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歌・唄・詩

2024年2月17日 (土)

「家に居てさえ 今はいないのです」    茨木のり子の「行方不明の時間」が確かに味わい深い

哲学者の鷲田清一さんが古今東西の言葉を届ける朝日新聞1面コラム「折々のことば」が2月16日(金)で、連載3000回を迎えた。アナウンサー山根基世さんと語り合った紙面が2月16日の朝日新聞26ページに大きな記事に。その鷲田さんの「10選」のひとつに「人間には行方不明の時間が必要です」で始まる詩人、茨木のり子さんの詩「行方不明の時間」がとりあげられていた。連載1396回(2019年3月8日)のときだとある。

確か私も読んだことがあると思うが、そのときはそれほどひっかからず、すんなりと読んで通っていたかもしれない。が、改めて その言葉の向こうを思いやると、味わい深い詩なんだねと。鷲田さんが取り上げ、「10選」に入れたのもうなづける。とくに「目には見えないけれど、この世のいたるところに、透明な回転ドアが設置されている」なんては、想像力が大いに働く。

そして、結びの「その折は あらゆる約束ごとも すべては チャラよ」も。この結びはさまざまに解釈することができ、非常に微妙な余韻を与える。茨木のり子さんは「戦後詩の長女」と言われていたが、こんな詩を味わうと、やはり、「いい詩はいいね」とー。

(ネットで探すと、「行方不明の時間」についてのさまざまなコメント付きの記事がある。そのうちから拾ってみたのが、以下の詩だ。もとはよく知られている彼女の詩集「倚りかからず」の一篇だという。この詩集、私も書棚にあるはずなので、あとで探して改めて詩集で読んでみようと思う)

 

茨木のり子「倚りかからず」より

 

行方不明の時間

 

 

人間にはDscf5664jpg_20240217230801

行方不明の時間が必要です。

なぜかはわからないけれど

そんなふうに囁くものがあるのです


三十分であれ 一時間であれ

ポワンと一人

なにものからも離れて

うたたねにしろ

瞑想にしろ

不埒なことをいたすにしろ

遠野物語の寒戸の婆のような

ながい不明は困るけれど

ふっと自分の存在を掻き消す時間は必要です


所在 所業 時間帯

日々アリバイを作るいわれもないのに

着信音が鳴れば

ただちに携帯を取る

道を歩いているときも

バスや電車の中でさえ

<すぐに戻れ>や<今 どこに?>に

答えるために


遭難のとき助かる率は高いだろうが

電池が切れていたり圏外であったりすれば

絶望はさらに深まるだろう

シャツ一枚 打ち振るよりも

私は家に居てさえ

ときどき行方不明になる

ベルが鳴っても出ない

電話が鳴っても出ない

今は居ないのです


目には見えないけれど

この世のいたる所に

透明な回転ドアが設置されている

不気味でもあり 素敵でもある 回転ドア

うっかり押したり

あるいは

不意に吸いこまれたり

一回転すれば あっという間に

あの世へとさまよい出る仕掛け

さすれば

もはや完全なる行方不明

残された一つの愉しみでもあって

その折は

あらゆる約束ごとも

すべては

チャラよ

2024年2月12日 (月)

彼のプレイがいかに魅力的であったかー   クラリネット奏者、鈴木章治の「鈴懸の道」

本日は薪割りに専念したのだが、ふと、聴きたくなったのが、「鈴懸の道」ーこの「鈴懸の道」の演奏で一躍有名になったクラリネット奏者・鈴木章治の「ベストセレクション」だ。解説で知ったが、鈴懸の道はもともとは戦時中の流行歌。佐伯孝夫作詞、灰田晴彦作曲。昭和17年10月、灰田晴彦の弟勝彦の歌唱で発売された。特筆すべきは、この唄よりも演奏だけのレコードの方が売れたというまれなケースだという。426479109_7035848723210581_4031896266830 426575800_7035901286538658_4354458964220 「彼のプレイがいかに魅力的であったかの証左であろう」と。このCDにある「枯葉」はビル・エバンスの演奏でよく知られているが、私も名前だけは知っている高名なジョージ・川口(ドラムス)、松本英彦(テナーサックス)などと演奏しているでした。1957年1月17日、クラリネット奏者ピーナッツ・ハッコーと共演した「鈴懸の道」から1986年2月24,25,28日演奏の「枯葉」などまで、この30年間の「朝日のようにさわやかに」、「浜辺の唄」、「セントルイスブルース」、「我が心のジョージア」など19曲を聴くことかできる。 

2024年2月 9日 (金)

真夜中には、ジャズ・ピアノがよく似合う。    全12曲「MIDNIGHT JAZZ PIANO」がいいね!

「真夜中には、ジャズ・ピアノがよく似合う。」~。解説の山口弘滋さんが書いているが、確かに、私も真夜中にたまに聴くことが。特にこの「Midnight JazzPIANO」がそのひとつ。バド・パウエルの印象的な「クレオパトラの夢」から始まり、名手たちの12曲。マッコイ、モンク、エバンス、コリア、ドリュー、クラーク、ハンコック、フラナガンー。1947年から1968年の演奏を集めている。あまり知らなかったジョージ・シアリングの「ホワッツ・ニュー」のロマンチックなメロディが聞かせる。もとは1938年にボブ・ハガートがトランペッターのために作425526030_7020710011391119_1604468327730 426532080_7020710008057786_3916894656051 曲したのが原曲とかー

2024年2月 8日 (木)

ぽーんと背中を押してもらったような気持ちになる     茨木のり子の詩「一人は賑やか」

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(グラビア 詩人・茨木のり子「倚りかからず」の生涯 「週刊ポスト2010年12月17日号」から転載)




 「家族」ではなく、「孤族」。朝日新聞が年末から連載してきた企画が、進むところまできた日本の今のある社会状況を示している。そのように感じた。久しぶりに読み応えがある連載記事で、さまざまなことをかんがえさせられた。

 「孤族」から「孤独」「孤独死」「孤独な環境」・・・。なんという冷ややかな、寂しそうな響きであることか。それに対し、「独り」ではなく、「ひとり」。その大和言葉?の、柔らかな、そして温かなイメージであることか

 この「ひとり」については、岩手日報の新春版にそれをめぐる哲学者・山折哲雄と歌人・道浦母都子の対談がある。ということを、私の先輩格である花巻市議がブログ「マコトノクサ通信」で紹介している(それへのコメントで詩「一人は賑やか」という詩があることを伝えたら、さっそく、「マコトノクサ通信」がアップしていた~。先を越されてしまったのです~)

 その「ひとり」、いや「一人」であることの深さとか、豊かさとかのプラスの側面をうたった詩に、茨木のり子の「一人は賑やか」がある。もちろん、だれにも頼らないで生きる自立は、その通りなら孤立だと指摘する構造主義哲学者?内田樹の「一人で生きられないのも芸のうち」というのもある。

 そして、内田樹の指摘は、その通りだとうなずけるのだが、茨木のり子の「一人は賑やか」は、また別のものだ。「一人でいるとき淋しいやつが、二人寄ったら なお淋しい。おおぜい寄ったなら・・・」(この後は核心なので、後記の詩で)。いわば思想に近い「一人」なのだ。それを「賑やか」というキイワードで記す。味わい深い詩だと思う(結びの「恋人よ・・・」も、さすが、茨木のり子だなぁ~)。

 ところで、「週刊ポスト」が昨年12月17号で茨木のり子をグラビアで記事にしていた。彼女の評伝『清冽』(後藤正治)が2010年11月に出版されていた。その後藤さんのコメントを中心に編まれた記事だった。

 そこで後藤さんはこんなコメントをしている。「茨木さんの詩を読んでいると、ぽーんと背中を押してもらったような気持になる。(略)。こうした凛とした思想は詩だけでなく、彼女の一貫した生き方でもあったと思います」。これはますます評伝『清冽』を読まないといけない~。

詩 一人は賑やか

          茨木のり子

一人でいるのは 賑やかだ

賑やかな賑やかな森だよ

夢がぱちぱち はぜてくる

よからぬ思いも 湧いてくる

エーデルワイスも 毒の茸も

                                                    

一人でいるのは 賑やかだ

賑やかな賑やかな海だよ

水平線もかたむいて

荒れに荒れっちまう夜もある

なぎの日生まれる馬鹿貝もある

                                                    

一人でいるのは賑やかだ

誓って負け惜しみなんかじゃない

                                                    

一人でいるとき淋しいやつが

二人寄ったら なお淋しい

おおぜい寄ったなら

だ だ だ だ だっと 堕落だな

                                                    

恋人よ

まだどこにいるのかもわからない 君

一人でいるとき 一番賑やかなヤツで

あってくれ

 

以上の記事は2011年1月7日の「霧降文庫」から。2011年3月11日の福島第一原発事故・東日本大震災が起こる2カ月前だった。当時はこんな長文の記事を書く心の余裕があったことがうかがえる。そのことを思い起こしながら、あえてこの記事のアップから13年後の2月8日(木)のBLOGに転載することにしましたー。

 

2024年2月 7日 (水)

きょうの私にさよならしましょ。    「幻の童謡詩人」金子みすゞの「さよなら」   

考えたら、このところ、金子みすゞについて、読んだり、書いたりしていないことに気づきました。金子みすゞの全集3巻を読んだのはもうだいぶ前になるー。ふと、思い立ち、改めて思い起こそうとー。過去の「霧降文庫」の記事を読み返してみました。

 「永遠の詩 シリーズ01」『金子みすゞ』(小学館)を私の友人で、茨城の詩人(同人誌「序説」同人でもある)磯山オサム君が日光霧降高原の「図書館」に寄贈してくれた。
 「だれかに読ませたいあなたの大切な一冊の寄贈を」。それに応えてくれた。それも「3・11」後の今、改めて読まれるべき詩集を。さすがいい本を選んでくれるな、そう思ったことだった。
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 「幻の童謡詩人」と呼ばれた金子みすゞは、いまではもうすっかり国民詩人になった(それにしても、大変な感性の持主だった彼女が若くして自死してしまったことは、ほんとうに残念だー)。「おさかな」「大漁」「木」「私と小鳥と鈴と」「蜂と神様」「明るい方へ」など、いずれも心に沁みこむ詩だ。それぞれに「私のみすゞさん」があることだろう。
 その中でも今回は「さよなら」を。確かにいい詩だ。私も読んでいるつもりだったが、これまで読み飛ばしていたかもしれない。彼女を「再発見」した矢崎節夫さんの解説によると、声に出して読むと、見事に絵になって見えるという。「きょうの私にさよならをいう。一度きりの今日の私に」
 私もこのブログを書きながら、声に出して読んでみました。今、夕闇が近づいてきたところなので、さらにその光景が浮かんできました。
 さよなら
               金子みすゞ
降りる子は海に
乗る子は山に。
船はさんばしに、
さんばしは船に。
鐘の音は鐘に、
けむりは町に
町は昼間に、
夕日は空に。
私もしましょ、
さよならしましょ。
きょうの私に
さよならしましょ。

 

2024年2月 3日 (土)

深夜に聴くにはもってこいのJAZZはこれ!   13人の「サックスでミッドナイト・トリップ」

深夜に聴くにはもってこいの「サックスでミッドナイト・トリップ」。「講談社CDブックス」発売だったのですね。ずいぶん前から持っているが、きちんと聴いていなかったかも。確かにうたい文句の「Modern Jazz 名曲!名演!」集。アート・ペッパー、ソニー・ロリンズ、ジョン・コルトレーン、スタン・ゲッツ、ソニー・ステットなどの13人の演奏が次々と〰️。今夜はいつものドイツワイン「Madonna」のBGMとしてー。 425455642_7000232763438844_9106382484468 425503673_7000232766772177_7232253540960

2024年1月20日 (土)

昼飯のBGMに「軽やかにきらめくピアノ・バラード」   エバンスやドリューなどの「afternoon tea 」

昼飯のBGMでときたま聴くのが、この「afternoon tea 軽やかにきらめくピアノ・バラード」。ビル・エバンス、ケニー・ドリュー、ハンプトン・ホーズの各トリオなど。エバンスの「スプリング・イズ・ヒア」をトップに全12曲。解説が28ページもあり、ミニコラム「ジャズ・ヴォーカルのお茶はいかが?」とか、「20年代ジャズ」とか「ウエストコーストジャズのお話」など、かなりていねいなつくりのCDだ。このときの「スプリングー」は、エバンスと若くして事故死した天才的なベース奏者ラファロとドラムのモチアン、1959年12月28日、ニューヨークでの演奏から。ラファロがメンバーのさすがの音色だなぁーと。アート・ペッパーの「ユー・ビー・ソー・ナイス〰️」も印象的だ。 420886421_6944059272389527_7213306699074 420845316_6944059275722860_6098044964380

2024年1月14日 (日)

スタン・ゲッツの「イパネマの娘」の演奏がいいね!    薪づくり作業に向けた気分を高めるために

昨日の日光霧降高原は今冬の初雪だったが、夕方までに降り止め、ほとんど積もらず。きょう14日(日)の昼頃には雪は消えていた。天候も完全回復の快晴に。とすれば、いかにも手薄になっている薪づくりへ。そのためには、気分を少し高めへ。それならば、調子の良い音楽を聴きながら。なので、スタン・ゲッツの「イパネマの娘」がある隔週刊「Cool Jazz collection」8号付録のCD(全5曲)を聴こうと。ジャケットを見ると、2008年7月発行とある。確か、格安店で買い求めたジャズCDのなかの一枚だ。これまで何度も聴いているが、いつも「この歌のスタン・ゲッツのテナーサックスは格別に魅力的な419163013_6922789494516505_5671643999599 418483732_6922789491183172_2241840631116 演奏だなぁ」ーと感じている。

2024年1月10日 (水)

魅力いっぱい「ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー」    八代亜紀を偲んで聴いた「夜のアルバム」(全12曲)で

八代亜紀を偲んでー。もちろん、八代亜紀といえば「舟歌」、「舟歌」といえば、八代亜紀だが、その「演歌の女王」とは別の顔も彼女だ。「夜のアルバム」」。2012年の発表だった。もうあれから10年以上も過ぎたのか(時の経つのが早い)ー。ニュースを知ってすぐに買い求めたのを覚えている。もともとクラブのジャズ歌手だったので、手慣れた歌い方だ。「フライ・ミー・ツゥ・ザ・ムーン」や「枯葉」「虹の彼方に」など全12曲。なかでも「ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー」は、特徴のあるハスキーボイスが魅力的で、というか、テンポのよい流れるようなメロディにぴったりの歌声とあって、思わず何416387992_6907166732745448_4946775416603 416341685_6907166729412115_5246123160283 度も聴きたくなります。その死を惜しんで。合掌。 

2023年12月13日 (水)

「そんなたおやかな演奏もしているのだったのかー」  オスカー・ピーターソンの「虹の彼方に」など

オスカー・ピーターソン(1925ー2007)は、あふれる演奏ととんでもない指の運びは承知しているが、いつも「酒とバラの日々」のようなあっけらかんの明るすぎる演奏がどうも苦手だった。ただきょう聴いたCDからは少し認識を改めないといけないかもと思わされた。収められた名高い12曲の中にはやはり「サテン・ドール」など、いつもの私の感覚では「飛んで跳ねる」ピーターソン流の演奏だが、「虹の彼方に」(1939年の映画「オズの魔法使い」の主題歌とか)や「ピープル」(ミュージカル「ファニー・ガール」のヒットナンバー)などをよくよく聴いてると~。「えー、そうなのか、たおやかさ、抒情性も感じられるこんな演奏もするのだねー」と。「鍵盤の皇帝」と呼ばれていたという(私は「ジャズピアノの帝王」といった覚え方をしていましたがー)彼がカナダ出身であることを初めてネットで知りまし409414574_6807669649361824_7662108803898 409414574_6807669649361824_7662108803898 Photo_20231213214601

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