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2026年4月

2026年4月30日 (木)

1日(金)の「脱原発金曜行動」は中止か?  「降水確率100%」の日光の天気で

4月30日(木)

あす5月1日(金)午後1時~1時50分、日光市松原町交差点(日光警察署そば)で、「原発いらない!金曜行動」を予定しておりますが、天気予報をチェツクすると、「降水確率100%」、気象庁もウェザーも「ほぼ1日を通して雨の可能性が高い」です。このため、スタンディングは中止の可能性が高いです。実際の天気を見ながら、あす午前10時ごろにも、このMLとラインで「中止」か「実行」か、ご連絡したいと思います。なお、午後2時半から日光市民活動支援センター第4、第5会議室で予定している役員会はいずれにしろ開催します。あす10時ごろの連絡をお待ちください。

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🌧 日光市の降水確率

⏰ 時間帯ごとの目安

51日の日光市は、ほぼ一日を通して雨の可能性が高い予報です。

 

深夜〜朝:雨の時間帯が多く、降水確率は非常に高い見込み

昼前後〜夕方:雨が続きやすく、やはり高い確率で雨の予報

夜:弱まる時間もありますが、にわか雨の可能性が残る見込み

細かいパーセンテージは気象会社ごとに異なりますが、「日中はほぼ雨と思って準備する」レベルと考えておくと安心です。

 

2026年4月29日 (水)

「霧降文庫」の今季は7月から  脊椎変性すべり症治療で

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古書店図書館「霧降文庫」は冬季休業が終えたら、例年ともゴールデンウィークの5月最初の週からスタートしていたが、今季は遅れて7月からになる。理由は脊椎変性すべり症治療のため。3月31日に入院し、4月1日に手術、経過は順調で、4月15日にめでたく退院となった。が、手術を受けた腰の周辺の痛みが続いており、歩行の訓練もまだ始まったばかり。これは「大事をとって」とー。5月、6月は治療期間にしようと。腰に巻いているコルセットも7月にはとることができるだろうと。なので、例年より2カ月も遅らせることにした。すでに「今季のオープンはいつになるのか?」。というありがたい問い合わせもあるが、以上の事情でオープンが遅れることをこのブログなどで伝えることにしますー。

 

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2026年4月28日 (火)

「げんぱつニュース」第57号発行へ 第14回総会と記念映画会など

市民団体「さよなら原発!日光の会」が春夏秋冬に発行している会報「げんぱつニュース」第57号は5月1日に発行する。A4版8頁。やや小ぶりだが、内容はそれなりに。高レベル放射性廃棄物最終処分場を描いたドキュメンタリー映画「100,000年後の安全」(79分、スウェーデン、デンマーク、フィンランド、イタリア合作、パリ国際環境映画祭グランプリなど受賞、日本公開2011年4月2日)の「作品紹介」や「放射性廃棄物最終処分場の『現在』」、「3.7とめよう原発!東京代々木公園全国集会報告」、「第3回311のキャンドルナイトin日光」などなどー。内容がある会報に仕上がっているー。

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2026年4月27日 (月)

広報にっこう5月号に映画会情報掲載  「日光の会」主催「100,000年後の安全」

日光市の広報誌「広報にっこう5月号」(4月25日発行)の市民情報欄「ひろば」に「さよなら原発!日光の会」が5月23日(土)に主催する上映会「100,000年後の安全」(79分、日本公開2011年4月2日)情報が掲載された。ともあれ市内全域2万8千部という広報媒体。短文での告知だが、とにかく上映会を知ってもらうには大事な紙面だ。さて、どのくらいの市民がこの上映会に関心を寄せてもらえるか?ー。

 

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2026年4月25日 (土)

名作ドキュメンタリー映画「100,000年後の安全」 日光霧降高原にフライヤー2千枚入荷ー

パリ国際環境映画祭グランプリなどを受賞したフィンランドの世界初の高レベル放射性廃棄物最終処分場を描いたドキュメンタリー映画ー、処分場関係者のメッセージがまるで「禅問答」のように聴こえる名作「100,000年後の安全」(デンマーク、フィンランド、スウェーデン、イタリア合作 日本公開2011年4月2日)。この映画を5月23日(土)、日光市中央公民館で自主上映する。「さよなら原発!日光の会第14回総会記念上映会として。そのフライヤー2.000枚がきょう4月25日(土)、霧降高原の我が家に届いた。同時にこの映画会を案内した情報も本日発行の日光市広報誌「広報にっこう」(2万8千部)市民情報欄「ひろば」に掲載された。「ニュース」が重なった日でしたー。 Photo_20260425171501

2026年4月21日 (火)

これはさらに知られて欲しい生涯  治安維持法下で獄死した飯島喜美さん

Photo_20260421133901えっ?、治安維持法下、栃木刑務所でそんな獄死があったのかー」と。朝日新聞4月20日(月21面の「栃木版」で。大逆罪で一度は死刑判決を受けた金子文子の獄死はよく知られているが、この24歳で亡くなったという飯島喜美さんはこの記事を読むまで知らないでいた。記事によると「飯島喜美の不屈な青春」(仮題)として、2028年の上映が予定されているという。

 

 ちなみにウィキペディアから引くと、金子 文子(かねこ ふみこ、1903年1月25日 - 1926年7月23日[1])は、大正日本アナキストニヒリスト関東大震災の2日後に、治安警察法に基づく予防検束の名目で、朝鮮人朴烈と共に検挙され、予審中に朴が大正天皇皇太子の殺害を計画していたとほのめかし、文子も天皇制否定を論じたために、大逆罪で起訴され、有罪となった。後に天皇の慈悲として無期懲役に減刑されたが、宇都宮刑務所栃木支所に送られてそこで獄死した。

 

(以下は朝日新聞記事から)

治安維持法下の弾圧で獄死した飯島喜美

その生涯を映画化する動き

由利英明
写真・図版
15歳の時の飯島喜美さん(左)=1927年8月5日、藤田広登さん提供
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  • 写真・図版

 2028年春に廃止される女子受刑者収容施設、栃木刑務所(栃木県栃木市)で、戦前戦中に獄死した人たちがいる。その一人で、刑期も死因も正確にはわからず、治安維持法下の弾圧に抵抗してずさんな扱いを受けたとみられる飯島喜美さん(享年24)の生涯を映画化する動きが出ている。

 飯島さんが就職した会社で働いた玉川寛治さん(92)がまとめた「飯島喜美の不屈の青春」(発行・治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟千葉県本部)などによると、飯島さんは1911年に千葉県で生まれた。27年に東京の紡績工場に就職して労働運動に加わり、29年に当時最年少の17歳で共産党に入党。旧ソ連・モスクワに派遣されたり、労働運動を組織したりするなど、党員として活躍した。

 だが、33年に治安維持法違反容疑で特高警察に逮捕され、35年12月に宇都宮刑務所栃木刑務支所で命を落とした。同所は栃木刑務所の前身で、今とは別の場所にあった。

食事は牛乳1本だけ

 飯島さんは逮捕後、厳しい取り調べにもかかわらず供述を拒んだとみられ、計11回も勾留が延長されたことを示す資料が残っている。

 一方で、判決文は見つかっておらず、3年とも7年前後とも言われる刑期も、いつ刑務支所に収監されたのかもわかっていない。

 飯島さんは勾留中に結核を発病したとみられるが、病名を示す資料もない。刑務支所に移されてから亡くなるまで、2~3カ月ほどだったと考えられている。

 玉川さんの本の編集に携わり、映画では監修を務める藤田広登さん(91)は「勾留された(東京の)市谷刑務所で結核が蔓延(まんえん)しては困るから、急いで判決を下して栃木刑務支所に送ったのでは」とみる。

 その刑務支所での処遇は劣悪だったようだ。病気でも独房に留め置かれ、まもなく動けなくなった。食べることができないため食事は牛乳1本だけで、最後は飲むことさえできなかった。それでもそのままにされ、看守は見回りの時に亡くなったことに気づいたとみられる。

 玉川さんの本によると、こうした厳しい状況は同じく収監された仲間たちの証言から推測する部分がほとんどだが、父親が残した資料もある。刑務支所は、飯島さんが危篤であることや、治療中にもかかわらず亡くなったら遺体は学術研究のため千葉医科大に送ることなどを父親に電報や封書で伝えていた。

「謎に包まれた犠牲者」

 ただ、仲間たちの証言から「治療中」という説明は虚偽だとみられる。飯島さんが共産主義思想を放棄するなどと明かした遺言も父親に伝えられたが、遺言を残すのは難しい状況で、藤田さんは「勝手に作ったのが真相では」と指摘する。

 父親は、刑務支所で娘を火葬して遺骨を送ってほしいと希望した。国から弾圧された共産党員の葬儀は難しかったことなどが理由と考えられるが、刑務支所は認めなかった。最終的には36年、遺体を引き取っていた千葉医科大が火葬して遺骨を送ると父親に伝えた。

 刑務支所には、飯島さんと同時期に治安維持法違反罪でほか6人も収監されていたが、いずれも取り調べで話しており、判決文やそれに類する資料は残っている。

 しかし、国からの弾圧や虐待に最後まで抵抗したとみられる飯島さんについては、わからない部分が多い。最期を迎えた刑務支所内での処遇の実態も解明されていない。

 藤田さんは「喜美さんほど謎に包まれた犠牲者はいない。判決文を探すことなど、彼女の略歴の空白を埋めていく作業はまだまだ続いている」と明かす。

2028年の上映めざす

 ただ、断片的とはいえ仲間たちの証言はあり、玉川さんは「飯島喜美の人柄のおかげ」と語る。

 父親が保存していた資料は、最終的には飯島さんのおいの木下豊さん(72)に計39点が渡った。木下さんは「飯島喜美は闘い抜いて生き抜いた。残念ながら短い人生と言われるけれど、短い間にこれだけのことをやったと引き継がれていくべきだ」と訴える。

 藤田さんによると、玉川さんの本を原案とする映画「飯島喜美の不屈の青春」(仮題)は、飯島さんの一生とその後をフィクションも織り交ぜて描き、劇映画として28年の上映をめざすという。



 

2026年4月20日 (月)

「10万年後の安全」2千枚を注文  格安印刷会社「プリントパック」に初めて

5月23日(土)第14回総会記念映画会「100,000年後の安全」フライヤー2千枚を格安印刷会社「プリントパック」に注文しました。A4版、カラー4色、7営業日、発送は4月24日、遅くも4月26日(日)~27日(月)には日光入荷です。「クイックデータチェック完了のお知らせ【印刷通販プリントパック】」をアップします。

From: 【プリントパック】a <pac@printpac.co.jp>Photo_20260419214701
Subject:
クイックデータチェック完了のお知らせ【印刷通販プリントパック】

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★クイックデータチェック完了のお知らせ【印刷通販プリントパック】

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 ご注文いただきました商品につきまして、クイックデータチェックが

 完了いたしました。ご入稿データで進行してまいります。

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2026年4月19日 (日)

「放射性廃棄物の憂鬱」など9冊完読― 「腰椎変性すべり症」の半月間入院で

富岡は4月15日まで半月間、「腰椎変性すべり症」で済生会宇都宮病院に入院しておりましたが、入院中に持参した9冊を完読しました。そのうちの6冊は積読だった原発関連本でした(そのほかの3冊は柳田圀男「年中行事覚書」、「小林秀雄対話集」、ゴーリキー「どん底」)。この6冊の原発関連本の中でも、Photo_20260419113001 Photo_20260419113002 Ei_20260419113101 Photo_20260419113101 Photo_20260419113102 Photo_20260419113103 (祥伝社新書、楠戸伊緒里、初版2012年3月10日)は意外と読みがいがありました。5月23日(土)に「さよなら原発!日光の会」主催で自主上映を予定するドキュメンタリー映画「100,000年後の安全」を第1章「フィンランドの壮大な実験」で正面からとりあげ、さらに第5章で「放射性廃棄物に関する世界の情勢」、結びの第6章で「放射性廃棄物と人類の未来」について考察していました。飯田哲也さんの「EI革命 エネルギー知性学への進化と日本の針路」(集英社インターナショナル、第1刷2026年1月31日)もようやく読むことができました。長崎高女生の学徒動員の際、長崎原爆で被曝した芥川賞作家、林京子さんの「フクシマ、ヒロシマ、ナガサキ」に対して反対して欲しいという反核意識の再確認である「再び ルイへ」も手にすることができました。被曝作家の切実で微妙な心情をこの講談社文芸文庫で知りました。

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