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2024年9月20日 (金)

政治家の議論にリアリティーが感じられない     朝日新聞政治面連載に清水奈名子教授が登場     

本日20日(金)の朝日新聞政治面連載「いま選択の時に」に、宇都宮大学の清水奈名子教授が登場ー。見出しは「現実離れした党首選の政策論議 『人びとの困窮こそ最大の危機』」。清水さんの専門は、確か、国連、平和、戦争、紛争ー。                                                                                                                                   

この記事で、清水さんが「日本平和学会会長」に就いていることを知った。いやはや、半月前、「甲状腺検査宇都宮検診」の会場で会った際、「最近は原発問題だけではなく、平和問題でも講演をしているのですね」と話すと、清水さんはすかさず「平和は私の専門ですからね」と。確かに「日本平和学会会長」なら、そういうことなのだねと、この記事でようやく気づく。知らぬこととはいえ、その節は失礼しました。Ourpath_to_a_nuclearfree_japan2022725x10                                                                                                                                         

そんな話になるという理由も。一方でNPO「原子力市民委員会」(座長・大島堅一龍谷大教授)の委員として、原発問題について、さまざまな提言も。日光でも2年前だったか、脱原発問題で講演してもらっているが、その講演の際、「何か行き詰ったときは、『高木仁三郎コレクション』を改めて読んでいます」と語っていた。その語り口が印象に残っている。故・高木仁三郎は前橋生まれの原発問題の専門家で、NPO「原子力資料情報室」の創設者。私は今も「原子力情報室通信」定期購読者で、このとき、私も「高木仁三郎コレクション」を読み終えたばかりだった。なので、いやがうえにも「さすがに、なるほどねー」と、うなづいたことだった。







以下は朝日新聞20日朝刊 政治面連載記事に登場した宇都宮大学の清水奈名子教授ー。

連日、政治家たちが国家の行方を語っていますが、足もとの人々のことが本当に見えているのでしょうか。平和学者で宇都宮大学教授の清水奈名子さんは「犠牲になる人びとに目を向けて」と訴えています。

 安全保障や原発政策についての政治家の議論にリアリティーが感じられません。国家レベルの政策論議と、社会で生きる人びとの目に見えている現実が、かけ離れてしまっています。

 岸田文雄政権では、外国の侵略から「国益を守る」ことが喧伝(けんでん)されてきましたが、今の日本を冷静に見るならば、直接的な脅威は「外からの敵」よりも、目の前で起きている政治腐敗、経済格差、人口急減、相次ぐ災害、そして国家の基本が崩れ始めていることでしょう。

 公的な教育を担う教員が足りない。官僚が次々に辞めていく。自衛官も足りない。国家の基本を支える人材が疲弊しているだけでなく、農業、福祉、介護など、生存に不可欠な職場でも深刻な人材不足です。また、若い世代が直面する経済的な困難によって、少子化は加速するばかりです。そして、これらの問題に対応できない政治へのあきらめが広がっています。

国家の危機を語る前に

 福島の原発事故で、日本でも多くの国内避難民が発生し、被害は長期化しています。ところが、政府も電力会社も現実味の乏しい避難計画のまま、原発回帰政策を推進しています。

 国家の危機を語るのなら、まずその国家のなかで生きている人びとがどういう状況にあるかを直視すべきです。戦争も原発事故も結局、犠牲になるのは人びとですが、いまだに国家中心の議論が続く状況に違和感を覚えます。

 軍事攻撃や領空侵犯への対処は必要ですが、人びとを犠牲にしないために、国や政治体制の違いを超えて、信頼醸成・軍備管理など、平和のための協力が必要です。気候危機や核軍縮など、全人類の生き残りに関わる問題にも積極的に取り組む必要があります。

 私はずっと東京で生まれ育ちました。30代になって初めて地方で暮らし始めて気づいたのは、コミュニティーが崩れ、過疎化が進み、貧富の格差が深刻化する日本社会の現実です。

 東京にはたくさん人がいて、お金も集まって、「何とかなる」と思ってしまう。日本の弱っている部分が見えにくい。政治家も世襲が目立ち、多様な経験を欠いているように見えます。選挙区は地方でも、実際は東京育ちで、日本各地の複雑な現実が見えていないのかもしれません。

「中心」で考えるだけでは全体が分からない

 「わが国を守るため」「繁栄のため」と勇ましく天下国家を語るうちに、「国家」の中で生きる人びとは困窮している現実こそが、最大の危機ではないでしょうか。

 戦争や原発事故のような国家的危機になると、国家は国民の保護を優先させず、切り捨ててしまいます。それはなぜか。国家の「中心」で「犠牲を伴うリスクをとるべきだ」と意思決定をする人びとと、その結果、実際に犠牲となる人びとが、分離しているからです。

 決定者はいつも安全な場所にいます。例えば、原発の再稼働や新設を決定する責任者の大半は、原発事故が起きた時に直接被害を受ける地域に暮らしていません。首都圏の電気をつくるために、東京電力の電気を使っていない福島の人びとが、東京電力の原発事故によって最も深刻な被害を受けたことは、その典型です。直接被害を被る人の声は「中心」の意思決定の場に届かず、「周辺」で発生する被害は様々な形で切り捨てられてしまう。

 研究者も、国家の「中心」にある安全な場所で命令した人びとが残した記録ばかりを読んでいると、その視点から議論しがちです。このため「国のため犠牲はやむをえない」という発想になってしまう。

 その決定によって、誰がどんな人生を生きざるをえなかったか。最も深刻な被害を受けて命を失った人は、声をあげることもできない。そこにこそ目を向けて、誰かの犠牲のうえになり立つシステムを変えていくための政治が必要です。

 すべてを「自己責任」ととらえ、利害で動く風潮は、最後は経済と軍事の「力」で対応するしかないという世界観と結びついているように見えます。その一方で、国内外の危機に際して支え合う人びとの活動に注目すれば、「弱き存在である人間同士がケアしあう」世界観が見えてきます。人間は様々な違いや摩擦を乗り越え、困難ななかでも協力を進め、最低限の共通項を見いだすことができる。日々の生活のなかでそんな感覚を持つことが、少しずつでも社会や政治、外交、安全保障のあり方を変えていくのではないかと思っています。(聞き手・小村田義之)

 1975年生まれ。現在、日本平和学会会長。専門は国際機構論。人間の安全保障と原発事故被害の関係を研究。

 




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