国際刑事裁判所の赤根智子所長のインタビュー。2024年初秋に記事になっていたのですね。twitterで海渡雄一弁護士がアップしていたので知りました。少し長いが、国際刑事裁判所の位置づけなどがわかる内容です。トランプの暴走を諫めて、これをストップさせる役割が日本にあるはずだがー。
(インタビュー)法の支配、揺らぐ世界で
所長・赤根智子さん
2024年9月21日
世界で「法の支配」が揺らいでいる。法に基づいて個人の戦争犯罪などを裁く国際刑事裁判所(ICC)は今、ロシアのみならず、民主主義の旗振り役を自任する米国からも圧力を受けている。今年3月に日本人初のICC所長に就任した赤根智子さんに、何が起きているのか、日本の役割とは何かを聞いた。
――ICCは昨年、ロシアのプーチン大統領や側近に、ウクライナ侵攻をめぐる戦争犯罪容疑で逮捕状を出しましたが、いまだ逮捕に至っていません。
「我々も逮捕状を出す以上は、最終的には逮捕して裁判を経て結論を出すべきであり、逮捕状さえ出せばそれでよいとは思っていません。実際、ICC締約国でない国の個人は、締約国に行かない限り逮捕することが困難です。一方で、将来を見据えれば、締約国が増えていくと実効性は高まります。ですから締約国は、非締約国に対してICCに加わるよう働きかけてほしいのです」
――しかし今月、締約国のモンゴルがプーチン大統領を逮捕せずに訪問を受け入れました。
「具体的な事案についてのコメントは控えます。一般論を申し上げると、重大な国際犯罪の刑事責任を追及する国際条約『ローマ規程』では、締約国のICCへの協力義務をうたい、逮捕と身柄の引き渡しの義務があると記されています。協力の実行に問題がある場合、その締約国はICCに事前に相談することもできる。締約国が協力義務を果たさず、ICCの業務が妨害された場合は、その旨の認定をして締約国会議に付託する仕組みがあります」
――国際刑事裁判所(ICC)と国際司法裁判所(ICJ)はよく混同されがちですが、役割の違いは何ですか。
「ICJは国連加盟国全てを管轄下に置き、基本的に国と国との紛争を解決する国連の裁判所です。一方、ICCはローマ規程に加盟した国でつくる裁判所で、対象も国家間の紛争ではなく、四つの中核犯罪であるジェノサイド(集団殺害)、人道に対する罪、戦争犯罪、侵略犯罪を犯した『個人』を、刑事的に裁く国際機関です。現在は日本を含む124カ国が締約国となっています」
「ICCの源流は、第2次世界大戦後に、戦争犯罪などで個人が裁かれた東京裁判や、ナチス・ドイツ指導者を裁いたニュルンベルク裁判にさかのぼります。これらの裁判では、戦勝国によって個人が刑事的に裁かれ、被告の人権が十分守られていなかった。個人を戦争犯罪などで裁くのに、恒久的な法的ルールに基づく国際的な裁判所をつくるべきだとの議論があり、2002年に設立されました」
――ただ、米国やロシア、中国といった大国が、ICCの締約国になっていません。
「全ての国連加盟国が締約国となれば、管轄は全世界に及びます。それが当初の理想でした。しかしそうした国がいまだに締約国とならないのは、自国の指導者や自国民が処罰されるのではとの懸念を払拭(ふっしょく)しきれないということだと思います」
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――米政権はプーチン大統領への逮捕状を歓迎しつつ、ICCがイスラム組織ハマス幹部と同時に、イスラエルのネタニヤフ首相らに逮捕状を請求したことに反発しています。米下院は6月、ICC関係者に経済制裁を科す法案を可決しました。
「我々は裁判所なので、政治的意図も、どこかの国に対抗しようという意識もありません。あくまで『法の支配』に基づき、独立性・中立性を保ち、犯罪を捜査・訴追・処罰するのが任務です。ICCの法的判断に意見を述べるならともかく、自国の政治的利益のため、一方的な立法でICCに経済制裁を科すべきではありません」
「第2次世界大戦後、国連などの国際機関がつくられ、世界を『力による支配』から『法の支配』に変えていこうと、様々な国が努力を重ねてきました。ここで『力による支配』を容認してしまえば、これまで築いてきた努力が水の泡となり、再び『力による支配』が横行してしまう。今の国際社会で『法の支配』の正当性がゆがめられやしないかと懸念しています」
――トランプ米前政権は20年、アフガニスタン戦争での米兵らの戦争犯罪を捜査したICC検察官らに経済制裁を科しました。影響はどうでしたか。
「当時の検察官とその部下の2人に制裁が科され、彼らは米国への入国禁止のほか、米国内の資産は凍結、米国と関係のある欧州の銀行との取引も停止され、家族への送金もできませんでした」
「米下院で今回可決された制裁が実行され、対象が裁判官、検察官全体に広がれば、その影響は計り知れません。米国から2次制裁をかけられることを恐れ、銀行や企業がICC職員だけでなく、ICC自体との取引も停止しかねない。そうなれば、ICCの機能はまひし、ハマスやイスラエルの事件だけでなく裁判中の事件全てが停止し、ICCで証言しようとしていた世界各国の証人にも危害が及ぶ可能性があります。これは、ICCをテロリストと同様に扱うということです」
――米国のそうした対応をいさめる国はないのですか。
「英国やフランス、イタリアなどを含め多くの締約国はその危険性を認識し、締約国会議でも、『法の支配』の重要性とICC保護を宣言する議長声明を出すなどしています。『力による支配』を後押しする動きと、それではいけないと声をあげる締約国の動きが今、せめぎ合っています。日本を含む締約国は、米国に対し、自国の政治的利益を守るために、こうした行動をとるべきではない、と発信する必要があります」
――ロシア政府もプーチン大統領への逮捕状に反発し、赤根所長らを指名手配しています。こうした圧力によるストレスと、使命感のバランスをどのようにとっているのですか。
「日本での検事時代にも、何らかの圧力を受ける可能性はあると認識していました。だからこそ我々は、政治的、外交的な圧力に屈せず、あくまで法と証拠に基づいて手続きを進める覚悟で仕事をしていました。こうした気概はICCでも同じです」
「この原則を崩せば、裁判所とは何か、ICCの検察官の使命は何か、ということが正面から否定されてしまいます。捜査機関や司法機関はそうした使命の上に成り立っており、どのような圧力があっても、その原則は崩せません」
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――日本はICCに07年に加盟し、最大の分担金拠出国です。どのような役割を担うべきでしょうか。
「日本は国際的にも『法の支配』を標榜(ひょうぼう)し、その重要性を広く訴えてきた国です。だからこそ日本政府は同盟・友好関係を育んできた米国に、様々な対話を通じて『法の支配を崩してはならない』と説得する必要があります。米国がICCの活動に不満を抱いても、力によって断念させるような手段をとるのでなく、『法の支配』の中で解決すべきで、米国も元々は『法の支配』を標榜している国だと再認識してほしい、と強く言える立場にあるはずです」
「締約国の少ないアジアの国々にも、ICCが世界で果たす役割の重要性を訴え、締約国になるよう働きかけてほしい」
――日本が「法の支配」の旗振り役をすべきだということですね。
「そうです。ただ、日本の国内法は十分とは言えません。ローマ規程にある戦争犯罪など中核犯罪を犯した人が入国しても、日本には適切に処罰する法律が十分でない。ジェノサイド条約も批准していない。また、それゆえに日本の検察官や裁判官も中核犯罪への知見や経験がなく、中核犯罪の捜査・裁判はもちろん、ICCに協力することも難しいとさえ感じます。日本が目先の利益ではなく、永久に平和で、他国から信頼される国になるには、日本自らが『法の支配』を国内で体現するだけでなく、ICCの役割を補完する体制を作ることが大事です」
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――大国が「力による支配」に傾き、ICC締約国も十分にその役割を果たせていない。「二重基準」がはびこり、世界で「法の支配」が揺らぐなか、ICCの存在意義をどう考えますか。
「現在、欧州も含め様々な国で紛争が起き、国際的あるいは国内的な武装グループによる戦争犯罪も増えています。そうしたなか、ICCに事案を付託する国、また締約国も徐々に増えてきている。ICCが、事件を公正に裁いてきた地道な積み重ねが実りつつあるとも言えます。ICCは『法の支配』を標榜するだけでなく、裁判という形でそれを担保していきます」(聞き手 編集委員・佐藤武嗣、佐藤達弥)
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あかねともこ 1956年生まれ。82年に検事任官。最高検察庁検事、函館地方検察庁検事正などを経て、2018年に国際刑事裁判所判事。今年3月から現職。
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