第24回大佛次郎論壇賞 「ブリュメール18日 革命家たちの恐怖と欲望」 藤原翔太さん

2024年12月24日 5時00分

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藤原翔太さん=上田潤撮影
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 第24回大佛(おさらぎ)次郎論壇賞(朝日新聞社主催)は、広島大学准教授の藤原翔太さん(38)の「ブリュメール18日 革命家たちの恐怖と欲望」(慶応義塾大学出版会)に決まった。フランス革命により共和制を樹立した人々が、なぜナポレオンによる権威主義体制を許したのかを、彼を担ぎ上げた人々の視点から描いた。来年1月30日、東京都内で朝日賞、朝日スポーツ賞、大佛次郎賞、大岡信賞とともに贈呈式がある。

 ■ナポレオン独裁、招いた人々

 思想家マルクスは、ナポレオン・ボナパルトが1799年に権力を掌握した「ブリュメール18日」のクーデターと、おいのナポレオン3世が52年後に企てたクーデターについて「一度は偉大な悲劇として、もう一度はみじめな笑劇として」繰り返したという有名な言葉を残した。

 しかしマルクスが言うように、ブリュメール18日とは本当に「悲劇」だったのだろうか。

 むしろ当時の人々には、「危機にある共和国を救うために不可欠な出来事」だという認識があったという。「権力欲につかれた英雄による革命の理念に対する裏切り」という従来の歴史観に異議を唱えるべく、ナポレオンではなくクーデターを主導した革命家たち、いわば「ブリュメール派」の人々に焦点を当て、歴史を叙述し直した。

 89年の革命勃発後、社会の動揺は長期化した。ロベスピエールらによる恐怖政治の反動で、権力の集中を避ける総裁政府体制が95年に発足したが、結果として執行権力の強化は不十分となり、内政は混乱を極めた。

 議会では急進左派のネオ・ジャコバン派が台頭。右派の王党派も活発になり左右両極が過激化するなかで、ブリュメール派は安定した執行権力の確立を画策する。クーデターにより国民に人気の高いナポレオンに権力を集中させた統領政府を樹立する。しかし、それは後のナポレオン帝政への入り口となった。

 「ブリュメール18日とは、民主主義を思いどおりに制御できなかった革命家たちが、民主主義の中から権威主義体制を生み出す過程だった」。当時の社会の実態を、派閥の動向、憲法の条文、選挙制度・地方行政の改革を通して明らかにする。

 革命後に貴族が廃されたことで社会的地位を手に入れた新興ブルジョアたちには、革命の「成果」を確実なものにしたい面もあった。「自身の生活や利益を守るために、能力、実行力のあるリーダーに託そう。理念に多少は目をつむってもいい。仕方がない。その積み重ねの先に生まれたのが独裁だった」

 これは決して当時のフランスに限った話ではない。現代に目を向ければ、世界的なインフレや深刻化する格差により生活を脅かされる人々の不満がたまっている。2024年には世界各国で重要な選挙が続いた。「果たして現代のわれわれは、目をつむっていないと言えるのでしょうか。自分の利益を守る代わりに、大事な理念を失っていないのでしょうか」

 今後は、人々が目をつむった先、ナポレオン帝政が確立されてからのフランス社会を描くことを構想しているという。

 これまでナポレオン時代のフランスの地方史について研究してきた。前著では中央集権体制が確立されたとみなされる当時のフランス社会の実態を、フランス南部でも辺境の地、オート・ピレネー県の人々の動向から検証した。辺境の地への着目は、自身が島根県の山間部という「辺境」で育ったことも関係しているという。

 「中央や権力者の視点だけでは社会のことはわからない。さまざまな人々の動向を複層的に考えなければ、社会のことは読み解けない」(女屋泰之)

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 ふじはら・しょうた 1986年生まれ。島根県出身。トゥールーズ・ジャン・ジョレス大博士課程修了。博士(歴史学)。広島大大学院人間社会科学研究科准教授。専門は近代フランス史。著書に「ナポレオン時代の国家と社会 辺境からのまなざし」。

 

 【選考委員5氏の選評】

 ■普通の人々の営みからみる権力 佐藤俊樹・東京大学教授(社会学)

 受賞作には大きな魅力が二つある。歴史研究として、一つの現実を全く別の視点から再構成したこと、そしてそれによって、現在の私たちの足元を照らし出してくれたことだ。フランス革命の、ロベスピエールの失権からナポレオン・ボナパルトの台頭までは、巨大なカリスマ的リーダーの交代と、その間で蠢(うごめ)く小物たちの「喜劇」として描かれてきた。現代政治がまさにそうであるように、カリスマ的リーダーの権力掌握は、その個人の魅力や洞察力、宣伝力に帰せられやすい。それを、リーダーを舞台へ押し上げたふつうの人々の利害や想(おも)い、営みにもう一度戻してとらえ直した。そうした論の立て方それ自体が、今の言論のあり方への重要な問題提起にもなっている。

 ■現在進行の政治、理解する上でも 杉田敦・法政大学教授(政治学)

 フランス革命期の、ナポレオンを主人公とするクーデターと簡単に整理されがちの出来事につき、著者はその背景の複雑さを描写する。革命を否定し王制を復活しようとする勢力と、過激な運動を続ける勢力の双方に対抗して、安定した政治秩序を確立しようとした、理論家シィエス(シェイエス)らブリュメール派の人々。彼らの独創的な秩序構想や、世論に訴える懸命の努力にもかかわらず、事態は彼らの意図とは別の方向に向かっていく。多数の史料を駆使しつつ確かな筆致で綴(つづ)られるドラマは、歴史における偶然性とアイロニーの存在に読者の目を開かせ、現在進行形の政治を理解する上でも示唆に富むものとなっている。この俊秀の今後の活躍を、瞠目(どうもく)して見守りたい。

 ■穏健派が開いた独裁へのとば口 豊永郁子・早稲田大学教授(政治学)

 時代の熱気と革命家たちの息遣いが伝わってくる好著。先行研究とアーカイブ資料を駆使し、流動的な時代状況の、一時期のスナップショットを鮮やかに描き出す、学術的にも優れた著作である。

 白眉(はくび)は、ブリュメール18日のクーデターの首謀者たちが設計し、1801年に一度だけ実施された選挙制度、「名士リスト制度」の再現だ。本書以前に仕組みを明らかにした研究はないという。穏健派革命家たちが新しい統治階級を作り出そうとしたこの試みが、面白い。

 彼らはまた、急進左派と反動右派による脅威の前に、ナポレオンに権力を与え、独裁へのとば口を開いた。本書が語るこの経緯は、穏健派が独裁制を招来し得ることを示し、今日的にも意義深い。

 ■民主主義、何というパラドックス 諸富徹・京都大学教授(経済学)

 何というパラドックスであろうか。革命で実現した自由と平等、そして私有財産の体制を守るためにこそクーデターを敢行し、不安定な総裁政府体制に代えて世襲皇帝制への道筋を開いたのだから。反革命勢力を弾圧・鎮圧し、対外戦争に勝利を収めて平和を確立するが、その過程でおびただしい流血があった。民主主義を守るという崇高な目的のためであれば、あらゆる手段は正当化されるのだろうか。卓越した筆致でナポレオンが皇帝に押し上げられていく様を描き、読者を引き込んでいく。フランス革命史に新たな光を当てた作品として優れているだけでなく、格差の拡大、移民の流入、戦争に揺さぶられる現代の民主主義のあり方を深く考えさせてくれる一冊だ。

 ■政治家たちの活路、小説のように 山中季広・本社論説主幹

 本著はナポレオンを極力描かずして、ナポレオンが権力を握る過程を鮮やかに再現する。ともすれば「英雄」に目を奪われがちな史書とは一線を画す。主役は1789年以降、革命をへて成り上がった穏健共和派の面々。左右両派の急進に恐怖し、進歩的な選挙制を危ぶむ。たどりつくのは軍の星ナポレオンを担ぎ上げる策だった。民主主義に手を焼いた政治家たちが権威主義に活路を見いだすまでが小説のように活写される。各国各地で民主主義の不全が言われるいま、最適の一冊だろう。著者の視点に惹(ひ)かれ、前著「ナポレオン時代の国家と社会」も読んでみた。焦点を当てたのは争乱の舞台パリではなく、辺境の地ピレネー。こちらも堂々たる意欲作だった。