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2024年3月17日 (日)

身につまされる借りが返せていない「済まない」   哲学者・鷲田清一の3月17日「折々のことば」から

哲学者・鷲田清一が朝日新聞1面に毎日連載している「折々のことば」。3月17日は「済まない」について。今回でなんと3030回という。その長期連載を毎日、ちらっと読んでいるが、この日の「済まない」には、さまざまなことが去来する。世話になった恩師の求めに応じきれなかったこと、後輩の希望に添えなかったこと、一言多かったことで大きな誤解を生んだこと・・・いやはや、反省と悔いがたくさん。と、考えていたら、フロイト精神分析学者の内田秀の名著「ものぐさ精神分析」のことも思い出した。その中の「悔い」の説明がいつまでも印象に残っている。それは「死」についてだが、死の恐いのはなぜか?というところ。生きていいれば、悔いもいつか返せることあるが、死んでしまうと、その悔いを残したままになってしまう。もうその悔いを返すことができない。だから、人はみな死が怖いのだーという見立てだ。これには私も「なるほどー」と、うなづいたことがある。それ以来「出がらし ものぐさ精神分析」も含めて、内田秀の著作に親しんできた。最近は内田秀さんについて、話題にすることがほとんどないが、「唯物論」でもなく、「観念論」でもない、その独特の「唯幻論」は、もっと知られてもいいと思っているー。鷲田清一さんはたくさんの著作があるが、私としては、初期の「自分 この不思議な存在」、さらに中期の「聴くことの力」がすごく良かったと思う。

(以下は3月17日の「折々のことば」 3030回)ー朝日新聞からー

「済まない」という意識は、本来は済むべきはずの事柄が、未済のまま完了してしまっている事態を指している。

 (木村敏)

     ◇

 「すみません」という自責と謝罪の言葉は、まだ借りが返せていないことを意味する。そしてそうした未済という事態が未済のままで完了し、元に戻せないところに、後悔や負い目の感情が生じると、精神科医は言う。人にはいくら悔いても「とりかえしのつかないこと」がある。時を経ても消え去らないものがある。『時間と自己』から。

 

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