和記者とはかって岩手県で「8・15」をめぐる連載などで一緒に仕事をした仲間。当時も名文家だったが、この記事でわかるように過不足ないとてもいい文章だ。記事に清々しさとさらに言えば、語り部になることをくったくなく伝える口調から未来へのある種の希望を感じ取ることができたというべきかー。これらも含めて増子さんが自身のBLOG「ヒカリノミチ通信」(https://samidare.jp/masuko/)でさらに詳しく書いていたので、ぜひそれも紹介しようと思う(私のBLOG「霧降文庫」にも再掲させていただこうかかなと思っていますー)
(以下は増子さんの「ヒカリノミチ通信」から)
「私は震災3年後の3月11日に生まれました。私の家族もここで亡くなりました。3月11日は家族としては悲しい日。でも、私の誕生日を祝うことでみんなが元気になれる」(17日付「朝日新聞」)―。東日本大震災で祖母(当時60)を失った小学4年生の佐々木智桜(ちさ)さん(9)は東京からの研修生を前にして、快活にこう話しかけた。この記事を目にした私は言い知れない感動に胸が高鳴った。12年前の同じこの日、私は71歳の誕生日を迎えた。そしていま、遺影の中の「おばあちゃん」しか知らない9歳児がまるで、記憶の風化に抗(あらが)うかようにその継承を続けている。
 「どんな悲惨な出来事も時と共に忘れられていく。でも、自分は誕生日という特別な日に起きた震災は忘れようがない。それなら、みんながこの日を忘れないようにする活動をしたい」―。あの大震災の2年後、東京都在住の国家公務員、井上能宏さん(当時38)の呼びかけで「311生(うまれ)の会」が産声を挙げた。私もさっそく、仲間入りした。その年の夏、誕生日が同じメンバ-25人は福島原発などのバスツア-を実現させた。当時、井上さんから寄せられたメ-ルを私は大切に保存している。こう書かれている。「そんな縁のある人たちをまず、311人集めたい。そして、この輪が最終的には日本人全体が当事者となるような広がりを見せれば…」
 あれから12年―。「寄る年波には勝てないな」と弱音を吐き始めたそんな時に突然、目の前に現れたのが「震災を知らない世代」の“語り部”―智桜さんだった。お母さんに誘われて語り部講習を受け、昨年12月に釜石市が認定する「大震災かまいし伝承者」に認定された。もちろん、震災後生まれの第1号で今年3月、釜石市の伝承施設「いのちをつなぐ未来館」でのパネル展示の解説でデビュ-を果たした。「外国の人にも伝えたい」とこの秋からは英語を習い始めた。
 「3・11」の後を襲ったコロナパンデミック、そして福島原発の汚染水の放出、沖縄・南西諸島で進む軍事力の強化、さらにはウクライナやガザでの悲劇…。まるで「何事もなかった」―かのように奈落(ならく)を転げ落ちる光景に戦慄する。見て見ぬふりをするという周囲の「無関心」がこれに拍車を加える。そんな不条理を背にしながらも、智桜さんはケロっとして言う。「伝えるのは私の役目かな」
 おばあちゃんは約160人が犠牲になった「指定避難先」の防災センタ-(釜石市鵜住居地区)に避難して命を奪われた。智桜さんはあえて、この悲劇についても触れた。「小学校で習った『てんでんこ』の歌を踊りつきで披露すると、手拍子がわいた」と記事は伝えている。勇気をもらった。絶望するのはまだ早いと叱られたような気持ちになった。そういえば、図書館とは「人類の記憶の貯蔵庫」とも呼ばれる。新花巻図書館の立地をめぐる”迷走劇”の中、この幼い語り部は問わず語りに、そのことの大切さを私たちに教えているのかもしれない。
As20231217000163_commjpg_20231218233801
(写真は来館者の質問に笑顔で答える智桜さん。釜石市の未来館で=12月17日付「朝日新聞」の紙面から)

« 震災後生まれ 私が伝えるー    大震災から3年後に生まれた小学四年生 | トップページ | 我が家の庭はまるで「トーチカ」のように   伐採した大木の処理で薪材を6回も運搬 »

大震災」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 震災後生まれ 私が伝えるー    大震災から3年後に生まれた小学四年生 | トップページ | 我が家の庭はまるで「トーチカ」のように   伐採した大木の処理で薪材を6回も運搬 »

2024年6月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30