優しく品格のある手慣れた演奏だったとはー ソニークラーク「朝日のようにさわやかに」
ソニー・クラークを改めて聴く。「朝日のようにさわやかに」、この曲はコルトレーンの演奏の方で知っているが、ソニー・クラークも。それもこんなに手慣れた雰囲気で、優しく、それに品格も感じさせる演奏をしているとはー。彼はJAZZ喫茶で人気の「クール・ストラッテイン」が有名だが、私は1957年演奏のこのCDの方が合っているかも。名演奏が多い、いわゆる「50年代JAZZ」の典型だなと思う。ウイキペディアによると、「ヘロインの過剰摂取」で31歳という若さで死去したとある。若くして亡くなっているのは知っていたが、死因が薬物中毒だということは知らなかった。こんなにいい腕を持っていたのに、この若さで。1963年1月13日。う~ん。「60年安保」から3年弱なのだね。
(以下はウイキペディアから)
ペンシルベニア州ハーミニで、生まれた。鉱山労働者だった父は、クラークが生まれて2週間後に、肺疾患のために亡くなっている。[1] 彼は、4歳でピアノを始めた。ハイスクール時代には、ピアノの他にヴィブラフォンも演奏していた。1951年には西海岸を拠点に音楽活動を開始する。1954年1月、ビリー・ホリデイのケルン公演に参加。
1957年、ニューヨークに移りソニー・ロリンズと共演。同時期にブルーノートと契約し、いわゆる「1500番台」のシリーズから、何枚かのリーダー・アルバムを発表。代表作として挙げられるのは、ジャッキー・マクリーン(サックス)やポール・チェンバース(ベース)等が参加した『クール・ストラッティン』(1958年)。とりわけ日本で人気が高く、ジャズ喫茶で頻繁に流された。しかし、本国アメリカではヒットに結びつかず、ブルーノートの創設者アルフレッド・ライオンは、日本から本作の注文が殺到したことを不思議に思ったという。
ソニーはサイドマンとしても重宝され、リー・モーガンの『キャンディ』やデクスター・ゴードンの『ゴー!』等、多数のアルバムに参加した。1963年1月13日、ヘロインの過剰摂取により31歳で死去した。
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