「『核』と『原発』がよりリアルな世界に」 同人誌「序説第32号」(9月1日発行)
同人誌「序説第32号」(9月1日発行)
「『核』と『原発』がよりリアルな世界に―第七次エネルギー基本計画批判ー」
富岡洋一郎
アメリカがイランの核施設空爆
<いやはや、核施設を攻撃した?そこまでやるか!>。ニュースに驚いた。「米、イラン核施設空爆 初の本土攻撃か報復必至 トランプ氏『成功』強調」2025年6月23日(月)の朝日新聞一面トップ。記事によると、トランプ米大統領は21日、米軍がイランの核施設3カ所を空爆したと発表した。イランに核開発計画を放棄させるために外交解決を模索してきたが、大きく方針を転換。イランは報復を宣言していて、イランとイスラエルの交戦に端を発した中東の緊張は、米国を巻き込んだ極めて深刻な局面に突入した。
米紙ニューヨーク・タイムス(NYT)によると、焦点となっていたフォルドゥでは、B2ステルス爆撃機6機から米国製の地中貫通弾「バンカーバスター」12発が投下された。ナタンズとイスファハンの核施設には、潜水艦から「トマホーク」30発が発射された。初期評価ではフォルドゥの核施設は使用不能になったという。トランプ大統領は目的について、「イランの核濃縮能力を破壊して、世界一のテロ支援国家であるイランによる核の脅威を阻止することだった」と説明したという。
「核の脅威」を取り除くためにイスラエル、アメリカという核保有国がイランの核施設を攻撃するという二重基準そのものである驚くべき暴挙に打って出た。
この「核の脅威」だが、もともと原子力発電そのものにつきもの。そのことをプーチンによるウクライナ戦争に続いて改めて思い起こさせた。そのことを2025年2月18日に閣議決定された「第7次エネルギー基本計画」に絡めて報告しようと思う。
原発は自国に向けられた核兵器
栃木県宇都宮市の宇都宮城址公園で2024年11月23日に開かれた集会「さようなら原発!栃木アクション2024」のメインスピーカー、樋口英明・元福井地裁裁判長は「原発は自国に向けられた核兵器です」と強調し、「豊かな国土を守り、次の世代に受け継がせよう」とするには、危険な原発を除去すべきだと促していた。
という文言は、私が代表を務めている市民団体「さよなら原発!日光の会」(会員121人)が政府の「第7次エネルギー基本計画案」に対して2025年1月25日付で資源エネルギー庁長官官房総務課に送ったパブリック・コメント(意見公募)の中の一項目だ。その意見は全7項目から成り、約5300字。メインテーマは、「原発の『最大限活用』の文言は削除すべきである」。その6項目の見出しは「ウクライナ侵略戦争で原発は格好の『軍事標的』となった」。
ここでの意見はこうだ。
計画案では「Ⅲ、第6次エネルギー基本計画以降の状況変化」(10頁)で、「2022年2月にロシアがウクライナ侵略を開始し、世界のエネルギー情勢は一変した」とある。このプーチンによるウクライナ戦争では、ロシアによるザポリージャ原発への攻撃や占領という事態も引き起こされている。「まさか、原発が狙われるなんて!」、と世界を驚かせた。このウクライナ戦争で明らかになったように、原発は恰好の軍事標的であり、その点でも安全性の確保は困難である。つまり、計画案では、原子力は「エネルギー安全保障に寄与する」としている(26頁)が、それはまるで逆であり、その認識は明らかな誤りである。よって、原子力は「エネルギー安全保障に寄与する」という文言は削除すべきである」。
「原発回帰政策」批判のパブリック・コメント
今も続くプーチンのウクライナ戦争を取り上げたが、このパブコメでの第七次エネルギー基本計画案に対して、正面から批判したかったことは、原発回帰路線についてだ。パブコメでは真っ先にそれを以下のように記した。
第7次エネルギー基本計画案(以下「計画案」という)の冒頭、「東京電力福島第一原発事故後の歩み」(6頁)で、「福島第一原発事故から13年が経過したが、原発事故の経験、反省と教訓を肝に銘じて、エネルギー政策を進めていくことが、エネルギー政策の原点である」、あるいは「今後も原子力を活用し続ける上では、安全性の確保を最優先とし、『安全神話』に陥って悲惨な事態を防ぐことができなかったという反省を一時たりとも忘れてはならない」としている。「『安全神話』に陥って悲惨な事態を防ぐことができなかったという反省を一時たりとも忘れてはならない」という計画案の認識は歓迎すべきことである。
ところが、そうは言いながら、今回の計画案では東京電力福島第一原発事故の後、3次にわたる基本計画で掲げてきた原発の「依存度低減」をあっさり削除している。さらに、あろうことか、原発を「最大限活用する」と明記している「Ⅴ 1 (1)エネルギー政策の基本的考え方」(16頁)。言うこととやることがまったく違う見本のような文言である。いわゆる「原発回帰」を鮮明にした言い方だ。
これに朝日新聞が社説(2025年1月22日 「エネルギー基本計画 未来への責任果たす針路に」)で厳しく批判しているが、大方が納得できる言い分だ。「前言も顧みず、手のひらを返すように重大な方針を転換するならあまりに無責任だ。国民への背信ではないか」。この社説でも述べているが、「このまま決定すれば、将来に禍根を残す内容だ」。まったく同感であり、よって、計画案で原発について、基本的な姿勢を繰り返し示している原発の「最大限活用」の文言は削除すべきである。
以上がパブコメの第1項目。さらに第2項目以下の小見出しだけを紹介すると、以下のようだ。
2 ドイツに見習い、「原発ゼロ」への道を進むべきである。
3 「非現実的」な原発2割案は採用すべきではない。
4 エネルギー基本計画案は撤回し、公正な審議体で再審議へ
5 地震国、火山国の原発は安全性の確保ができない
6 ウクライナ侵略戦争で原発は格好の「軍事標的」となった
7 原発は安定供給もできず、経済効率性もなく、環境適合性もない
核施設空爆『広島・長崎と本質的に同じ』
核施設の攻撃を受けたイランは6月23日夜、カタールにある米軍基地にミサイル攻撃を行った。トランプ大統領によると、ミサイル14発のうち13発を迎撃し、一発は異なる方向に向かった。死傷者はなかったという。一方、カタール国営通信はミサイルは計19発と報道した。
さらに攻撃の応酬が続くのかどうかと心配されたが、6月25日(水)の朝日新聞1面トップは、「イスラエル・イラン 停戦合意 トランプ氏『有効』強調」。記事によると、トランプ米大統領は6月23日午後6時(日本時間24日午前7時)すぎ、イスラエルとイランの間で「完全かつ全面的な停戦が合意された」とSNSに投稿した。7時間後には停戦発効を表明した。
地中貫通弾「バンカーバスター」による核施設攻撃でアメリカが参戦したことで、<長引くウクライナ>戦争に続いて今度は中東戦争か?>と、眉を曇らせていた。ところが、イスラエル・イラン戦争は急転直下、停戦へ。これはこれで良かったと思わせた。だが、26日(木)の朝日新聞は「イラン・イスラエル 停戦維持の姿勢 トランプ氏 核施設空爆『広島・長崎と本質的に同じ』」という耳を疑わせる報道がなされた。見出しだけではその趣旨はすぐにはピンと来ない。記事を読んでいくと、トランプ大統領がこう言ったとある。
「広島や長崎の例は使いたくはないが、あの戦争を終わらせた点で本質的に同じことだった」。
大虐殺そのものである広島・長崎の原爆投下は、原爆の威力を内外に、特にソ連をけん制することも含め、格好の「リトマス試験紙」だった。それが人類初の原爆投下だ。広島・長崎の原爆投下で亡くなった人は21万人、助かった人も原爆症で苦しみ続けている。
昨年のノーベル平和賞を受賞した日本原水爆被害団体協議会(日本被団協)ならどのように反応しているだろうか、と思っていたら、6月27日(金)の朝日新聞が記事にしていた。同団体代表委員の田中熙巳(てるみ)さんは、取材に対し、トランプ大統領の発言を聞いて、「論外だ」と思った。「きのこ雲の下」に目を向けることなく、軍事力を誇示する姿は、「世界大戦から80年経っても、何も変わっていない」と指摘したとある。
「怖いことを語っちゃいけない」という雰囲気がある
トランプ大統領の語る「核の脅威の阻止」、あるいは「広島・長崎と本質的に同じ」という発言に絡んで、思い起こしたのが、石破茂首相の発言だ。「核抑止力」や「原発ゼロ」などについて、石破首相が以前の自民党総裁選で敗れ、派閥会長を辞任表明する2日前、2020年10月20日、青木美希記者の質問に対する応答。『なぜ日本は原発を止められないのか?』(青木美希 文春新書 2023年11月20日第一刷)の「第5章 原発と核兵器」(163頁~191頁)にある。
同書では、質問の前提として、石破首相のこれまでの発言を紹介している。いわく、「日本は(核を)作ろうと思えば、いつでも作れる。それはひとつの抑止力であるのでしょう。それを本当に放棄していいですかということは、もっとそれこそ突き詰めた議論が必要だと思うし、私は放棄すべきだとは思わない」。
青木さん=石破さんの発言について、「原発がテロの標的になる。あんなに多くの原発が日本海に並んでいることの方が危ないんじゃないか」という意見があります。この点について、どう考えますか。
石破=(私は)原発ゼロであるほうが望ましいと思っている。そして、核のない世界であってほしいと思っている。日本も核を持つべきだという論だったことは一度もない。「いざとなったら核が持てる」という能力を持つということは全く無意味かというと、それは議論する価値があるんだろう。核廃絶をしながらアメリカの核の傘に頼っている。この矛盾をどう解決していくのかということだと思います。日本が他国から侵略を受けない。報道の自由、思想、信条、みんな否定される国にしたくない。そのために、抑止力が必要だろうと思っている。核廃絶とアメリカの核抑止力の信頼性向上はどうして両立しない。悩んでいて、考えていると夜眠れない。
この後が、このインタビューのポイントになる。同書はこう続く。
石破氏に会う前に、私は自衛隊の装備を担当していた人に聞いた。「原発にミサイルが落ちてきたら守れますか」と。彼は笑いながら、「今あるイージス艦とパトリオット(地対空ミサイル)では、1カ所、2カ所なら何とか守れると思いますけど、これだけ原発がたくさんありますからね。とてもじゃないですけど」と言っていた。このやりとりを話した。石破氏は苦笑いした。
石破=私は「防衛大臣」として、「どうするんだ それ」と言ってきました。そういうリスクを少しでも減らしていかないとならない。でも「怖いことを語っちゃいけない」という雰囲気がある。
同書ではこのやりとりの直後、中間とりまとめ的に眉をひそめるように以下のようにつづっている。
電源喪失を想定していなかったから、福島第一原発事故が起きたのである。同様に、攻撃を受ける想定をしていないから備えもない。のちに更田(ふけた)豊志原子力規制委員会委員長が日本国内の原発がミサイル攻撃を受けた場合、「放射性物質が攻撃自体によってまき散らされてしまうことですので、こういったことは現在の設備で避けられるものとは考えていません」と衆議院経済産業委員会(2022年3月9日)で述べている。
この第5章「原発と核兵器」では、学生向けの教科書『放射化学概論』(1983年、共著、東京大学出版会)などを手がけている元東京都立大総長で東京の被爆者の会「東友会」顧問も務めているという佐野博敏さんの取材の結果も記している。福島第一原発事故に絡み、核抑止力について聞くと、佐野さんは笑ってこう返したという。
「北朝鮮が日本をやっつけようと思えば、原発のどれかにミサイルを打ち込めば同じ事が起こる。あれだけ日本海側に原発が並んでいる。日本は国防上、日本海に弱点をさらけ出している。国防を思うのなら、原発をやめるべきだ」。
「ロシアが日韓の原発など攻撃対象リストを作成」(英紙)
冒頭で「原発は自国に向けられた核兵器です」という、樋口英明元福井地裁裁判長の発言を紹介した。ウクライナ戦争のロシアによるザポリージャ原発への攻撃、そして今回のイランの核施設に対するアメリカの空爆をリアルに知ってしまうと、佐野元東京都立大総長の指摘がより現実味を示していることがわかる。
実際、今年1月1日、NHKや毎日新聞で伝えられたのが、「英紙、『ロシア 二日本と韓国の原発など攻撃対対象リスト作成』だ。この記事によると、経済紙フィナンシャル・タイムズは、ロシア軍が日本と韓国との戦争になった事態を想定し、両国の防衛施設や原発など合わせて160カ所の攻撃対象リストを記した将校の訓練用に作っていたと報じた。
このうち82カ所が司令部や基地などの防衛施設。それ以外は民間のインフラで、関門トンネルや東海第二原発などがある茨城県東海村の原子力関連施設など。フィナンシャル・タイムズが2014年までに作られたロシア軍の機密文書を確認したとして、2024年12月31日に報じたとある。この英紙の記事ではこれらの機密文書について、「現在もロシア軍の戦略に関連していると見られる」としている。
北朝鮮については、ウィキペディアの「北朝鮮核問題」によると、もともと2013年4月、北朝鮮は「自衛的核保有国の地位をより強固にする法律」を採択し、「敵対的核保有国」であるアメリカ、米韓相互防衛協約を結んでいる韓国、日米安保条約を結んでいる日本を「核兵器による攻撃対象」に定めている。
これらの報道などを念頭に私も会員の一人である『原子力資料情報室通信』の最新号(7月1日、第613号)で、原子力資料情報室の共同代表兼事務局長である松久保肇さんが執筆した「危機が続くロシア・ウクライナ戦争と原発」で戦時下における原発がいかにもろくて弱いものであるか、白日の下にさらしたと指摘している。
この記事では以下のように伝えている。「原発は戦争で攻撃対象にならないという暗黙の前提はもはや成立しない。それは東アジアに生きる私たちも例外ではない。報道によれば、ロシア軍の機密の攻撃対象リストに茨城県東海村の原子力施設が載っていたという。北朝鮮も日本の原子力施設を攻撃対象だと言っている。交戦によって原発事故の危険が高まるだけではない。交戦時に地震や津波などで原発事故が起きたとき、その事故への対処はまず不可能だ。私たちの生存権を守るためにも原発は無くさなければならない」
身も凍る『広島の消えた日―被爆軍医の証言』
この「核」が実際に使われた場合の恐ろしさについて、その一端を以下に紹介したい。ご承知の広島原爆についてだ。原爆投下当時、陸軍広島病院の軍医中尉だった肥田舜太郎さん(1917年~2017年)は、原爆投下前夜、急患のため、郊外に往診に行っていた。そのため、奇跡的に助かっているが、それから軍医として、広島中心部へ向かう。そのとき逃れてくる被爆者たちの惨状についての描写はなんとも目をそむけたくなるむごいものだ。肥田さんは現地で治療にあたり、その後、6千人を超える被爆者を診察してきた被爆医。日本被団協原爆被爆者中央相談所理事長などを務めていた。
広島の惨状などは肥田さんの著書『広島の消えた日―被爆軍医の証言』(1982年5月 日中出版)『同 増補新版』(2010年3月 影書房)に詳しい。広島原爆については『黒い雨』(井伏鱒二 新潮文庫)が広く知られているが、最近でも『「黒い雨」訴訟』(集英社新書 小山美砂 2022年7月)といった労作も発刊されている。だが、この肥田さんのなんともいえない生々しい文章に出会うのはめったにないことだろう。
『広島の消えた日』によると、当時28歳だった肥田さんが広島原爆に遭ったのは、広島郊外の戸坂村の患者の家の病人の腕をとって注射をしようとしていたとき。すぐに「巨大な爆圧の嵐」に遭い、その家の二間続きの何枚かの畳を飛んで奥の仏壇にいやというほど叩きつけられた。中心部の広島陸軍病院に戻ろうと、借りた自転車で向かっている最中の模様が以下のように記されている。「身も凍る」という言い方があるが、まさにそれを思わせる描写だ。少し長いが引用したい。
私は突然、岩陰から急に現れた人影を見て急ブレーキをかけた。自転車がきしんで跳ねて、踊って、草むらに投げ出された。痛みをこらえてはね起きた私は道路の真中に立つその姿を見て思わず息を呑んだ。それは、「人間」ではなかった。それは、ゆれ動きながら私に向かって少しずつ動いてくる。人間の形をしていたが全体が真黒で裸だった。裸の胸から腰から無数のボロ切れがたれ下がり、胸の前に捧げるようにつき出した両の手先から黒い水が滴り落ちている。その顔は、ああ、それは顔なのか。異様に大きな頭、ふくれあがった両の眼、顔半分まで腫れあがっ上下の唇、焼けただれた頭に一すじの毛髪もない。私は息を呑んで後ずさりした。ボロと見たのは、人間の生皮、滴り落ちる黒い水は血液だった。男とも女とも、兵隊とも一般人とも見分けるすべのない焼け焦げた人間の肉塊が引きはがれた生皮をぶらさげてそこにあった。まだ少しは眼が見えるのか、私に向かってうめき声をあげながら両手を差し出して、よろけ、もつれて二、三歩足をいそがせたが、それが最後の力だったのであろう。その場にばったり倒れてしまった。駆け寄って私は脈をとろうとした。しかし、手を触れる皮膚らしいところはその肉塊の腕にはどこにも残っていなかった(中略)とにかく、広島へ急がねば、と自転車を立て直して進みかけた私の足はその場に釘づけになったまま、動かなかった。焼けて、焦げて、ただれて、生皮のはがれた血の滴る群像が道いっぱいにひしめいて、うごめきながら、行く手をふさいでいたのである。立っている人、寄り添っている人、いざる人、はらばう人、どの姿にも人間を意識させる何一つのしるしはなかった(『広島の消えた日―被爆軍医の証言』123頁~124頁)。
足利で「オーネット」主催の肥田舜太郎さん講演会
肥田さんは、2005年に脱原発ドキュメンタリー映画『ミツバチの羽音と地球の回転』などの監督で知られる鎌仲ひとみさんとの共著『内部被曝の脅威 原爆から劣化ウラン弾まで』(ちくま新書)も著している。2011年3月11日の福島第一原発事故を受けて、その肥田さんに日光で講演してもらおうと、「さよなら原発!日光の会」で企画を立てていたことがある。ほんとに直前になって、肥田さんが体調不良のため講演をキャンセルせざるを得なかった。肥田さんの代役に「非電化工房」主宰の藤村靖之さん(栃木県那須町)に依頼した。藤村さんは「肥田さんの代役ならば、引き受けざるを得ないね」と、快諾してくれた
ただ、その後、足利のJAZZ喫茶「オーネット」主催で、確か足利市民会館だったか、肥田さんの講演会が開かれた。閑話休題風に言うと、学生時代、私は半年間、この「オーネット」のアルバイトをしていた。週末のJAZZ演奏会、「熱海殺人事件」などの演劇、写真展、絵画展、詩画展、深夜のダンスパーティや英会話教室など、いわばもうひとつの「私の大学」だった。
この講演では、「オーネット」のママの「きぃちゃん」(故人)を「序説」準同人で若い時から知り合い、長く親しい友人だった嶋田泰治さん(故人)が大いに手助けしていたことを聞かされている(嶋田さんとは学生時代に足利のキリスト教会の一室を借りた読書会で『ヒューマニズムとテロル』(メルロー・ポンティ)などを読み合った思い出が強い)。講演後の肥田さんを囲んだ「オーネット」の懇親会で肥田さんに私が「日光で講演して欲しかったのですが、残念ですー」と話すと、肥田さんが「いや、あのときはキャンセルしてしまい、申し訳ない」などと応じた。肥田さんは講演会でも懇親会でも「日常的な健康法」も語っていたことをよく覚えている。肥田さんとは、そんな貴重な時間を過ごしている。
その肥田さんは2017年に「100歳」で亡くなっているが、肥田さんの『広島の消えた日―被爆軍医の証言』は、今も記憶に鮮明だ。私が日本はまだ批准していない「核兵器禁止条約」に全面的に賛同している確信の大きなひとつが、この本の影響があるぐらいだ。それから80年後の2025年に米国大統領が<広島・長崎を引き合いに核施設への攻撃を正当化するとはー。
原発批判「鳥瞰図」のパブコメ作成
冒頭で挙げたパブコメ本文の後段の大半はやはり脱原発市民団体「原発いらない栃木の会」がまとめたパブリック・コメントから転載している。起案は同会代表の大木一俊弁護士。確か日弁連(日本弁護士連合会)として、ドイツ事情の視察にも出向いている。優秀な弁護士だが、特に環境問題、原発問題については優れた知見を有している。
私は脱原発のいわば全県的な組織であるこの「栃木の会」の理事も務めており、ほほ毎月1回、宇都宮で開かれる役員会にできる限り出席している。そのため、こうした起案の基本的な考え方については、大木弁護士と同様の姿勢なので、それを採り入れた。
それにしても、まとめたのが提出期限ぎりぎりだった。書き始めたのは前日の夕方だったが、書き上げたのは翌日の午前4時ごろ。久しぶりに徹夜してしまった。だが、これまでの原発批判について、「見取り図」というか、「鳥瞰図」というか、「しっかり形にすることができたな」という思いがあり、大いに有意義だったと思っている。
そんな内容でもあり、このパブリック・コメントを首都圏の脱原発団体で構成する「とめよう!東海第二原発 首都圏連絡会」のメンバーにも読んでもらおうと、同会のML(メーリングリスト)にも「さよなら原発!日光の会」の会報「げんぱつニュース第52号」とともに送った。すると、ふだんからメールで連絡をとりあっている同会世話人の一人から内容を高く評価する感想が送られてきた。
ニュースレター「ピスカートル」にパブコメ要約版
「冨岡さん、素晴らしいパブコメ及びさよなら原発!日光の会のニュースレターを送って頂きありがとうございます。両方とも素晴らしく読み応えがあり、コメントはいくらでもできそうですが、特にパブコメにおいては、最も指摘すべきことが多数書かれていて、また、一般の人が読んでもすぐに理解できるものとなっていて申し分ないです。
このパブコメを読んでいて、『国民すべてがこのレベルでパブコメを書けたら本当に原発は全て廃炉になる!』とさえ思いました。逆に我々の運動は市民にこれくらいの論ができるようにすることを目的とし、目指していかなければいけないだよな!とも思いました。このような素晴らしいパブコメ、ニュースレターを作成したこと自体にもそうですが、そういった運動をされていることに敬意すら抱きました」。
かなりしっかりしたパブコメだと思っていたが、ここまでの評価を受けるとまではー。そう思いながら、1月29日に以下のように返信した。
「パブコメ、きちんと読んでいただきありがとうございます。それも『読み応えがあった』とお伝えいただき、少し無理して書き上げてよかったと思いました。ふだん考えている脱原発のことをパブコメにどう反映させられるか、という視点で書き上げたものです。それも「原発の最大限活用」に焦点を当てて。さらに展開するには「電力の需給増問題」、「原発のコスト」、「核燃サイクル」、「再生可能エネルギーと環境アセス」などがあります。それらも書き込もうと考えていましたが、焦点がぼけてしまう可能性があると思い、あえてそれらは取り上げませんでした」
このやりとり前後して、「さよなら原発!日光の会」のパブコメについて、やはり「とめよう!東海第二原発 首都圏連絡会」の別の世話人から、「ニュースレター『ピスカートル』(発行元・「今、憲法を考える会」 連絡先・東京都新宿区西早稲田 キリスト事業所連帯合同労働組合気付)から転載依頼がお願いされている」というメールが入ってきた。ただし、誌面の都合からか、パブコメ全文ではなく、3200字の「要約版」でという注文がついていた。
パブコメは世間に知ってもらう公的な意見なので、「要約版」といえど、転載は歓迎すべきこと。「ピスカートル」掲載は第74号(3月5日発行)ということだが、最近の掲載記事をチェックしてみたら、東海第二原発問題、沖縄、虐殺のガザ、関西生コン事件、陸上自衛隊訓練場問題など、硬派の話題でいっぱい。それもあり、すぐに転載快諾を返答した。
その第74号はA4版12頁。トップ記事は「ガザ『停戦』とガザ『一掃』―ネタニヤフとトランプの狙いはなにかー」(早尾貴紀・東京経済大学教員)、さらに「私たちは呆れ果てても諦めないー子ども脱被ばく裁判上告棄却で総括集会―」(片岡輝美・子ども脱被ばく裁判の会共同代表)、「韓国クーデター(内乱)と日本の報道」(佐野通夫・東京純心大学)、「トランプの『乱心』と〈和平〉への道」(菅孝行)。いやはや硬派そのもののニュースレター。そこに「さよなら原発!日光の会」の第七次エネルギー基本計画案批判の要約版が名を連ねた。
意思決定への市民参加を保障する「オーフス条約」
と、まぁ、「第七次エネルギー基本計画案」に対する「さよなら原発!日光の会」のパブコメについてのてん末を記してきたが、原発回帰路線をさらに鮮明にさせる政策とあって、私たちのように全国からたくさんの意見が寄せられた。報道によると、その数、4万3千件以上。これまでのパブコメで最大規模、それも大半が反対意見だったという。
ところが、この大量の投稿について、国側が「対策」を検討する旨の報道が相次いだ。「市民の意見を制限する方向の見直しを強く憂慮する」として、「オーフスネット」や私もネットでふだん情報提供を受けている「原子力市民委員会」や「ワタシノミライ」などの各NPOが5月13日に院内集会(衆議院第二議員会館第七会議室)で「政策決定プロセスに幅広い市民参加を」を開いた。そして「パブリック・コメントの制限ではなく、市民参加の機会の保障を」という「共同声明」を出している。
このときの院内集会では、大阪大学の大久保規子教授が「政策決定プロセスへの市民参加を実現するための条件―オーフス条約を手がかりに」と題した講演をしている。主催者がアップしてくれたこのときの講演のレジュメはA4版16頁もある。
このレジュメでも紹介されている「オーフス条約概要パンフレット」(A4版19頁、国連欧州経済委員会)によると、オーフス条約の締約国は、ヨーロッパ、コーカサス、中央アジアに及ぶ国々で、EUも条約に加盟している。「条約は、地域内を通じて関連する立法構造と実践影響を及ぼし、これを強化することによって、人々の健全な環境への権利を認めるための効果的なツールであることが証明されています。締約国は3年ごとに会合を開き、条約の実施状況を検討し、今後の作業計画をつくります」とある。
というわけで、この共同声明の核となっているのは、原発政策などが典型だが、環境分野での市民参加を権利として保障する「オーフス条約」(「環境問題における情報へのアクセス、意思決定への市民参加及び司法へのアクセスに関する条約」)などをめぐる指摘だ。日本はまだ批准していない。今回、その「オーフス条約」も含めた共同声明の大事さを知った次第。今さらながら「浅学非才」について恥じ入ってもいるが。
ウクライナ戦争、そして今回のアメリカのイラン核施設への空爆・攻撃から、これまで以上に「核」と「原発」がよりリアルな世界になっていることを伝えている。脱原発はこれを世界から遠ざけるための方策、政策、手段のひとつだが、今の原発・エネルギー政策についてのパブコメでは、「馬の耳に念仏」、いや、意見を承知しているが、あえて聞き流す「馬耳東風」的な性格になっている。それをくつがえす方法のひとつとして、日本はまだ批准していない「オーフス条約」という世界の取り決めがある。そんな大事な条約があることを遅ればせながら知ることができた。さぁ、今度はそれをどのような方法で具体化していけばいいのか。
結びにその「市民参加の機会の保障を」という共同声明のポイントとなる部分を紹介したい。以下は「共同声明」から。
現在の日本においては、市民の参加権が保障されておらず、実効的な市民参加の仕組みがありません。そのために、市民は、政策について意見を伝えようと、パブリック・コメントの機会を利用しています。環境分野では、1992 年の国連環境開発会議(地球サミット)で採択された「環境と開発に関するリオ宣言」において環境問題の解決には市民参加が不可欠であることが確認され、第10 原則では「環境問題は、それぞれのレベルで、関心のある全ての市民が参加することにより最も適切に扱われる。」と述べられています。環境問題は地球規模の課題であり、問題を解決する政策を実現するためには、市民ひとりひとりが社会変革の必要性を理解し、自らの行動を変容させることが求められるからです。1998年には、国連欧州経済委員会(UNECE)のイニシアティブにより、市民参加を権利として保障するオーフス条約が採択されました。オーフス条約では、①情報アクセス、②意思決定への参加、③司法アクセスの三つの権利を市民の手続的権利として保障しています(了)。
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