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2026年7月10日 (金)

「明るい覚悟」で自分との約束を守る   同人誌「序説第33号」の「編集後記」

同人誌「序説第33号」(9月1日発行)の原稿の最終締め切り日である7月10日(金)に滑り込みセーフで担当の「編集後記」(黒川純)を送ることができましたー。以下はその「編集後記」。字数はいつもよりもやや長い約2450字(400字詰め原稿用紙約6枚)ぐらいだったかー。

 

 「おい、地獄さ行ぐんだで!」。二人はデッキの手すりに寄りかかって、蝸牛(カタツムリ)が背伸びしたように延びて、海を抱え込んでいる函館の街を見ていた。―――漁夫は指元まで吸いつくした煙草を唾と一緒に捨てた。巻煙草はおどけたように、色々にひっくりかえって、高い船腹をすれずれに落ちて行った。彼は身体一杯酒臭かった。プロレタリア文学で名高い小林多喜二(1903~1933)の『蟹工船』(1929「昭和4」年5、6月「戦旗」に発表)の冒頭部分だ。知っての通り、多喜二は1933(昭和8)年2月20日、築地署特高に治安維持法違犯で逮捕され、拷問を受けて殺された▼「女工」として働いた体験を描いた「キャラメル工場から」で知られるプロレタリア作家、佐多稲子(1904~1998)とプロレタリア作家・評論家の宮本百合子(1899~1951)が一緒に多喜二宅に駆け付けた。彼女らは虐待を受けた多喜二を手厚く「看護」したという。これは毎週土曜日に放送されているNHKラジオ番組「保阪正康が語る昭和人物史」に登場した佐多稲子が生前に語っている。録音のこの肉声を聴いたのはこの初夏のこと。。多喜二虐殺はこれまで「歴史」の教科書のように受け止めがちだった。だが、この佐多稲子の「歴史の証言」を聴いたことで、モノクロの昭和初期のことが急にリアルに感じられるようになってきた▼『蟹工船』について冒頭に挙げたのは実は「連想ゲーム」から。というのも日本人の死因のトップはガン(癌)だが、その「語源」はどこから来ているのか?その問いから。ネットのAi回答によると、がん、癌、悪性腫瘍の英語表記はCANCERだが、これは「カニ」を意味する言葉からきている。腫瘍本体とそこから周囲へ伸びる血管やリンパの様子が「カニの脚」に似ているということから、その名がついたと説明されている。『蟹工船』に触れたのはこのためだが、日本語の「ガン」は、このCANCERの訳語として使われるが、語源そのものはあくまで漢語「癌」に由来するというのが標準的な説明だという日本経済新聞「NIKKEI STYLE」によると、男性の3人に2人、女性の2人に1人が一生のうちに何らかのがんを発症すると推計されている。それも早期に発見すれば約9割は治るとされている。私も日光市の一斉健診で胃潰瘍の疑いありとなり、日光市民病院の胃カメラ検査でチェックしたら、胃がんと判明。セカンドオピニオンを県立がんセンターで、サードオピニオンを自治医大病院で。ふたつの病院を渡り歩いたうえで、済生会宇都宮病院で内視鏡手術を受けた。胃の4分の3を切除し、半年ごとの検査へ。幸いにも5年間、がんの転移はなかった。今から3年前だが、この際、担当医から「もう胃の治療で病院に来ないでくださいね」と言われた。さらに「治癒おめでとう」と記された「表彰状」みたいなものを手渡され、眼を丸くしたものだがんのことが気になったのは、つい最近、ラインを通じて、同人の一人から大腸癌の摘出手術で入院することなったという報告があったため。「弱音を吐かずに頑張ります」とも伝えていた。同人はいずれも高齢者同士であり、すぐさま励ましのエールが送られた。「治療に対して前向なスタンスをキープして下さい」、「どうか治療が順調に進みますよう」、「現代医学は進んでいますから大丈夫ですよ」、「大変だね。気を強く持って治療へ」、「大変ですが、頑張って下さい」、「お気を強く持って、病気に負けないでください」など。親しい仲間の大腸がん治療について、いずれも我が事のように思えたのだ。今はこの大腸がんの手術と治療が順調にいくことを願うばかりだ▼がん治療といえば、落合恵子さんさんが思い浮かぶ。私たち70年安保世代には深夜放送のパーソナリティで「レモンちゃん」という愛称で親しまれていた(文化放送「セイヤング」など)。宇都宮出身のその彼女が肺がん治療の心境と記録を2025年暮れに『がんと生ききる 悲観にも楽観にも傾かず』(朝日新聞出版)として出版している。この本で落合恵子さんは「病と向き合うことも『明るい覚悟』のひとつである」と書いている。その『明るい覚悟』とは、彼女が2020年に出版した加齢をめぐるエッセイ本。「『明るい覚悟』とは、自分にとって大事なほんの僅かなものを握りしめて暮らすことであり、自分が自分になっていく過程を惜しまず、省略しない、自分との約束と言い換えることもできる」(『明るい覚悟』あとがき)▼「自分との約束」は落合恵子さんにとってのキイワードのようだ。「さようなら原発1000万人ニュース」最新号(第40号 7月1日発行)に執筆している彼女の記事によると、6月になると、必ず開く本を庭のテーブルに置く。60年安保の国会構内で「圧死」した当時22歳の東大生・樺美智子さんの復刻版『人知れず微笑まん 樺美智子遺稿集』。その中の樺美智子さんが19歳の頃に書いた詩「最後に」を読む。と書いて、落合恵子さんはこう結ぶ。「酷い時代は続く。酷い社会も続く。だからわたしはデモに行く。自身との約束のために」。肺がんの闘病下にあっても、落合恵子さんは自分のルールは外さないという強い決意を示す。病になるとどうしても弱気になりがちだ。そこを乗り越え、前向きな姿勢のままでいく。だれもが彼女のような強い精神を保っていけるかというと、そうもいかないだろうとも。それでもこうした構え方ができる人がいることを知ることは、世の中を生きていく「力」のひとつになるのではないか▼冒頭の『蟹工船』に戻ると、蟹工船「博光丸」の労働者300人が一斉に「ストライキ万歳!」と三度叫んで意気を上げた最初の試みは失敗に終わる。みんなの全員による闘争だということを示す必要があったのだ。『蟹工船』は、彼らがその「力」の使い方に気づいたことを伝えて、こう結ぶ。「『ん!もう一回だ』。そして彼等は、立ち上がった。―――もう1度!」(黒川純)

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