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2025年12月29日 (月)

原稿締め切りに追われた数日でした  「原発いらない栃木の会」次号会報用

この数日、本日29日(月)締め切り、「原発いらない栃木の会」次号会報用の原稿づくりに追われておりました。本文は(1)~(8)まで。計4900字ぐらい。発行は1月中旬予定とか。なので、「ご参考」に、「霧降文庫」では、「こんな内容です」と伝えるため、その本文の(1)~(3)までをアップします。

 

「原発いらない栃木の会」会報用(12月29日締め切り)

「栃木アクション2025」プレ企画 日光会場報告

辛抱強く諦めない住民の闘争心に感激

台湾脱原発映画「こんにちは 貢寮(コンリャオ)」上映会 理事・富岡洋一郎

Photo_20251229235101

 

(1)アジア初の「脱原発」を達成した台湾の状況を知りたいとー

「さよなら原発!日光の会」は「11・15さようなら原発!栃木アクション」プレ企画として、10月19日(日)14時~日光市中央公民館中ホールで台湾脱原発ドキュメンタリー映画「こんにちは 貢寮(コンリャオ)」(2004年公開 上映時間89分、日本語字幕)を無料上映しました。上映後、25分ほどの「意見交換会」も行いました。

台湾は2025年5月17日にアジアで初めて「原発セロ」を達成しています。そこの住民たちがどんな背景、事情、状況で脱原発運動を進めていたのかー、それを記録していた貴重なドキュメンタリー映画です。ただし、台湾はまだまだ脱原発派と原発推進派がせめぎ合っている状況にあります。そこには原発をめぐる台湾の歴史があるわけですが、この作品は「奇しくも台湾の歴史そのものを記録」していたと評されています。その作品を通して、私たちの脱原発運動に弾みをつづけたいと思っての企画でした。

 

(2)日光会場独自のフライヤーで映画の背景などを周知へ

 

 映画の配給元であるアジアの脱原発市民団体「ノーニュークス・アジアフォーラム・ジャパン」などによると、当時、大学院生だった崔愫欣(ツィ・スーシン)監督が6年の歳月をかけて2004年に完成させた映画です。そのDVDを手にしようと配給元に問い合わせましたが、回答は「ただいま在庫なし」―。このためネットで探したところ、九州佐賀県の業者が手軽な値段で売りに出していることがわかり、ここから入手。上映にふさわしいかどうか確認するため、6月23日(月)に役員対象の「試写会」を開きました。

その結果、この脱原発運動について、「反対運動はいつごろから?」「その原発は台湾のどんな地域に?」「どんな出来事が起きたのか?」などを観る人に事前に伝える必要があることがわかりました。今回のプレ企画では県内5会場の「統一チラシ」を作っておりますが、日光会場独自のフライヤーも作りました。そこにはこのように映画のポイントを書き込みました。

 

「1980年に第四原発の建設予定として貢寮が選ばれた。1982年には土地の強制収容により、230世帯が強制転居されられた。1987年になってようやく学者の帳國龍らが貢寮を訪れ、地元住民に放射能の危険性を伝え、反対運動が始まった。1991年10月3日、警察は住民との約束を破って、住民がこもるテントを破壊。警察と住民の衝突で1名の警官が死亡した。たまたま車に乗っていた青年が殺人罪で逮捕された。それから7年、ツィ・スーシンがカメラを持って記録を始める。彼女はその後6年間にわたって貢寮を撮り続けることで奇しくも、政権交代に象徴される台湾の歴史そのものを記録していくことになる」。

 

(3)台湾の反原発運動(1970~2025)などを会場配布

「こんにちは 貢寮」は、この「1003事件」で投獄された青年への手紙から始まっています。手紙を読み上げながら物語が進む展開は、家出した16歳の少女が四国遍路をしながら成長している映画「旅の重さ」(1972年公開、高橋洋子主演、斉藤耕一監督)の流れを思わせました。

話題を「1003事件」に戻すと、この事件とは何かを知っておくと、映画の全体像がよく見えてきます。実際、映画のクライマックスもこの青年の11年ぶりの外出許可でした。身内のところではなく、まっすぐ仲間たちが待つ駅に向かい、出迎える住民と固く抱き合います。その感動的な場面に私たちも立ち合うことになります。

なお、映画の後日談として、無期懲役刑を受けていたこの青年ですが、映画の公開から2年後、2006年3月に出所します。ノーニュークス・アジアフォーラムジャパンによると、3月18日、山口県祝島での「こんにちわ 貢寮(コンリャオ)」上映会の直前、台湾から電話がありました。「青年が3日後に、14年5ヵ月ぶりに釈放される」。そのことが告げられると、祝島の上映会場は万雷の拍手に沸いたということです。

映画の舞台である台湾第4原発は98%が完成していました。しかし、福島第一原発事故を受けた脱原発運動が台湾に広がり、2013年に22万人デモ(人口比で日本なら100万人デモ)が実施されました。2014年4月27日、台北駅前の道路を占拠するデモを受け、翌4月28日、政府は第4原発の建設中止を宣言しました。

こうした台湾の反原発運動の歴史と現状(1970~2025)について、知ってもらおうと、「日光の会」会報「げんぱつニュース第55号」(A版12頁、10月10日発行)の冒頭3頁にわたって掲載。この会報を上映会参加者全員に手渡しました。

 

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