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脱原発

2018年8月16日 (木)

自然壊すメガソーラー、いらない 横根高原計画で日光市に質問状

日光市長   大嶋一生様 

2018年8月3日(金)

「足尾町横根地区メガソーラー発電所計画状況について」質問事項

 

「横根高原の自然を守る日光市民の会」

 

                     共同代表  神山隆之

                          同   長井一雄

                          同   奈柄計治

                          同   藤井 豊

                          同   渡邊裕一

 

7月23日(月)、日光総合会館中会議室で行われた日光市による市民団体「横根高原の自然を守る日光市民の会」に対する説明会と話し合いでは、貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。だだし、時間切れのため、さらに説明を受けることがかないませんでしたので、文書で質問書を送ります。

 

私たちに対する日光市の追加の説明や考え方などについて、8月22日(水)までに文書でご回答いただければ、ありがたく思います。お手数ではありますが、どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

●地域と共生できない太陽光発電は「不要」について

(1)資源エネルギー庁の「太陽光発電 事業計画ガイドライン」(2017年3月策定 2018年4月改訂)では、「地域との関係構築」という項目を設け、「事業計画作成の初期段階から地域住民との適切なコミュニケ―ション図るとともに、地域住民に十分配慮して事業を実施するよう努めること」と促しています。しかし、今回の「横根高原」で、事業者側に「地域住民とのコミュニケーション」や「地域住民に十分配慮して」いるところが見えません。この点をどうお考えでしょうか?

 

(2)横根高原と同じ規模のメガソーラー発電など、トラブルが目立つ静岡県の太陽光発電に関連して、経産省は「地域と生きられない太陽光発電は不要」(山崎卓矢・資源エネルギー庁新エネルギー課長)と発言しています(SBSテレビ イブアイ静岡 7月16日)。「地域と共生」できない今回の「横根高原メガソーラー発電所建設計画」は、この面からも、そもそも、無理難題を日光市に押しつける代物です。日光市のお考えはいかがでしょうか?

 

●脱法まがいのFIT法の「横根高原」事業認定について

(3)事業者側は、「横根高原」の計画地域を規制の緩やかな一区画「出力50KW以下」の「220個」に分けて「分割申請」し、2016年11月に、改正FIT法(「電気事業者再生可能エネルギー電気調達特別措置法」、2012年7月施行、2017年4月改正)の分割申請で国の事業認定を受けたようです。しかし、国はこの「分割申請」は2014年4月から禁止しています。申請自体は禁止以前かとみられますが、こうした脱法まがいの手法について、日光市はどうとらえておられるでしょうか?

 

(4)計画区域の「横根高原」はご承知の通り、地域一帯ですが、あえて「220個」に分けて、なんとしても事業認定を受けるという行為は、まっとうな企業活動とは思えません。経産省は「ルールに従わない事業者は国も認定を見直す」としているようです。今回の事業認定について、今後、国よる「認可の差し戻し」、あるいは「是正命令」も考えられなくもありません。こうしたルール違反まがいの建設計画をどうお思いでしょうか?

 

●「自然公園普通地域内工作物新築行為届出書」の不備について

(5)、事業者側は「栃木県自然公園条例」に基づき、「普通地域内工作物新築行為の届け出」を「今年3月下旬」に日光市に提出したという説明がありました。しかし、書類上の「ミスがあり、補正が必要」とし日光市はその「訂正指示」を出し、5月9日に届け出を受理したとうかがいました。日光では、1万2000筆にのぼる建設差し止めを求める市民の陳情、その陳情を日光市議会が圧倒的多数で採択しています。今年4月から日光市は太陽光発電規制条例(日光市太陽光発電設備設置事業地域環境調和条例)を施行しています。その状況を受ければ、届け出を受理しない、受け付けないという判断をすることも可能だったのではないのでしょうか?

 

(6)一方、今年4月から施行された栃木県の指導指針(栃木県太陽光発電施設設置運営等指導指針)で、横根高原のような県立自然公園は(たとえ普通地域でも)「立地を避けるべきエリア」とされています。こうした栃木県の条例に適していない「横根高原」にメガソーラー発電を計画しようという届け出は、書類上の「不備」という機会をとらえ、「無効」という判断となり、突き返すということもありえたのではないでしょうか?

 

(7)この「届け出」について、「書類上の不備」があったといい、「是正指示」をしたということですが、その「書類上の不備」、「訂正指示」は、どんな内容だったのでしょうか?また、当初の「届け出」は3月下旬という説明でした、それは3月の何日だったのでしょうか?

 

貴重な環境を守る環境保全「要綱」について

(8)鹿沼市は28年11月に「環境保全」を理由に「不適」と回答したことで、事業者側は鹿沼市から手を引き?29年3月に日光市に対し、「日光市側だけの建設計画」に切り替え、その際、30年2月、日光市側の市有地を除く「59㌶、43・5メガ」を計画しているとした相談を日光市に行ったとされます。日光市は「鹿沼市と同じく、計画に反対の立場であること、その姿勢である」ことを事業者に伝えたといいます。その際、事業者は、どのような反応、どのような返答をしていたのでしょうか?

 

(9)7月23日の説明会では、「鹿沼市のような環境保全要綱があったら、事業者側も日光市だけにこだわる計画を相談することはなかったろうし、日光市もその相談を受けられない、と、そのように説得できたのではないか・・・・・」、というようにうかがえました。メガソーラー発電所建設計画のほか、環境を破壊しかねないさまざまな再生可能エネルギー施設計画を規制していくような環境保全の「要綱」を今後、日光市も作成していく用意、日程はおありでしょうか?

 

●59㌶、43・5メガの太陽光発電所計画について

(10)事業者側は、FIT法による事業認可について、各区域を「50KW以下」に分け、「220ピース」にしているようですが、仮に最大「50KW」としても、単純計算で合計は11メガです。事業認可されているという大きさは、その約4倍です。事業者側は、これらの数字について、どのように説明しているのでしょうか?

 

(11)今後の手続きとして、県との事前協議がありますが、環境に及ぼす影響について、あらかじめ調査・予測・評価を行い、その情報を公開し、県民・市民の意見を事業計画に反映させる手続きを定めた栃木県の「環境アセス」(「栃木県環境影響評価制度」)があります。今回の「横根高原メガソーラー建設計画」は当然、この対象になると思いますが、その根拠条例や仕組みについて、わかりやすく説明してください。

 

(12)「横根高原メガソーラー建設計画」について、「環境アセス」に移る場合、電力ケーブルの敷設、希少動植物類であるクマタカ、二ホンカモシカ、チシマウスバスミレなどの生息のからみから、日光市としては、「ハードルが高い」とみているとのことでした。このような大規模なケーブルは鹿沼市側が想定されているようですが、どのルートに敷設するのでしょうか、鉄柱や変電所は?とくに鹿沼市や鹿沼市の地権者たちへの説明はあったのでしょうか?

 

●CS栃木鹿沼合同会社について 

(13)「CS栃木鹿沼合同会社」は、「資本金1円」で、27年1月22日に会社を設立し、当初の本店は、東京都新宿区西新宿二丁目1番1号新宿三井ビル50階にありました。ここはソーラー発電所の開発、建設、運用、保守管理などを行っている「カナディアン・ソーラー・プロジェクト」の住所です。しかし、29年6月1日に東京から鹿児島県鹿屋市に本店を移しています。なぜなのか?「不可解」とも思えるこの移転について、当該市としては、その事情を知る必要があります。日光市が事業者に問い合わせ、その理由を日光市として把握する一方、日光市民に説明してください。

 

(14)「CS栃木鹿沼合同会社」が、最近、事業体ごと権利を売買するかもといった話も伝わっているようですが、日光市でも「今後どうなるか、不明な点がある」とみているようです。これは私たちにも初耳です。経産省のガイドラインから逸脱する建設地の選定といい、市民や市議会の意思を無視している計画づくりといい、脱法まがいの事業認可取得といい、社会的にとても信用がおけないように思いますが、それらについて、どうお考えでしょうか?

 

●住民、市民の信頼について

(15)栃木県指導指針では特に、「地域住民と事業者との防災、景観、環境面での合意形成」を挙げています。私たちや市民の1万2000筆の「建設差し止め」は、そうした点を自然環境も含めてその思いを示し、反対の声を上げているのですが、その思い、声を行政はもっと直接に真正面から受け止められないのでしょうか?

 

(16)同じく栃木県指導指針では、「説明すべき地元関係者の範囲や内容、手順などについて、市町に相談し、検討することが有益」と指摘しています。「地元関係者の範囲」について、日光市は相談を受ける権限があります。今回のケースでは、首都圏、県内、市民が日頃親しんでいる県立自然公園であり、その「範囲」をより広くとるべきではないでしょうか?

 

(17)同じく栃木県指導指針では住民の声を「事業者は事業計画への反映を率先して行うことで、市民や住民から信頼が得られ」とあります。7月23日の説明会で日光市は「法にのっとって進めていく」ということを強調しておりましたが、このまま進むと、「市民や住民の信頼が得られる」とは思えません。日光市は今後、どのような見方、態度、姿勢で事業者に臨むのでしょうか?

 

●西日本豪雨が示すメガソーラー発電所の危険性など

(18)土地開発行為に伴う「許可基準」は、次の4つのおそれが発生しないことが必要とされています。いわく、1 土砂の流出又は崩壊などの災害を発生させるおそれがある、2 水害を発生させるおそれがある 3、水の確保に著しい支障を及ぼすおそれがある 4、周辺地域の環境を著しく悪化させるおそれがある。私たちの陳情でも記しましたが、大きな風水害や大地震などにより、計画地では「周辺地域の環境を著しく悪化させる」ことはもちろん、「土砂流出、崩壊」などの災害を発生させる恐れ」があり、「水の確保に著しい支障を及ぼす恐れ」などもリアルに想定できます。これらについて、日光市はどのような見方をしているでしょうか?

 

(19)特に今夏、平成に入って最大規模の災害となった「西日本豪雨」では、山陽新幹線の線路わきの傾斜地にあるソーラーパネルが崩壊し、安全確保のため、一時、運行がストップする事態が起きたり(神戸市)、傾斜地の太陽光発電施設が3600平方㍍にわたって崩れ落ちたりしています(姫路市)。「現在進行形」で風水害による太陽光発電所の崩壊が起きているのが現実です。「横根高原」という県立自然公園の自然や景観の保護もさることながら、ここでの開発行為がもたらす災害の可能性について、もっと、警鐘を鳴らすべきではないしょうか?

 

●日光市の主体的な態度、姿勢方針について

(20)1ヘクタール以上(都市計画区域外)は日光市の(平成21年4月から県から市への事務に)、5ヘクタール以上は栃木県の許可が必要ですが、栃木県への手続きにしても、窓口は「建設予定地の市町村」です。日光市が「意見を付与」して県へという手続きになるはずです。日光市の主体的な態度、方針が大事になると思いますが、それについてのお考えを改めてお聞かせください。

 

(21)日光市条例によると、4月の条例施行前にFIT法の「事業認定の申請がされていたため、附則第3項により適用対象外」という説明ですが、単に「適用対象外」ということだけで済むのでしょうか?「附則第3項により適用対象外」について、もっとこまかくかみくだいて説明を加えて欲しいです。

 

●沢山の市民の反対、市議会の「建設差し止め」陳情採択の重みについて

(22)これほど沢山の市民が反対し、市議会でも「建設差し止め」の陳情を圧倒的に採択したことの重みを日光市は、どう受け止めているでしょうか?今後、日光市としては、今回の計画について、反対の姿勢であることを「文書」で事業者側や私たち市民に示すことはできないでしょうか?

                   了

2018年8月14日 (火)

現地で視た東海第二原発の「全体像」  貸し切りバス市民団体見学会

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現地で知った東海第二原発の「全体像」

 

~「東海第二原発見学会&海の幸お楽しみ会」~

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「東海第二原発見学会&“海の幸お楽しみ会”」に参加したのは総勢23人。29人乗り貸し切りバス(「鹿沼観光」)に乗車したメンバーは日光を中心に宇都宮、小山、那珂川、茂木の各市町から。当日5月26日(土)の天気はほどほど。コースは日光発、宇都宮経由、東海村へ。今回の見学会は行うべき機会に行うべき企画でしたが、思っていた以上に知り得たことがあった、実りの多い取り組みだったと思います。最初にその見聞で得た「成果」について、箇条書きしておきます。

 

 東海第二原発(茨城県東海村、出力110万㌔㍗、沸騰水型軽水炉)を実際に直に訪れ、原発PR館で日本原電が主張する「3・11」を教訓とした「安全対策」を聴くことができた。

 「東海第二原発運転差止訴訟原告団」の共同代表から、東海第二原発の立地上の特殊性がもたらす過酷事故の危うさを伝えられた。

 高レベル放射能廃棄物を大量に保管する「東海再処理工場」の立地状況を視たうえ、「安全対策」がいかに手薄であることかを知った。

 再稼働について周辺自治体と日本原電が全国で初めて結んだ「実質上事前了解」を核とした「新協定」の市民団体ならではの見方や評価を知ることができた。

 東海第二原発の再稼働を巡る一連の運転差止訴訟の「ヤマ場」や今後の見通しなど、いわば、「全体像」を鳥瞰することが可能になった。

 東海第二原発の再稼働を認めさせない地元の「核」となるものはどのようなものであり、私たちができうる「行動」はどんなものがあるかを知ることができた。

 「原発いらない栃木の会」と「さよなら原発!日光の会」という栃木県の二つの市民団体が「共催」し、23人の参加者が快くツァーを終えることができた。

2 「稼動延長を認めない陳情」とセットに

バスに全員がそろったところで、幹事である富岡と長谷川憲文さん(「原発いらない栃木の会」事務局)、及び福田洋吾さん(「さよなら原発!日光の会」事務局長)から、今回の見学会を実施したいきさつ、東海第二原発関連資料、“海の幸お楽しみ会”について、現地の日程などについて、説明を加えた。さらに参加者それぞれが次々と自己紹介。北関東自動車道の笠間インターチェンジで一休みしたが、ややすると那珂湊港「お魚市場」(茨城県ひたちなか市)へ。

 「東海第二原発を視に行こう」ということは、2月に開催した「さよなら原発!日光の会第6回総会」で決めておりました。というのも、11月に運転開始40年を迎える東海第二原発の再稼動を認めない運動の一環として、日光6月市議会に陳情を提出しようと決めてもいたからです。それも「陳情を出すなら、一度は東海第二原発も視ておかないといけないよね」。事情は「原発いらない栃木の会」も同様です。「それなら見学会を共催で」という話になり、とんとん拍子に決まりました。特に長谷川さんは東海第二原発運転差止訴訟原告団の一人として、口頭弁論の度に水戸地裁へ。その人脈から、原告団共同代表・相沢一正さんを講師にきちんとしたレクチャーを頼むことができました。

 東海第二原発の稼働延長反対については、すでに益子町議会が昨年12月議会で、茂木町議会が今年3月議会で採択をしています。「原発いらない栃木の会」では、さらに県議会や宇都宮市をはじめとする全市町村議会に陳情を提出することを決めておりました。今回の見学会は、こうした各市町村6月議会に「再稼働反対」の陳情を提出するその最中の企画。車中では、そうした陳情と「セット」になった、どうしてもやっておくべき企画だったことなどを伝えました。

同時に「せっかくひたちなか市に行くなら、海の幸も楽しみたい」、そんな声が上がっていました。結局、お魚市場にある「森田水産」で昼食がてら立ち寄ることにしたのです。12時半には東海発電所、東海第二原発がすぐそばにある原発PR館「東海テラパーク」へ。その日程を横目に少しのんびりしたランチタイムを楽しみ、「さぁ、東海第二原発へ」。

3 すぐそばに正式廃止の「東海再処理施設」

 いよいよ東海第二原発へ。そこへ向かう途中、バスの車内で長谷川幹事が「これからの道路際には原子力関連施設が次々に出てきますから」と、アナウンスする。すぐに原発の使用済み核燃料からプルトニュームを取り出す日本原子力研究開発機構の「東海再処理施設」がすぐ横手に見えてくる。施設内には高レベル放射性廃液約360立方㍍のほか、廃液とガラスを混ぜた固化体約310本を保管しているという。東海第二原発の災害が起きた場合、この再処理施設との「同時複合災害」の危険性があると指摘されているやっかいな施設だ。

 私たち「原発いらない栃木の会」などが県議会や各市町村6月議会に示した「東海第二原発の稼働延長を認めない陳情」でも、これらの関連施設から「放射性物質がまき散らされ、人が近づけなくなると、これらの施設はーNo Control―となり、首都圏どころか、日本の壊滅が待っています。東海第二原発で過酷事故が発生したときには、このように他の原発にはない過酷な複合事故の懸念があります」と指摘しています。

 ということを思い浮かべながら、施設をあっという間に通り過ぎたのだが、見学会を終えて半月強後の6月13日、原子力規制委員会は、この「東海再処理施設」について、日本原子力研究開発機構の廃止計画を認可したという。6月14日付の朝日新聞によると、約1兆円の国費を投じ、今後70年かけた廃止作業が正式に始まる。計画自体は2017年6月に原子力機構が規制委に申請していた。再処理施設の廃止は国内では初めて。現地見学会を終えたばかりだったことで、このニュースの大事さをより身近に感じたのでした。

 その再処理施設から約3㌔行くと、そこは東海原発のPR館「東海テラパーク」(茨城県那珂郡東海村)。門までに長い進入路は、人為的なS字カーブの連続。「何?これ~」。声を上げ、そのバリケードをやりきって、入口へ。バスを降りると、すぐに右手に東海原発と東海第二原発がやや遠方のところに建っているのはわかる。

 4 安全強調する原発PR館「東海テラパーク」

「東海テラパーク」では、私たち一行を「待ってました」というかっこうで、特別のチェックもなく、受け入れてくれました。「楽しく21世紀とエネルギーの世界にご案内します」といううたい文句のミニ講堂といった「第一コミュニケーションホール」へ。用意されていたのは、「東海第発電所、東海第二発電所」、「東海第二原発の安全対策について」などの関連資料。その資料袋の表面には、福島第一原発事故後となっては、なんともむなしいというべきか、私にとっては「時代錯誤」と思える宣伝文句が記載されておりました。「地球にやさしいエネルギー・原子力発電」と。

 案内役の職員は主に東海第二原発の「安全対策」について、スクリーンの画像でていねいに説明を行い、質疑応答も。説明では、福島第一原発事故を教訓に、地震・津波の対策として、建屋や設備などの設計の基本となる揺れの大きさ・基準地震動をより厳しく見直して、「1、009ガル」に設定したこと、防潮堤に津波が到達したときの最高水位・基準津波を標高「17、1㍍」と設定し、それより余裕を持たせた標高最大「20㍍」の防潮堤を建設していると強調しておりました。さらに重大事故対策のため、高圧電源車5台や低圧電源車4台を配備済みだとも述べておりました。

 福島第一原発事故当時、東海第二原発はどのような状態だったか、私たちの関心のあるところ。それについては、「東海第二原発に押し寄せた津波の高さは5、4㍍でしたが、この防潮堤の高さは6、1㍍だったことで、助かりました」などと、「ここは大丈夫でした」と強調するかのように説明するだけでした。しかし、実際はそんな生易しい状況ではなかったことはその後のニュースでも明らかにされている。特に、福島第一原発事故当時、東海村長だった村上達也さんによると、東海第二原発も地震で外部電源を喪失しており、「半年前の防潮堤のかさ上げといい、一週間前の穴埋めといい、本当にギリギリのところで救われた」という、まさに、あわや、という状態だったのだ。

5 東海第二原発も「外部電源喪失」の事態だった

村上達也・東海村長とジャーナリスト・神保哲生さんとの対談集『東海村村長の「脱原発」論』(集英社新書)が詳しいが、それによると、東海第二原発も外部電源喪失で、非常用のディーゼル発電機が動き出し、原子炉の冷却系が動き出した。しかし、非常用ジィーゼル発電機3台のうちの1台の海水ポンプが津波で水没して停止してしまった。使えるジィーゼル発電機が3台から2台になったことで、2系統ある残留熱除去系のうち、1系統がストップしてしまっている。

 もともとの防潮提は4、9㍍。これを大震災の半年前、6、1㍍にかさ上げしていた。しかし、高さを上げる工事の際に、この防潮堤の壁に排水用側溝を切っていた。つまり、壁には部分的に穴が開いており、ほかにもケーブルを通す孔も開いていたままだった。これらの隙間を埋める工事を終えたのが、3月4日。村上さんは「言うまでもなく、これは震災前のたった1週間前のことです。工事の完了が1週間遅くて、配管の周辺が開いたままのときに津波が襲ってきていたら、水が浸入し、ディーゼル発電機3台が全滅していたかもしれない」と語っている。

しかし、「東海テラパーク」側の福島第一原発事故当時の東海第二原発の状況説明は、あまりに当時危機的状況を棚に上げ、あの手この手の安全対策を打っているといった一方的な説明。そのため、はじめは質問しようとは思っていなかった私ですが、思わず手を挙げて、問いかけたのです。

「5、4㍍の津波に対し、東海第二原発は防潮堤が6、1㍍だったので、助かったと言いますが、東海村の当時の村上村長によると、その防潮堤のかさ上げ工事がほぼ終わったのは、3・11のわずか1週間前だったと言っています、当日は津波のため、一台の海水ポンプが浸水したため、冷却系の一系統がストップしてしまったというではないですかー。『東海第二原発は大丈夫だった』といったことだけでなく、危うい危機的状況にもあったことで、それを教訓に今は安全対策に力を入れているということも、私たちに伝えるべきではないですか」。といった趣旨の問いかけをしたのです。

その質疑応答の前にすぐ近くの「原子力展示ホール」へ。ここでは女子職員が応対し、てきぱきと東海第二原発などの炉心部などについて、手慣れた解説を加えました。とくに東海第二のような沸騰水型下原子炉(BWR)や、やはり日本原電の敦賀第第二のような加圧水型原子炉(PWR)の違いについて、ミニ模型で説明してくれました。沸騰水型は原子炉で水を文字通り沸騰させて蒸気をつくり、それを直接タービンに送って発電させる仕組み。加圧式型は原子炉内の水を高温・高圧にして、それを蒸気発生器に送る、その蒸気発生器では、別系統の水を沸騰させ、つくった蒸気をタービンに送って発電させるー。模型でその説明を受けながら見学したことで、「なるほどねー」と、その違いを実感したことでした。さらにその沸騰水型と加圧水型のそれぞれの実物大の燃料棒と燃料集合体を示しながら解説してくれたことが印象的でした。

6 東海第二原発運転差止訴訟は「秋がヤマ場」に

 午後2時からは東海第二原発運転差止訴訟原告団の相沢一正・原告団共同代表のレクチャーに。相沢さんは、会場である東海村の「舟石川コミュニティセンター」入口で私たちのバスを待っていてくれました。すぐに一階の大きな和室でハコのような輪になって、相沢さんのレクチャーへ。というか、共同代表を務めているその当人の話しとあって、非常に濃い有意義な「講義」でありました。

 長谷川さんがバス内で参加者に配った「プロフィール」によると、相沢さんは東海村の元村議。原告団共同代表のほか、「脱原発とうかい塾」の世話人を務めている。そういえば、このコミュニティセンターの「きょうの案内」では、「脱原発とうかい塾」と書いてありました。今回のレクチャーはその塾の一環として行われたのでした。

 相沢さんが用意してくれていたのは、レクチャーのレジュメ1枚とこの3月29日に茨城県を「立会人」に、東海村のほか、日立、ひたちなか、那珂、常陸太田、水戸の6市村と日本原電が結んだ「新協定」(日本原電と東海第二原発の新規制基準適合に伴う稼動及び延長運転に係る原発周辺の安全確保及び環境保全に関する協定書)4枚、それに「東海第二原発運転差止原告団」、「原発いらない茨木アクション」、「脱原発とうかい塾」のフライヤーや会報、さらに6月30日と7月2日に開く「小泉純一郎元総理講演会DVD上映会」の案内チラシ。

 相沢さんのレクチャーは質疑応答も含め、約2時間。いずれも私たちが知るべき豊かな内容だが、そのポイント、キイワードとなる部分だけ紹介したい。

相沢さんは、まず最初に放射能の危険性について力説した。「死の灰は無力化、無害化できない、放射能という毒物は消すことができない、いわば中世の錬金術と同じ。人がつくった機械は予想もできない原因で壊れるということを、福島第一原発事故が証明した」と強調した。続いて、福島第一原発事故で農山間地である福島県南相馬市小高区神山のコミュニティが破壊されてしまっている現状の見聞について報告した。

レクチャーの前半の核と思われたのは、東海第二原発が運転開始40年となる今年11月27日までの許認可に関する日程と動き。原子力規制委員会の許認可はこの間に、「東海第二原発設置変更許可・新規制基準適合性審査合格」、「運転期間延長許可」、「工事計画許可」、「保安規定許可」の4つの許認可が必要になるという。

今後想定されることは、8月にも日本原電から事業計画が出され、新規制基準審査の許認可については、9月あたりがヤマ。その後、パブリックコメントとなる。

7 津波の備えがない「東海再処理工場」

福島第一原発事故当時の東海第二原発の模様についても触れ、外部電源喪失で、相沢さんによると、冷却系統が半減し、冷却不足となった。炉内の気圧を下げるために蒸気を逃す「主蒸気逃し弁」を自動と手動で計170回も開閉(ベント)した、ようやく温度が抑えられるまで3日半の危機が続いた(『東海村・村長の「脱原発」論』でも、「3月13日までの2日間で170回開閉したのです」と、その危機的状況を伝えている)。

 相沢さんはさらに「放射能の閉じ込めに失敗する要因」として、東海テラパークで職員が安全対策のひとつとして挙げていた「基準地震動」の甘さなど4項目を伝えた。この基準地震動だが、ストレステストで原子炉が破壊される振動は1、039ガルとされている。これに対し、東海第二原発のそれは、設計時の270ガルから1、009ガルに引き上げられてはいるが、耐震設計上、余裕がない。「こんなことで大丈夫なのかー」とも危惧した。

 この基準地震動もそうだが、私たちにとって、驚きだったのは、「東海再処理工場」の安全対策の手薄さの指摘。東海第二原発は、日本原電が胸を張るように、高さ20㍍の防潮堤を備えていくが、この「東海再処理工場」では、「廃止されるということで、改めて防潮堤をつくろうとしない。東海第二と地続きで海抜7㍍にある。防潮堤がないのだから、津波がストレートに入って来てしまう。そうなった場合、どうなってしまうのかー。これは東海第二の独特の地域の特殊性だ。それを強調したい」と話した。

8 「実質的事前了解」が核の「新協定」

 「そうだったのか、ストレートな手放しのような新聞報道とやや違い、緊張感のある協定だったのかー」。東海第二原発の再稼働をめぐる日本原電と立地自治体との、いわゆる「新協定」だ。相沢さんの後半のレクチャーは、「実質的事前同意」をキイワードにした「新協定」。3月29日に結ばれた。東海村に加え、30㌔圏にある周辺5市との、6条で構成された協定のことだ。

 3月30日付朝日新聞は一面カタで大きく扱い、「再稼働、周辺5市の了解必要、東海村含め、第二新協定」、あるいは「立地外の原発同意 条件」「理不尽な枠組みに風穴」といった見出しになっていた。しかし、この日の相沢さんの解説を聴くと、大きな成果ではあるが、そう簡単ではないということも思い知らされた。

 というのも、市民運動としては、20年延長の申請前に「稼動・延長運転については、事前に6市村の了解を得るものとする」という条文を入れたかったという。しかし、紆余曲折の末、結ばれた協定では、「事前了解」その文言は入らなかった。

 協定の核となる第6条(実質的事前了解)は以下のようだ。「日本原電が新規制基準適合に伴う稼動及び延長運転をしようとするときは、6市村の意見の提起及び回答の要求、並びに日本原電の回答の義務、6市村の現地確認の実施、協議会における協議、並びに6市村の追加の安全対策の要求と日本原電による適切な対応義務とを通じた事前協議により、実質的に6市村の事前了解を得る仕組みとする」

9 住民も首長を介して権限に関与できる

 「事前了解を得る仕組み」という、非常に微妙なというか、意味を深くとることができる内容だ。ただし、相沢さんは、協定後の3月31付東京新聞の日本原電社長のインタビュー記事を紹介。その記事では「協議について、『私たちから協議を打ち切ることはない』と、再稼働を強行しないと、改めて説明した」とある。レクチャーで「再稼働を強行しない、という発言を私たちは重くみている」とした。協定は「とことん協議するということだが、ある部分あいまいにされている」とも話し、日本原電に突破される可能性もないではないという協定であるという見方も示した。

 福島第一原発事故の反省から、原発の防災対策の重点区域は30㌔圏に拡大された。しかし、再稼働の事前了解の権限は、あくまで原発の立地市町村と道県にしか認めてこなかった。避難計画を立て、実施する責務を法的に負う自治体が再稼動の可否の判断に加わるのは当然のことだと思う。それが今回、全国で初めて明文化された。それを改めて現地で詳しく知ることができた。

 その協定の「意義」のポイントについて、相沢さんは、そのひとつに各首長が「実質的事前了解」の権限を行使する際、自らの自治体の住民の意向=民意の確認をする必要があることを挙げた。つまり、「首長の判断に住民が関与できることであり、住民は首長を介して『実質的事前了解』権に関与できるということである」と。もちろん、「新協定締結という結実を、全国の原発所在地の住民運動に伝え、全国運動として広がることを期待する」とも語った。

10 「東海第二原発首都圏連絡会」で活動を

 東海第二原発差止訴訟の日程・行方については、相沢さんによると、東海第二原発は、仮に計画が認可されるとして、工事が終わるのは2021年となる。この段階で決着をつけるには、2020年に弁論を終結させないといけない。口頭弁論は、今年9月、12月と2回は入っているが、12月までには主張を終わらせて、証人申請を組んでいく考えだとした。2019年には、証拠調べを始め、2020年には弁論を終結させて、決着させるよう進めたいという希望を判事には伝えている、とした。新しい判事の任期は2021年3月までと見込まれているが、(判決について)「やる気がある印象」だとした。それと同時に再稼動差止仮処分も同時に進めたいが、仮処分に場合は「切迫した事態」という条件が前提となる。そのため、工事が完了し、「運転するぞ!というときになるのかな」ーと。今は本訴の方でという見方を示した。

 眼の前に迫る再稼働問題のポイントについては、「新協定」による6市村の首長と地元の判断を前提にした県の判断の大事さを挙げた。そのためにも「自治体の首長さん方にハッパをかけていくことにウェイトを」と話した。その際、可能性のある自治体として、複数の首長を挙げた。その中の一人は、脱原発で全国的に知られる小泉純一郎元総理の講演会の「呼びかけ人」になっているという。

 最後に「東海第二原発見学会」のレクチャー役を務めていただいた相沢さんに対し、「原発いらない会」の大木一俊代表が御礼を述べたうえ、「東海第二原発を再稼働させないため、栃木県の私たちがやれることはどんなことがあるでしょうか?」と問いかけた。これには、相沢さんは、5月21日に全国各地の脱原発団体で結成された「とめよう!東海第二原発 首都圏連絡会」のことを挙げた。日本原電に再稼動の撤回と廃炉を求める決議を採択し、1都7県で参加を募り、再稼働の気運を高めていくという。

 この「『首都圏連絡会』の中でやっていただくとありがたい。つながりができれば」と求めた。さらに9月1日に茨城の全県集会を予定しており、「それに参加していただければ」とも話した。

11 「弁護士もやっている」大木代表がミニ講座

 相沢さんのレクチャーはほぼ予定通り16時に終え、まっすぐ宇都宮、日光へ。当初はバス代一人3,500円・定員20人、「原発いらない栃木の会」2万円、「さよなら原発!日光の会」1万円、計3万円を補助する予算を組んでいた。参加者が23人となったことで、「いらない会」と「日光の会」それぞれ1万円ずつ補助すればいいことになった。それでも少し「おつり」があるため、原発再稼動が争点になっている新潟知事選の野党統一候補へのカンパに追加し、野党統一候補陣営に1万円をカンパすることができた。車内でこれらの会計内容を伝えた。そのうえで、相沢さんのレクチャー、特に東海第二原発運転差止訴訟の行方について、「せっかく弁護士もやっている」大木代表が同行しているので、その点を改めてミニ解説してもらうことにした。

 大木代表は、民事訴訟の組み立てから説き起こし、東海第二原発運転差止訴訟では、これまでの互いの主張の応酬という口頭弁論から証人申請、証拠調べに移っていくということは、過去の事例からも、今回の裁判の結審がいよいよ近づいていることを説明。「なるほどー」と、うなづいた参加者から「二審で検察側が訴因である殺害の日時場所を変更した『今市事件』の勝又被告の裁判のケースは?」という質問があがった。これに専門家の立場からていねいに答えた大木弁護士は自身が弁護を手掛けた複数の「無罪事件」についても解説した。

 特に一審が一部無罪、二審が全面無罪となった「葛生事件」は、弁護活動がいかに大切であるかを思い起こさせた。事件は1981年12月10日未明、葛生町(現在、佐野市)の民家で火事が起き、焼け跡から女性(当時25歳)と長男(同3歳)、次男(同7ケ月)の焼死体が発見された。司法解剖で女性の死亡は推定午後10時ごろ、絞殺によるものと判断された。1983年に夫は現住建造物放火・殺人で逮捕されたが、状況証拠のみだったため、裁判の行方が注目された。

 この裁判が全面無罪となった「決め手」は、女性の死亡推定時刻について(大木代表の先生である米田軍平弁護士が執筆した『「葛生事件』と弁護人・裁判官・検察官』2015年4月25日発行、107頁、随想舎が詳しい)。検察側の主張は、被告は女性を午後10時ごろ殺害したとしていたが、弁護側は、死亡推定時刻は午後8時ごろとした。その午後8時ごろと判断されれば、この時間に被告人は他の場所にいたため、そこにいないため、アリバイが成立する。

 なぜ、午後8時ごろとなるのかー。女性の母親の法廷の証言がヒント、というか、とても大きな事実だった。当日午後5時すぎに「さつま芋とたくあん二切れを与え、娘(死亡した女性)はその場で食べた」という。弁護側は法医学などで、体内の消化時間から割り出し、死亡したのは午後8時前だと確信した。高裁に移り、一審と違った判断となった。それが決め手となり、画期的な無罪判決を引き出したという。

 当日も大木代表は「さつま芋とたくあん」について強調していた。そうした「葛生事件」について、あえて書き起こしたのは、事件当時、私が栃木県警クラブの地方紙の事件キャップとして、リアルタイムで取材にあたっていたため。夜回りでいかに当時の捜査員が容疑者に「自白」を迫っていたかを聴かされていたためだ。その鮮明な事件の結末について、<37年ぶりに担当弁護士から聴くことになるとはー>。

12 「七つ星のバスツアーだった」

 最後に今回の「東海第二原発見学会」に参加した一人、日光市大室の町野新太郎さん(72)の「感想」を伝えたい。感想全文は「さよなら原発!日光の会」の会報『「げんぱつニュース」・東海第二原発見学会特集号』に掲載を予定している。そのうちの主な内容について、以下に。それを読むと、<今回の「見学会」を企画してよかったなー>、素直にそう思えたのです。

 「誰もいばる人がいない。真剣に今を生きる者同士の信頼と友情、現在、なかなか見られないものが目に見えた。青年はいない、老人もいない、まさに熟年という言葉がピッタリ。熟年の素晴らしさを認識した。

1 東海第二原発PR館 初めて燃料棒、ウランペレットを見た。安全対策について真しな説明、質問にもごまかしなく丁寧にこたえられた。

2 差し止め訴訟原告団・共同代表の方のレクチャー 行政を動かすことの大変さ、民意を集約していくことの重要さを知った。

3 帰りの車中、”弁護士もやっています“方が、裁判のしくみ、勝訴した実例等くわしくお話しくださった。

こんな話はなかなか聞けるものではない。それでも前夜のスポーツ、老年の早起きでうつらうつらした。まわりにもちらほら・・・・怒られない・・・・のんびりくつろいだ雰囲気。そして、価値ある資料がたくさん、一人一人に用意されていた。七つ星のバスツァーだった」。

(「原発いらない栃木の会」理事、「さよなら原発!日光の会」代表 富岡洋一郎)

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2018年1月 1日 (月)

3・11から丸7年の針路へ 「さよなら原発!日光の会」第6回総会、参加の呼びかけ

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「さよなら原発!日光の会」会報第31号

「3・11」から丸7年の針路へ

~「さよなら原発!日光の会」第6回総会~

参加への呼びかけ

 

 市民団体「さよなら原発!日光の会」第6回総会は2018年1月20日(土)16時から、日光市勤労青少年ホーム軽運動室(日光市平ケ崎160)で開催し、ます。2011年3月11日の東日本大震災・福島第一原発事故から7年目、

台湾では2025年までに原発をゼロにする法案を成立させ、ベトナムでは原発の建設計画を白紙撤回するなど、脱原発に向けた動きは国際的な潮流となっています。国内でも「原発はいらない」の声が大多数を占め、脱原発が国民の意思であることは明らかです。

 

 原発事故前に54基あった原発のうち、今現在稼働しているのはわずか4基に過ぎません。大半の原発が停止、廃炉となっている中で、電力不足が国民の生活や産業に具体的な支障を及ぼしたり、障害になったりしてはおりません。それでも、政府や電力会社は相変わらず、原発再稼働を推し進めています。

 

 直近のニュースでは、首都圏で唯一であり、来年11月に40年の運転期間に到達する東海第二原発(茨城県東海村)について、日本原子力発電(原電)が、11月24日に20年の運転延長を原子力規制委に申請しました。東海第二原発は30㌔圏の14市町村に約96万人が暮らしています。これまで原発事故を想定した広域避難訓練の計画の策定は難航し、どの市町村もできていないことが伝えられています

 

福島第一原発事故後に法律で決められた運転期間40年の原発は基本的に廃炉にするという「40年リール」があります。ただし、原子力規制委員会が認めれば最長20年の延長運転も可能とされておりました。それも「極めて限定的なケース」と政府は説明してきました。しかし、実際は、これまで関西電力高浜原発1、2号機と美浜原発3号機(いずれも福井県)の2原発3基の延長が認められています。

 

福島第一原発事故で海が汚染され、福島第一原発周辺のたくさんの農村や里山が豊かな自然を失いました。16万人の人たちが「難民」になりました。今でも避難を続けている人たちは5万5000人がいるとされています。健康被害も深刻です。福島県では事故当時18歳以下の子どもたち37万人を対象にした健康調査で2017年10月23日の結果報告によると、小児甲状腺がん及び疑いがあると診断された子どもは194人にのぼっています。

 

福島県内外を問わず、大人も含め、将来の健康に大きな不安を抱きながら、生活をしているのが実状です。そのうえ、第二の福島第一原発事故が起こらないという保証はありません。今の私たち、将来の子どもたち、私たちにも放射能汚染を押し続ける原発はいりません。私たち「さよなら原発!日光の会」は、原発を推進させようとしている政府、電力会社、原子力村などの勢力に対し、これ以上原発の再稼動を認めないことを活動方針としています。そして、速やかに原発に依存しない脱原発社会が実現することを強い意志で願っています。

 

国内外のそうした現状の認識と改めて原発再稼動に反対していく2018年度の活動方針などを第6回総会で協議し、決めていきます。一人ひとりの顔の見える年に一度の定期総会です。ぜひ、会員のみなさん全員が参加していただくことを呼びかけます

(代表 富岡洋一郎)。

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2016年10月 8日 (土)

「チェルノブイリ30年、福島5年」  12月10日(土)の記念講演資料が早くも

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   市民団体「さよなら原発!日光の会」第五回総会記念として、12月10日(土)に、「原発事故と甲状腺がん」などの著書があり、チェルノブイリ原発事故で特に露わになった甲状腺がん問題の国内の第一人者である菅谷昭(すげのや・あきら)長野県松本市長の講演がある。
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時間は午後2時半から4時半まで、2時間。東照宮が近い日光市安川町の「日光総合会館大会議室」(定員250人)。講演まであと2カ月あるが、松本市が手際よく、講演で使う資料を日光に送ってきてくれた。そのうちの一部について、公開してみます。当日は、参加者全員に全部か概略か、資料を提供しようと思っています。
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菅谷昭さんが講演で解説する資料のうち、チェルノブイリ原発事故(1986年)による小児甲状腺がんの発生は、5年目、6年目からー、そのことはよく知られるようになったが、松本市長の資料でも、5年目の91年、92年と次第に増えていくのがわかる。
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  講演会のチケットは前売券500円、当日券600円。といっても、チラシ・ポスターづくりが始まったところ。これから日光市と日光市教育委員会の「後援」を要請し、OKがでてから印刷へ。なので、チケット頒布は11月に入ってしまうかもしれません。名簿で「予約」も受け付けようと思っています。すでに複数の方から「参加」連絡があります。
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 講演会の特徴はチャリティであること。必要経費以外の益金の大半は寄付へ。最近発足したばかりの「3・11 甲状腺がん 子ども基金」などの社会い事業へ。交通費やチラシ・ポスター、資料の印刷代、託児室代(無料です、予約、1週間前の12月3日締め切り)などはかかるが、たくさんの参加者があるだろうだろうから、寄付ができるだろうと思っています。
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   チラシ・ポスターはこれからだが、 QRコードに取り入れる必要もあり、 FACEBOOKの「イベント招待」は、きょう10月8日(土)からスタートさせました。 呼び掛けたのは、とりあえず、私の「ともだち」200人余。これからさらに準備が進んだら、「さようなら原発!栃木アクション」や「原発いらない栃木の会」のみなさんにも声をかけていくつもりですー。
 
 
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2016年10月 4日 (火)

ru原子力災害による健康影響と長期的課題-チェルノブイリ30年、福島5年ー 12月10日、菅谷昭・松本市長講演演題

  

今チェルノブイリの子どもたちが、
低濃度汚染地に住んでいる子どもたちが健康被害が出ている訳です、現実に。
その子どもたちは、今年は事故後27年経っているんですよね。

...もっと見る
松本市長記者会見2013年12月17日[動画版]菅谷昭松本市長そこで今日は過日報道も、していただいた社もあり…
KIIKOCHAN.BLOG136.FC2.COM|作成: きーこ

Photo 菅谷昭(すげのや・あきら)長野県松本市長講演 「さよなら原発!日光の会」第五回総会記念講演(12月10日、土曜日、14時半~16時半、無料託児所あり、著書頒布も 日光総合会館大会議室、前売券500円、当日券600円、日光市、日光市教育委員会後援を予定)。そのうち、きちんと「イベント招待」いたしますー。これからチラシ(5000枚)・ポスター(200枚)づくりに入る段階です。

講演の演題、決まるー(というか、松本市長が決め、それがきょう10月4日、通知されてきました)

原子力災害による健康影響と長期的課題-チェルノブイリ30年、福島5年ー

 

 


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2016年9月16日 (金)

菅谷昭・松本市長が日光市へ  「さよなら原発!日光の会」記念講演で。

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 チェルノブイリ原発事故による小児甲状腺がん治療にあたってきた菅谷昭(すげのやあきら)松本市長が、日光へ。12月10日(土)、「さよなら原発!日光の会」第5回総会記念講演で。(仮題)「原発事故と放射能と甲状腺」ー。きょう16日夕、松本市から講演要請受諾の連絡が入ってきました。同日夜の会議で、正式要請を決めました。さっそく、松本市に詳細の詰めへ。講演は「公務」で行うため、講師代はなしということです。日光市と日光市教育委員会の「後援」をいただくことにします。今回の講演を応援し、ぜひ参加してくださいねー。

(以下は、「ウイキペディア」からの菅谷昭さんの「プロフィール」です。

長野県更埴市(現:千曲市)生まれ。信州大学医学部卒業。聖路加国際病院での研修を経て、信州大学医学部第二外科学教室に入局。1976年、トロント大学に留学して甲状腺疾患の基礎研究を学ぶ。1991年から、松本市のNGOによるチェルノブイリ原子力発電所事故の医療支援活動に参加する。1993年、信州大学助教授に就任。
1996年から、ベラルーシ共和国の首都ミンスクの国立甲状腺がんセンターにて、小児甲状腺癌の外科治療を中心に医療支援活動に従事した。1999年、チェルノブイリ原発事故により高度に汚染されたゴメリ州の州立がんセンターで医療支援活動にあたる。2001年に日本に帰国し、長野県衛生部医監に就任。同年、吉川英治文化賞受賞。翌2002年、長野県衛生部長に就任。
2004年、松本市長選挙に日本共産党の支援を受けて出馬。現職の有賀正松本市長らを破り、初当選を果たした。2008年に再選。
2012年3月の松本市長選挙では、現職の菅谷以外に立候補を届け出た人物がいなかったため、無投票で3選を果たす。過去の松本市長選挙における無投票当選の例は、1976年3月の和合正治の初当選以来、36年ぶりの出来事であった。
2016年3月13日に投開票された松本市長選では、無所属現職の菅谷が医療・福祉や子育て支援などの充実を柱とする「健康寿命延伸都市・松本」施策の継続、前進などを訴え、民主党のほか共産、社民各党がそれぞれ加わる市民団体、連合長野松本広域協議会、市内の業界団体などの支援を受け、自民党・公明党の自主投票で、無所属新人で元NHK解説委員の臥雲義尚、団体役員の鈴木満雄を破り、4選を果たした[1]。
人物[編集]
2006年の長野県知事選挙に際しては、田中康夫知事の再選阻止に動く鷲澤正一長野市長らから再三にわたり知事選への出馬を要請されたが、菅谷はこれを固辞した。結局、鷲澤ら反田中知事勢力は元内閣府特命大臣(防災担当)及び国家公安委員会委員長の村井仁を擁立し、田中は村井に敗れた。
チェルノブイリ原子力発電所事故の放射能汚染により甲状腺癌患者が急増していたベラルーシで医療活動を行った経験を有し、菅谷の活動はNHKのプロジェクトXでも紹介された。
ベラルーシの隣国ポーランドで小児甲状腺癌患者が少ない点について、ポーランドの素早い対応を理由に挙げている[2]。
著書[編集]
真っ当な生き方のススメ
チェルノブイリいのちの記録
ぼくとチェルノブイリのこどもたちの5年間
チェルノブイリ診療記
子どもたちを放射能から守るために
新版 チェルノブイリ診療記 福島原発事故への黙示


  
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2016年4月30日 (土)

川内原発運転停止と伊方原発再稼動中止を 「日光の会」が声明

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 川内原発の運転停止と伊方原発の再稼動中止を求める声明

2016年4月28日        市民団体「さよなら原発!日光の会」

 

 

〒321-1421 栃木県日光市所野1541-2546

代表            富岡洋一郎

 

熊本県を中心に震度7の2回の大地震が起きたうえ、震源が広範囲に広がる異例の熊本地震が今も続いています。震源域は北東側の大分県や南西側に拡大。最初に最大の地震が来て、次第に余震が収まる通常のパターンは当てはまりません(朝日新聞、4月24日)。気象庁では数か月単位で地震活動が続く可能性があるとみていますが、4月16日に7・3の大地震が発生して以降、「過去の事例にあてはまらない」として、「余震発生確率」の発表を取りやめています(毎日新聞、4月26日)。地震や火山噴火という自然災害で、万が一にも原子力災害を発生させてはならないはずであり、その観点から私たちは熊本地震の周辺地域に立地している九州電力川内原発及び四国電力伊方原発の安全性について強く危惧しています。

 最初の大地震から半月になる今も繰り返し、地震が起きておりますが、その中、稼動中の川内原発は今回の震源域である熊本県の布田川断層帯のその先、鹿児島県寄りにある日奈久断層帯を南西方向に延長した地域に位置しております。震源域が拡大している特異な地震が起きているため、その川内原発の稼働を継続することに対する社会的な不安が一日ごとに高まっております。

一方、今回の熊本地震は阿蘇、大分方向にまで伸びており、これらは、中央構造線の断層帯の活動とされています。歴史上の記録として、1596年9月、大分県から愛媛県にわたり、中央構造線が活動した大地震である慶長豊予地震が起きており、伊方原発直近の中央構造線の断層が大きな地震を起こす恐れがあります。今夏にも再稼働が予定されている伊方原発を地震が直撃し、強震動が襲う可能性も考えられます。

 熊本地震は中央構造線の西側にかかる布田川断層帯で最初の地震が起きました。そこから中央構造線に沿って、徐々に北東と南西に震源域が拡大しています。このため、地震学者の島村英紀さんも中央構造線に沿って震源が広がることをこう言って心配しています。

「阿蘇、大分ときたら、次は明らかに愛媛です。また、南西方向から鹿児島地方にも震源が延びている。中央構造線は日本列島ができてから、何千回も地震を繰り返してきた札つきの断層。今回は日本人が初めて経験したといってもよい、そのラインに沿って拡大している地震です。連鎖を起こすかもしれません」(週プレNEWS 4月25日)

 今回は、気象庁でさえ、熊本地震の発生の仕方に戸惑い、地震の専門家も地震の連鎖を心配しております。今こそ、被害の重大性が科学的に完全に分かっていなくても、予防的に対策をとることが大切であるという「予防原則」(1992年の環境と開発に関する国際連合会議リオデジャネイロ宣言・第15原則)の考え方に立ち、判断すべきです。私たちは、その見方に立ち、政府と原子力規制委員会に対して、地震・火山による災害を「東電福島第一原発事故」に見られた原発事故災害に拡大させないため、川内原発を直ちに停止させ、伊方原発の再稼働を認めないことを強く求めます。

以上、市民団体「さよなら原発!日光の会」として、内外に声明します。

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2016年4月 1日 (金)

電力自由化 私は「みんな電力」   再生可能エネルギー重視で

 4月1日から、画期的な「電力自由化」。私は再生可能エネルギー重視の「みんな電力」(東京都世田谷区)を選び、きょう申し込みました。

 
といっても、今、申し込んでも実際の契約切り替えは6月から。その会員登録だけ。それをやっておきました。料金でいえば、1カ月当たり、2月比較で630円割高になってしまうが、電源の70%は、太陽光などの再生可能エネルギーからの新電力で。30%は、東電などから買い求めるというが、それはどこでも同じなので、仕方ないことに。
 

 「水戸電力」もあるが、こちらは基本契約が30A以上から。私のような20Aは受け付けないので、最初から断念。それにしても、低いアンペアを設定しないのは、理解に苦しみます。節電、省エネに取り組んでいる人を大事にすべきなのではないかーと。

2016年3月11日 (金)

既存の仕組みに対する深い疑いを  「3・11:に会報27号

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既存の仕組みに対する深い疑いを           

「さよなら原発!日光の会」  代表・富岡洋一郎
東日本大震災と福島第一原発事故から5年目の「3・11」、再稼動の動きが大きくなろうとしていたところ、3月9日、ビックなニュースが飛び込んできました。大津地裁は高浜原発3、4号機(福井県、4号機は運転トラブルで緊急停止中)をめぐり、福井県に隣接する滋賀県の住民29人の訴えを認め、2基の運転を差し止める仮処分決定を出しました。
  稼動中の原発を直ちに停止させる司法判断は初めて。東京電力福島第1原発事故後、原発の再稼働や運転を禁じた司法判断は3例目だが、うち原子力規制委員会の新規制基準への適合性審査に合格して既に再稼働した原発に対するケースも初めて。私たち「さよなら原発!日光の会」にとって、大歓迎の画期的な司法の判断です。
 
  朝日新聞の10日の「社説」は、今回の決定について、 「なし崩しの再稼動に対する国民の不安に沿ったものである」と、私たちと同じく歓迎。そのうえで、「安倍政権は、原発事故がもたらした社会の変化に真摯に向き合い、エネルギー政策の大きな転換へと動くべきである」と促しています。さらに今回の決定は、事故を振り返り、環境破壊は国を超える可能性さえあるとし、「単に発電の効率性をもって、莫大な災禍とひきかえにすべきだとは言い難い」と述べたことを取り上げています。そのうえで決定は事故原因の究明について関電や規制委の姿勢は不充分と批判し、規制委の許可がただちに社会の安全の基礎となるとは考えられないと断じたとしています。「新たな価値基準を満たしたとしても、それだけで原発の安全性が確認されるわけではない。その司法判断の意味は重い」と、高く評価しています。
 
  私たち「さよなら原発!日光の会」が2012年初夏に正式に発足してから4年目、この間、政権交代による今の安倍政権は脱原発が多勢である世論を切り捨て、再稼動を強行し、私たち市民の主張とは真逆の原発維持政策を進めています。原発事故による被害の大きさは日々のニュースで私たちは承知しておりますが、5年になるというのに、今も9万9000人にのぼる福島の県民が県内外に避難しており、原発関連死は1368人に達しているといいます。 放射能による甲状腺まずがんなど子供たちの健康へ絵影響に対する不安は消えません。核のゴミについては処理の方法も場所も決まってはおりません。放射能は「10万年」も消えないため、なによりも未来の私たちを脅かし、もともと倫理の根源からも許されない代物なのだ、ということが広く知られるようになりました。
 ひところ、声高に叫ばれたのは原発の経済性と供給力でした。そのうち経済性、は環境経済学者、大島堅一さんなどの研究でその優位性が崩れたことが判明しました。さまざまな被災者に対する損害賠償、除染と中間貯蔵、廃炉と汚染水処理などで膨大な費用がかかっており、経済性はむしろ後退しました。 供給力については、「原発が動かないと経済が大混乱する」などと、声高に言われておりました。ところが、原発ゼロでも、原発が一基も稼動しなくても、社会は回るー。これまで原発ゼロ2年1カ月を私たちみんなが体験しています。今では、計画停電が行われていた2011年当時の「電力の調達をどうする!」といった声がいつも間に消えてしまいました。
  にもかかわらず、短期の利潤獲得を大きな動機としても、川内原発(鹿児島)を2015年8月から再稼動させました。いわば、福島の原発事故がなかったかのようにふるまう政府と各電力会社に対する不信は今や、いやがうえにも高まっています。そんな私たちの思いを代弁するかのように原発維持政策に批判的な論陣を張る東京新聞は3月8日の社説「命の安全第一に 3・11から5年」で、わかりやすく脱原発の必要性を強調しています。
 
  この社説では、被災者らが中心となって東電元幹部を強制起訴へと持ち込んだのはつい先日だとしたうえで、以下のように伝えています。 「原発再稼動は進むけれど、どこかに黒い雲のようなものがかかったままのようなのです。本当は進めてはいけない。原発はやはり危険だと考える人が世論調査などで過半を占めるのは当然なのではないでしょうか」、 「5年前の評論では、なぜ原発に頼らないかは、人の命と安全は経済性に優先するからだと記しました。人間を大切にすることが、私たちの従来の主張だから、と。裁判用語では人格権の尊重であり、社会用語では倫理ということになるでしょう」。 
 倫理といえば、作家、池澤夏樹さんが朝日新聞「文芸・批評」欄の連載「終わりと始まり」(3月1日夕刊)の「東電の責任と倫理観 原発崩壊は天災でない」で、その大事さ示しています。そのエッセイでは、「株主への配当のためならば、法人は何をやってもいいわけではない」として、以下のように厳しく東電を追及しています。
 
 
  「国の暴走を憲法が縛るように。企業の倫理逸脱も制限されなければならない。東電はあの日以来ずっと嘘とごまかしを重ねてきた。5年後の今ごろになって、炉心溶融を定義するマニュアルがあったことを白状した。津波の日の3日後に事故の正確な規模を公表すべきだったのに2カ月後先まで引き延ばした。正しい情報があればこの間にできたことは少なくなかっただろう。原発という危険な施設を運転する資格と能力はこの会社にはない。他の電力会社にもない」
 
 私もまた、「3・11」から5年にあたり、「原発という危険な施設を運転する資格と能力は東電にも、他の電力会社にもない」、そう強調します。あえて生き残っている東電を市民、国民がどうとらえているかー。4月1日から、環境に優しいで電力かどうかなどで各家庭が自由に電力会社を選べるようになる「電力自由化」、その契約状況がその姿を示すことだろうと思っています。そうした原発事故や東電に対する態度でも、再稼動でも、さらに電力自由化でも、私たちはそれぞれに判断しているわけですが、法政大総長・田中優子さんが「『文明災害』自分で考える」(朝日新聞3月1日 東日本大震災5年 私たちは変わったのか➀)で、その判断力について、印象深い文章を書いています。
 
「あれから5年、私たちは誰かや何かに任せておけば、うまくいくわけではないということを知りました。既存の仕組みに対するかなり深い疑いを内面に抱えるようになり、それゆえ自分なりに考えなくてはならないということにも気がつきました」。
 
この「さよなら原発!日光の会」が、今も活動を継続しているのも、この延長線上にあることに気がつきます(了)
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2016年2月27日 (土)

定員を上回る自主講座に  「小規模自家発電ワークショップ」

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 小規模自家発電ワークショップ、IN日光市民活動支援センター(2月27日15時~17時)定員25人とほぼ同じくらい、飛び入りの2人を含め、26人前後が参加しました。

                                                      

 直前に仕事、病院、高熱、福島被災者支援ボランティアなどで4人から欠席連絡あり。やはり全部参加だと30人に。結果的にちょうどよいぐらいの人数で仲良く、電気の単位・エネルギー・ソーラー・電気配線などの講義を受けました。

 
教室のうしろでは、珈琲コーナーも(?)。2時間があっという間に過ぎてしまったのです。日光市、宇都宮市からの参加が中心でしたが、鹿沼市、小山市、茨城県結城市、市貝町など各地から駆けつけてくれました。みなさん、ごくろうさまでした。

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2018年11月
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