第7次エネルギー基本計画案に対する意見
2025年1月25日
資源エネルギー庁長官官房総務課 パブリックコメント担当 御中

さよなら原発!日光の会
代 表 富岡 洋一郎
1 原発の「最大限活用」の文言は削除すべきである
第7次エネルギー基本計画案(以下「計画案」という)の冒頭、「Ⅱ 東京電力福島第一原発事故後の歩み」(6頁)で、「福島第一原発事故から13年が経過したが、原発事故の経験、反省と教訓を肝に銘じて、エネルギー政策を進めていくことが、エネルギー政策の原点である」、あるいは「今後も原子力を活用し続ける上では、安全性の確保を最優先とし、『安全神話』に陥って悲惨な事態を防ぐことができなかったという反省を一時たりとも忘れてはならない」(同)としている。
「『安全神話』に陥って悲惨な事態を防ぐことができなかったという反省を一時たりとも忘れてはならない」という計画案の認識は歓迎すべきことである。ところが、そうは言いながら、今回の計画案では東京電力福島第一原発事故の後、3次にわたる基本計画で掲げてきた原発の「依存度低減」をあっさり削除している。さらに、あろうことか、原発を「最大限活用する」と明記している「Ⅴ 1 (1)エネルギー政策の基本的考え方」(16頁)。
「言うこととやることがまったく違う」見本のような文言である。いわゆる「原発回帰」を鮮明にした言い方だ。これに朝日新聞が社説(2025年1月22日 「エネルギー基本計画 未来への責任果たす針路に」)で厳しく批判しているが、大方が納得できる言い分だ。「前言も顧みず、手のひらを返すように重大な方針を転換するならあまりに無責任だ。国民への背信ではないか」。
この社説でも述べているが、「このまま決定すれば、将来に禍根を残す内容だ」。まったく同感であり、よって、計画案で原発について、基本的な姿勢を繰り返し示している原発の「最大限活用」の文言は削除すべきである。
2 ドイツに見習い、「原発ゼロ」への道を進むべきである。
計画案では、同じ「Ⅴ 1 (1)エネルギー政策の基本的考え方」(16頁)で、「再生可能エネルギー、原子力などエネルギー安全保障に寄与し、脱炭素の効果の高い電源を最大限活用することが必要不可欠である」、あるいは「我が国の経済成長や産業競争力強化が実現できなければ、雇用の維持や賃上げも困難となるため、再生可能エネルギーか原子力かといった二項対立的な議論ではなく、再生可エネルギーと原子力をともに最大限活用していくことが極めて重要となる」としている。
「再生可能エネルギーか原子力かといった二項対立的な議論ではなくー」と、わかったような、わからないような言い方をしているが、これはそもそもの発想が間違っている。周知のようにドイツは福島第一原発事故後、いちはやく当時のメルケル政権のときに、脱原発方針を決めている。
当時、ドイツは、技術者ではなく、哲学者、社会学者、宗教指導者ら幅広い識者で構成する倫理委員会を設置。倫理委員会は「日本のようなハイテク国家でも原子力事故が起き、ドイツでは事故は起こり得ないという確信はなくなった」として、脱原発を提言した(東京新聞、2023年4月21日)。そして、2023年4月15日から「原発ゼロ」を達成した。
ドイツのジェニファー・モーガン外務事務次官の朝日新聞インタビュー記事(2024年7月3日)によると、ドイツの電力の再エネの割合は58%、2030年には80%をめざしている。「再エネはエネルギーと経済の安全保障の基盤になっている」という。
計画案にあるような、「再生可エネルギーと原子力をともに最大限活用していくことが極めて重要となる」という、とんでもない判断はとっていない。ドイツは脱原発の道を選び取り、再生可能エネルギーに力を注ぐことにしたのだ。
この面でも、繰り返しになるが、原発の「最大限活用」の文言は削除すべきであり、ドイツのように脱原発へと針路を戻していくべきである。
3 「非現実的」な原発2割案は採用すべきではない。
第7次計画案の「2040年度におけるエネルギー需給の見通し(関連資料)」(29頁)によると、電源構成は、原発2割程度(第6次基本計画20~22%)、再エネ4~5割程度(同36%~38%)、火力3~4割程度(同41%)。つまり、2021年10月に閣議決定された第6次基本計画における電源構成とほとんど変わっていない、というか、変えようとしないとしか思えない電源構成比であるのは一目でわかる。
先ほど記載したようにドイツではすでに2024年夏の段階で再エネ割合は6割に迫り、2030年には80%をめざしている。それに比べて、なんという消極的姿勢であることかー。「再生可能エネルギーを主力電源として最大限導入する」(計画案16頁)と強調しているが、その考えがどこに活かされているのか、まったく疑問である。
さらに問題なのは、これも先に示した朝日新聞社説でも、指摘しているが、原発の電源構成を2割程度としていることの根拠だ。この2割というのは、「非現実的というしかない」としている。というのも、東電柏崎刈羽1~7号機、原子力規制委員会が不許可にした日本原電敦賀2号機の再稼働に加え、建設中の大間原発や東通原発などの完成が必要になる規模であり、40年超の長期運転の常態化も意味している。これはもう衰退は目に見えている原発を温存したい願望を無理やり基本計画に盛り込もうとする試みにほかならない。
よって、電源構成における原発の割合2割程度はいったん持ち帰るべきである。
4 エネルギー基本計画案は撤回し、公正な審議体で再審議へ
基本計画案の「Ⅶ.国民各層とのコミュニケーション」(81頁)において、「将来のエネルギーに関する選択は、未来の選択にほかならない。このため、エネルギー政策について、国民一人一人が当事者意識を持つことが何より重要であり、政府による情報開示を通じた国民各層の理解 促進や双方向のコミュニケーションを充実させて行く必要がある。」としている。
そのためには政府が開示する情報に偏りがあってはならないが、計画案作成にかかわった審議会の委員のほとんどを原発推進派が占め、「原発推進」の意見が相次いだとされる。その結果、福島第一原発事故の後、3次にわたる基本計画で掲げてきた原発の「依存度低減」を削除し、原発を「最大限活用する」と明記した。
これまでのエネルギー基本計画では「原発依存度を可能な限り低減する」としていた。その方針をあっさりと捨て去り、「原子力の最大限の活用」という結論になっている。これは、原発推進の官僚主導による原発ありきでの計画案作成であり、このような偏った計画案を提示しての意見聴取は、未来の選択のための双方向のコミュニケーションとは言えない。
エネルギー基本計画が未来の選択というのであれば、2012年9月14日に策定された「革新的エネルギー・環境戦略」のように、審議会のメンバーに原発推進派だけでなく、原発に批判的な市民団体も含めたメンバーも入れることが最低限必要なことだ。それはもちろんのことだが、さらに意見聴取会の実施や世論調査を行ったうえで、計画案を策定提示して、パブリックコメントを実施してこそ、双方向のコミュニケーションの充実といえるのである。
よって、計画案を撤回して、意見聴取会の実施、世論調査を行ったうえで、原発に批判的なメンバーを相当数入れた審議会でもう一度第7次エネルギー基本計画案を作成し直して、それをパブリックコメントにかけるべきである。
5 地震国、火山国の原発は安全性の確保ができない
計画案の「Ⅳ.エネルギー政策の基本的視点(S+3E)」(14~15頁)では、エネルギー政策の「要諦」として、S+3E(安全性+エネルギー安定供給、経済効率性、環境適合性)が強調されている。ところが、日本列島は、世界有数の地震国、火山国である。福島第一原発事故はマグニチュード9.0の東北地方太平洋沖地震とそれによって引き起こされた大津波によって全電源喪失に陥って生じたものだが、日本列島の至るところに断層がある。幸い福島第一原発事故のようには至らなかったものの、2007年7月の新潟県中越沖地震での柏崎・刈羽原発や2024年1月の能登半島地震での志賀原発のように、原発に損傷を与えた直下型地震は頻発している。
能登半島地震では、震源地の直上にかつて珠洲原発の計画があり、もしそれが実施されていたら苛酷事故に至った可能性がある。住民運動によって計画が中止となったことは不幸中の幸いであった。他の原発についても、近辺に未発見の断層がある可能性があり、苛酷事故に至る恐れがないとは言えない。
また、東北地方太平洋沖地震と同じ海溝形地震も太平洋側で繰り返し起きていることが明らかとなっている。西日本に甚大な被害をもたらす南海トラフ地震は30年以内に80%の確率で生じるとされるなど、原子力発電所の安全性に脅威を及ぼす海溝形地震が発生する可能性も大である。
さらに日本は火山国でもあり、原発に損傷を与えるような大噴火がいつ起こるかわからない状況にある。他の国で原発が安全に稼働できるからとって、日本ではそうはいかないのである。地震大国、火山大国の日本では、原発は安全性の確保ができないので、エネルギー政策の「要諦」とされるS+3Eの原則を満たすことができない。
6 ウクライナ侵略戦争で原発は恰好の「軍事標的」となった
計画案では「Ⅲ、第6次エネルギー基本計画以降の状況変化」(10頁)で、「2022年2月にロシアがウクライナ侵略を開始し、世界のエネルギー情勢は一変した」とある。このプーチンによるウクライナ戦争では、ロシアによるザポリージャ原発への攻撃や占領という事態も引き起こされている。「まさか、原発が狙われるなんて!」と、世界を驚かせた。このウクライナ戦争で明らかになったように、原発は恰好の軍事標的であり、その点でも安全性の確保は困難である。
2024年11月23日、栃木県宇都宮市の宇都宮城址公園で開かれた集会「さようなら原発!栃木アクション2024」のメインスピーカー、樋口英明・元福井地裁裁判長は「原発は自国に向けられた核兵器です」と指摘。「豊かな国土を守り、次の世代に受け継がせよう」とするには、危険な原発を除去すべきだと促している。
つまり、計画案では、原子力は「エネルギー安全保障に寄与する」としている(26頁)が、それはまるで逆であり、その認識は明らかな誤りである。よって、原子力は「エネルギー安全保障に寄与する」という文言は削除すべきである。
7 原発は安定供給もできず、経済効率性もなく、環境適合性もない
安全性の確保ができないと、電力の安定供給もできない。これは福島第一原発事故を受けて、全ての原発の稼働が停止された歴史的事実からも明らかである。原発はエネルギー安定供給にも資さないのである。
原発は、トイレなきマンションといわれるように、高レベル放射性廃棄物の処分は未解決で、解決までにどの位の時間と費用がかかるのかも不明である。また、安全性を高めれば高めるほど原発の建設には時間がかかり、費用も増大する。このような原子力発電に経済効率性があるとは言えない。
なお、安全性を高めた原発の新設には時間がかかることから、2050年のカーボンニュートラル方針達成には間に合わない。
原発は、いったん事故が起きれば福島第一原発事故に見られるように広範な放射能汚染を引き起す。社会、自然、経済など、世の中の基本的なシステムを破壊させてしまう。事故がなくとも点検や廃炉作業で被曝労働を強い、大量の放射性廃棄物を排出し、その処分場及び周辺を放射能で汚染する。
そして、高レベル放射性廃棄物の管理を後世代や過疎地に押しつけることになり、世代間の公平及び地域間の公平を著しく侵害する。このような原発には環境適合性はなく、原発で作られた電力はクリーンエネルギーではない。また、被曝労働を強い、高レベル放射性廃棄物の管理を後世代や過疎地に押しつけることは、倫理にも反する。
以上のとおりであるから、原子力発電はエネルギー政策の基本的視点であるS+3Eの原則を満たさず、社会の倫理にも大きく反するので、重ねての意見になるが、第7次基本計計画案のへそであり、最大の問題点である原子力の「最大限の活用」の文言は、削除されるべきなのは、論を待たない。
以上
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