「未来からのまなざし」脱原発論 鷲田清一『濃霧の中の方向感覚』から
「あれ?、この石積み職人の話は読んでいるぞー」。そう思ったのは、臨床哲学者、鷲田清一さんの『濃霧の中の方向感覚』(初版2019年2月5日、晶文社)の「未来からのまなざし」(初出は「中日新聞、2014年8月13日)。民俗学者、宮本常一の『庶民の発見』(1961年)、そこに「ある石工」の話から始まるミニエッセイだ。
田んぼの見事は石積みがあっても、村の人以外はだれも見ない、積み上げたら、その村との縁も切れる。だが、その石積み職人はやはり「いい仕事」をしておきたいという、そう思う理由をこう語る。
「まえに仕事に来たものがザツな仕事をしておくと、こちらもついザツな仕事をする。結局、いい仕事をしておけば、それは自分ばかりでなく、あとから来るものもその気持ちをうけついでくれるものだ」。
そこに宮本は「命令せられるのでもなく、自らが自らに命令することのできる尊さ」を見た。それを引いたうえで、鷲田は「人として生きるということの、世代から世代へ受け継がれていく仕事の芯となるべきものを久しく忘れてきたのも、未来からのまなざしを受けつつ仕事をするという、そんな矜持ではなかったか」と書く。
宮本常一の石積み職人の仕事観は印象が強いので、私もよく覚えている。だが、
それを核に原発再稼働批判へ筆が進んでいくとは思わなかった。この「未来からのまなざし」からの反原発論だ。これはすとんと胸に落ちる脱原発論だなとー。
鷲田は言う。廃炉まで数十年、放射性廃棄物を無害化するまでに人類史よりもはるかに長い時間がかかる。こう書いたあと、「終りがないのも同然だから、つまり未来のほうから見ることができないし、だからだれも責任をとらない。そんな『法外』な装置をわたしたちの社会は抱え込んでしまったのである」―。
« 学者の書くものを超えた「パリ燃ゆ」 その「あいさつ」を知り日光図書館から | トップページ | 「新発見の『幻の講演録』」はぜひ読みたい。 渡辺京二さんの『私の幕末維新史』 »
「脱原発」カテゴリの記事
- 次々と質疑が続いた「日光の会」自主講座 県政出前講座「栃木県における再エネの状況」(2026.08.01)
- 県政出前講座「栃木県における再エネの状況」 7月31日(金)14時~日光市民活動支援センター(2026.07.30)
- 7月31日(金)「県政出前講座」レジュメは計48枚 テーマ「栃木県における再エネの状況」(2026.07.29)
- 「NO NUKES NIKKO」 特注のTシャツでも脱原発をアピール(2026.07.25)
- 31日(金)栃木県政出前講座のレジュメは「40画面」 テーマ「栃木県における再エネの状況」 (2026.07.23)
« 学者の書くものを超えた「パリ燃ゆ」 その「あいさつ」を知り日光図書館から | トップページ | 「新発見の『幻の講演録』」はぜひ読みたい。 渡辺京二さんの『私の幕末維新史』 »


コメント