「第二次大戦後の疲弊した魂に響いた」ー 宇田川悟さん「サルトルとボーヴォワール」
facebookともだちの宇田川悟さんは、大のフランス通で、フランスに関する何冊もの著作があるが、その流れで、サルトルとボーヴォワールについても書いている。その連載の一部が興味深かったので、BLOG「霧降文庫」転載しようと。あいにくと、私たちの時代はサルトルから離れていたので、「実存主義」にはどうも縁遠かった。ただ、サルトルとカミユの論争、「革命か、反抗か」は読んでいる。時代を考えると、私たちのひと世代上の1960年代の若者たちはサルトルは必読だったのだろう。その感じは推測できる。1970年代前後、つまり「70年安保」世代の若者は、というか、私は「情況論」「共同幻想論」「高村高太郎」の吉本隆明であり、「邪宗門」の高橋和己であり、「都市の論理」の羽仁五郎であり、いずれも詩人の清水昶や秋山清や金子光晴や道浦母都子や岸上大作や山頭火だった。もちろん、「資本論」「経・哲草稿」「経済学批判」のマルクス、「反デューリング論」のエンゲルス(全12巻だったか?、「マルクス・エンゲルス選集」は必読本だった)、「国家と革命」と「帝国主義論」のレーニン、「ロシア革命史」のトロッキー、「国民経済学」のローザ=ルクセンブルク、「ヒューマニズムとテロル」や「眼と精神」「知覚の現象学」のメルロ=ポンティ、「歴史哲学」「精神現象学」のヘーゲル(「精神現象学」は難解で半可通だったがー)、「工場日記」のシモーニュ・ヴェイユなども。というわけで、サルトルとは縁がなかったが、宇田川悟さんの記事に触発されたこともあり、再び「革命か、反抗か」を読んでみたい。書棚にあるかと思って探したが、(我が家にある書籍8000冊のどこかに埋もれていると思うがー)見つけられなかったので、今夜、「本やタウン」経由で、サルトル、カミュ、ボーヴォワール、ポンティ、バタイユなどを論じた新刊の新書「戦後フランス思想」とともに注文した。
(以下はfacebookの宇田川悟さんの記事から)
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