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2024年7月 1日 (月)

「見る前に跳べ」、真理は誤謬から    同人誌「序説」創刊50周年記念号「第31号」へ

449497239_7665927860202661_3080230251966 序説第31号 創刊50周年記念号(締め切り7月10日)に向けて、ようやく脱稿することができた。数えたら1万1000字。原稿用紙換算で27枚といったところかー。今回は大半が一から書き始めたので、かなりの手間がかかったー。発刊は9月1日だが、それ前にこのBLOG「霧降文庫」に掲載へ。長いので、(上)、(中)、(下)の3回にわたって届けたい。今回はその(上)です。2日に(中)、3日に(下)をアップすることにしたい。主題は「『見る前に跳べ』、真理は誤謬から」ー。

「見る前に跳べ」、真理は誤謬から

   行為は常に早すぎると同時に遅すぎる 冨岡洋一郎

真理は誤謬、あるいは誤認から生まれる。あるいは、真理は常に早すぎると同時に遅すぎる。行為にとってちょうどいい時期などないのだー。現代思想の「奇才」と呼ばれるスロベニアの思想家、スラヴォイ・ジジェク(1949年~)の著作『事件! 哲学とは何か』(2015年10月初版 河出ブックス)にあるフレーズだ。「では、どうすりゃいいのさ、この私はー」と言いたくなるような文句だ。ただ、この言葉について、彼が説く文章を追っていくと、なかなか味わい深いものがあることがわかる。それも胸に手を当てると、私たちの日常的なさまざまな場面であてはめることも可能だ。そう感じている。

それにしても、冒頭からいきなりジジェクのフレーズを紹介されても戸惑ってしまうだろう。なぜ彼なのかー。もともと私は社会学者・大澤真幸(おおさわ・、まさち、1958年~)の「ファン」だが、その彼がジジェクの『事件!』を高く評価していた。それが手にするきっかけだった。大澤真幸には『虚構の時代の果てーオームと世界最終戦争』(ちくま新書)、『不可能性の時代』(岩波新書)、『夢よりも深い覚醒へー3・11後の哲学』(岩波新書)、『社会学史』(講談社現代新書)など、新書も含めたくさんの著書があるが、いつもシャープな鋭い切れ味に感心しながら読んでいる。その彼が評価するジジェクを読まないではいられない。

ジジェクは今年5月に発刊されたばかりの『戦時から目覚めよ 未来なき今、何をなすべきか』(NHK出版新書)や『ポストモダンの共産主義―はじめは悲劇として、二度目は笑劇として』(2010年7月、ちくま新書)の紹介によると、ラカン派マルクス主義者で、リュブリャナ大学社会学研究所教授。ラカン派精神分析の立場からヘーゲルの読み直しを行い、マルクス主義のイデオロギー理論を刷新、全体主義などのイデオロギー現象の解明に寄与とある。確かにどの新書を読んでもラカンの精神分析用語が散りばめられており、だからか、読後感はいつも煙に巻かれたようだ。

 

そのうえで冒頭のジジェクの説く「真理は誤謬、誤認から生まれるー」という本題に戻すと、そのひとつとして、例えとして適切かどうかではあるが、今春、私が立ち会ったドキュメンタリー映画の上映の適否をめぐる判断があるかもしれない。市民団体「さようなら原発!栃木アクション」がこの11月23日(土)に宇都宮城址公園を出発会場にして行う脱原発パレードに関連するイベントに関してだ。「栃木アクション」は、福島第一原発事故を受けて、東京だけではなく、栃木県でも大きな脱原発パレード・デモをつくれないか、そう考えた市民団体や労働団体、生活共同組合、政党などが「脱原発」の一点でまとまった集合体だ。私が代表を務める「さよなら原発!日光の会」や役員をしている「原発いらない栃木の会」なども主要な構成メンバーとなっている。2011年3月11日直後の初回は2500人を超える人数が参加した(初回のこのとき、私は集会の司会者のひとりを務めている)。しかし、原発問題に対する風化現象か、このところ、参加者は減少傾向が続いている。昨年の2023年は800人ほどと、当初の3分の1に減ってきている。

 

 この傾向をばん回するためもあり、数年前から本番の「栃木アクション」の前に「栃木アクションプレ企画」と題して、栃木県内各地で脱原発に関連した連続映画上映会を企画している。昨年は宇都宮、日光、下野、佐野、那須塩原の各市でドキュメンタリー映画「原発をとめた裁判長」の無料上映会を開き、本番への参加を呼びかけている。<さて、今年は?>―。その映画作品を最終的に決める幹事会が6月8日に宇都宮の栃木県弁護士会館であった。この日は同弁護士会館で130人が参加した「原発いらない栃木の会」主催の第14回総会記念講演会、ジャーナリスト・青木美希さんの「なぜ日本は原発を止められないのか?」もあった。それに先立つ幹事会では、世界は「核のゴミ」をどうやって処分するのか?ひとりの著名な科学者がこの問題と正面から向き合う旅に出る「地球で最も安全な場所を探して」など何本もの映画作品が候補にあげられた。最終的に決まったのは脱原発を決めたドイツの歴史的な背景や事情、判断をドキュメンタリーで描いた坂田雅子監督の「モルゲン(ドイツ語で明日)」(71分)。

「モルゲン 明日」の制作・公開は2018年10月とやや古い。ただ、予告編などから、ヒトラー政権、1968年の学生運動、1986年のチェルノブイリ原発事故でのドイツの実際の被害、それらを受けた「緑の党」の躍進、さらに2011年3月11日の福島第一原発事故を深刻に受け止めたメルケル首相の再度の脱原発宣言、そして2023年に原発ゼロにして、再生可能エネルギーを急成長させていく社会の動きが描かれるなど、観るに値するドキュメンタリー映画だ。

 実際にドイツは昨年2023年4月15日に最後に残っていた3基の原発を止め、原発ゼロを達成している。事故の当時者である日本はというと、承知のように、昨春、「原発回帰」の方針に舵を切る愚かな政策を決めている。このため、ドイツの脱原発から1年の今春、<今年はウクライナ戦争でエネルギー事情が大きく変わった世界の中でも脱原発を実現させたドイツの事情を歴史的な背景も含めて知るべきだし、伝えるべきだろう>、そう思い立ち、私から「栃木アクション幹事会」に「今年の映画会は『モルゲン 明日』の作品を」と、強く提案した。

 幹事会では「モルゲンには日本の事情がほとんど描かれていないので果たしてたくさんの参加者が集まる映画作品として適切かどうか」という声もあった。だが、「モルゲン 明日」の公式HPにあった有識者のコメントを提示したことで大半がこの作品を推した。加藤登紀子さん(歌手)、中沢けいさん(小説家)、菅直人さん(元首相)など何人ものコメントがあるが、特に印象深いというか、上映判断をするために決定的だと思わせる評価があった。脱原発の映画監督でも知られている河合弘之弁護士のコメントだ。

 

涙が出ました。感動の涙と悔し涙です。 私の映画「日本と原発」「日本と再生」で描き得なかった 前史(ドイツの脱原発、自然エネルギーの)と、 未来図(使用済核燃料の処理、自然エネルギー100%への展望)が描かれています。 日本とドイツの違いがよくわかりました。 しかし私たちも、近い将来、ドイツに追いつけると思います。

 

 この「モルゲン 明日」をぜひ上映したい、そう強く思ったのには、今春、積読だった文芸評論家・加藤典洋(かとう・のりひろ)の評論『ふたつの講演 戦後思想の射程について』(岩波書店 2013年1月9日第1刷)を読んだことで触発されたことが大きい。加藤典洋は特に親しんできた作家だ。新聞記事を書くうえで大いに役立った『言語表現法講義』(1996年 新潮学芸賞)をはじめ、『敗戦後論』(1997年 伊藤整文学賞)、『日本の無思想』(1999年)、『戦後的思考』(1999年)、『さようなら、ゴジラたちー戦後から遠く離れて』(2010年)、『3.11 死に神に突き飛ばされる』(2011年)、遺書とも言える『9条の戦後史』(2021年)などを読んできた。

そうそう、『加藤典洋の発言(1)―空無化するラディカリズムー、(2)―戦後を超える思考―、(3)―理解することへの抵抗―』(1996年~1998年)の3冊の対談集も手にしている。それほど信頼できる同世代の文芸評論家のひとりだった。残念ながら、2019年5月に71歳で病死している。この『ふたつの講演―』は、特に福島第一原発事故をテーマにした講演集だ。そこで原発をめぐり、ドイツと日本について、指摘している以下のくだりに「なるほどー」とうなずいた。

 

ドイツは、1986年のチェルノブイリ事故から、14年後、2000年にシュレーダー首相のときに、脱原発を決め、17年後、2003年にイラク戦争に反対することで、対米独立へと進みます。25年後、転変の後、福島第一の再度の原発事故を経て、ようやく脱原発の実行へと踏み出します(・・・・)ところで、チェルノブイリ核災害から、3・11までの時間は、1986年から2011年までですから、第一次世界大戦(1914年)から第二次世界大戦(1939年)までと同じ、25年なのです。日本がドイツと同じ歩みを行うとして、その年数を仮に当てはめれば、私たちは、14年後、2025年に、脱原発へと進み、2028年に対米独立を確立し、20年後、2031年に、ようやく事故にあった原発の廃炉作業を完了し、2036年に全面的な脱原発、あるいは、次の段階への第一歩を踏み出す、というようになるでしょう。そして、いま私たちがどこにいるか、を考えるなら、まだまだ。「お楽しみはこれからだ」というところなのです。いまやるべきことが、こうした25年を見据えた、大きな「穴ぼこ」の直視と、大いなる覚悟と、長い射程をもった問題意識であることが、わかると思います。(続く)

 

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