「見る前に跳べ」、真理は誤謬から (下)完 同人誌「序説」創刊50周年記念号「第31号」へ
序説第31号 富岡洋一郎
「見る前に跳べ」、真理は誤謬から (下)完
つまり、私に引き付けると、ドキュメンタリー映画「モルゲン 明日」について、上映を強く推そうか、推さないかーとやや迷った際、このベルンシュタイン論争のときのローザの反論、そしてジジェクのその解説がやはり推薦していくべきだという選択を選ばせた。というのも、「要するに、行為にとってちょうどいい時期などないのだ」「行為と言うものは、つねに早すぎると同時に遅すぎるということだ」という言い方だ。「モルゲン 明日」は、できれば公開と同時期に、つまり、2018年に上映すべきだったのだ。しかし、この映画を知ったのは今春であり、現実にかなわかったろう。でも、この映画の大事さを知ったのだから、やや遅すぎても上映すべきだと。ジジェクの言うとおり、「行為にとってちょうどいい時期などないのだ」と。それを文字通り了解したのだった。
ここで登場させたローザについて、付け足しておくと、もともと彼女はロシア革命を高く評価する一方、革命を主導したレーニンの組織論を厳しく批判したことで知られる。「現代の最もすぐれた女性政治思想家」とされる哲学者であるハンア・アレント(1906年~1975年)は、荒廃する世界に抗い、自らの意思で行動し生きた人間に共感と敬意を込めてスポットを当てた『暗い時代の人々』(ちくま学芸文庫)の著作がある。取り上げているのは、カール・ヤスパースやベルトルト・ブレヒトなど10人だが、ローザをほとんど真っ先に取り上げている。そこでのアレントの筆を追っていくと、ローザの死をいかに惜しんでいたかを知らされる。
革命を戦争と虐殺との不当利得者―それはレーニンの少しも意に介するところではなかったがーとみることは彼女の意に反することであったろう。組織の問題についてみれば、彼女は人民全体が何らの役割も何らの発言権を持たないような勝利を信じていなかった。実際彼女は、いかなる代償を払っても権力を保持するなどということをほとんど信じていなかったため、「革命の失敗よりも醜悪な革命のほうをはるかに恐れていた」。このことは事実上、ボリシェヴィキと「彼女の間の大きな相違」だったのである。ところで、事態は彼女の正しさを証明してきたのではなかろうか。ソヴィエト連邦の歴史は、「歪められた革命」の恐るべき危険に関する一つの長い実例ではなかろうか。彼女が予見した「道徳的頽廃」―もちろん彼女はレーニンの後継者の公然たる犯罪を予見してはいないがー(・・・・)レーニンが用いた手段は「まったく誤っていた」こと、救済への唯一の道は「出来るかぎり無制限で広範な民主主義と世論という公的生活それ自体による教育」であったということ、さらにテロルがあらゆる人を「混乱」させ、あらゆるものを破壊したことなどはすべて真実だったのではなかろうか(『暗い時代の人々』87頁~88頁)
たまたま「モルゲン 明日」の上映を例のひとつとして挙げたが、繰り返しになるが、この手の問題は常に身の回りにあることだ。その際には、このジジェクの説明が、というか、まるでメビウスの輪を思わせる指摘が判断の材料になるだろうと思う。ということを考えていいたら、たまたまだが、6月28日(金)のTWITTERで、文芸評論家で詩人でもある若松英輔さん(1968年~)が、こんなツイートをしていた。若松さんの著作で読んでいるのは『井筒俊彦 叡智の哲学』(慶応義塾大学出版会)や『池田晶子 不滅の哲学』(亜紀書房)ぐらいだが、ふだん生死の周辺についてのその真摯な発言に関心を寄せている作家のひとりだ。
面倒に感じることはなかなか着手できません。よい方法を探しているうちに時間が経過することもあります。思想家で法律家、優れた実務家でもあったヒルティは、着手することではじめて最適な方法に出会うというのです。文章を書くことにおいても同じだと私は思います。
「よい方法を探しているうちに時間が経過することもあります。着手することではじめて最適な方法に出会う」―。これなどは、「行為にとってちょうどいい時期などないのだ。行為というものは、つねに早すぎると同時に遅すぎるということだ」という見方にある種、通じる言い方だ。
この「『見る前に跳べ』 真理は誤謬から」は、今回の序説50周年記念号に合わせて、序説第23号(2016年)に寄稿した「折々の状況 その(2)」の冒頭部分「『事件!』―新しい何かが突然に」をさらにもう少し突っ込みたいと思ったことで書いてみた。若松英輔さんがつぶやいた「着手することではじめて最適な方法に出会う」ではないが(最適かどうかは疑問だがー)、まとめてみようと考えた。ベルンシュタイン論争のローザ・ルクセンブルクの言い分が何かの課題に向き合わざるを得ないときにふと浮かぶことがある。なので、すでに一世紀も経ているが、今も色あせないと思うそのローザの構え方を現在と向き合わせたかったことは確かだ。
ちなみに『ローザ・ルクセンブルク 戦いに抜いたドイツの革命家』によると、ローザが獄中で書いた指針は、あくまで帝国主義に反対する国際的な階級闘争の推進を追求し、インターナショナルをプロレタリアートの祖国として最優先するものであった。この指針にもとづいて「スパルタクス団」が誕生した。ローザの見解は、「スパルタクス団」の綱領として発表され、のちにドイツ共産党設立大会で党綱領として採択された「スパルタクス団は何を求めるか」の中には、ローザが『ロシア革命論』の中で展開したボリシェヴィキ批判の精神が如実に示されている。
そのローザはカール・リープクネヒト(弁護士、社会民主党最左派議員 1871年~1919年)とともに未完に終わったドイツ革命の最中の1919年1月15日夜、隠れ家からベルリンのエーデンホテルにおかれていた近衛騎兵隊狙撃師団の臨時司令部に連行された。ごく簡単な尋問のあと、まずリープクネヒトが刑務所行きをよそおう車に乗せられ、殺害された。ローザは、ホテルの外に連れ出され、銃尾で頭蓋骨を強打されたあと、車の中で射殺された。運河の中に投げ込まれた遺体は、5月末に水門にうちあげられて発見されたという。
ローザにはロシア革命の際、獄中で書いた革命に関する論文集である優れた『ロシア革命論』(1985年初版 論創社)や主著に『資本蓄積論』(岩波文庫など)がある。私は学生時代に『経済学入門』(岩波文庫)や『獄中からの手紙』(岩波文庫)を斜め読みしている。今春に読んだばかりの評伝に大著『ローザ・ルクセンブルク その思想と生涯』(1998年9月増補版第一刷 パウル・フレーリヒ 伊藤成彦訳、御茶ノ水書房)がある。手元に『女たちのローザ・ルクセンブルク フェニズムと社会主義』(1994年9月初版第1刷、社会評論社)が積読になっているため、今回を機会にこれから読んでみたい。2024年はローザ・ルクセンブルクが虐殺されてから105年になる(了)
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