「さよなら原発!日光の会」次号会報「げんぱつニュース第56号」(1月23日発行、A4版16頁)掲載予定の台湾脱原発ドキュメンタリー映画「こんにちは 貢寮(コンリャオ)」日光上映会(2025年10月19日、日光市中央公民館中ホール)の報告です。昨年
秋からYOUTUBEでも公開、無料で89分の映画を観ることができます。
「栃木アクション2025」プレ企画 日光会場報告
辛抱強く諦めない闘争心に感激
台湾脱原発映画「こんにちは 貢寮(コンリャオ)」上映会 理事・富岡洋一郎
(1)アジア初の「脱原発」を達成した台湾の状況を知りたいとー
「さよなら原発!日光の会」は「11・15さようなら原発!栃木アクション」プレ企画として、10月19日(日)14時~日光市中央公民館中ホールで台湾脱原発ドキュメンタリー映画「こんにちは 貢寮(コンリャオ)」(2004年公開 上映時間89分、日本語字幕)を無料上映しました。上映後、25分ほどの「意見交換会」も行いました。
台湾は2025年5月17日にアジアで初めて「原発ゼロ」を達成しています。そこの住民たちがどんな背景、事情、状況で脱原発運動を進めていたのかー、それを記録していた貴重なドキュメンタリー映画です。ただし、台湾はまだまだ脱原発派と原発推進派がせめぎ合っている状況にあります。そこには原発をめぐる台湾の歴史があるわけですが、この作品は「奇しくも台湾の歴史そのものを記録」していたと評されています。その作品を通して、私たちの脱原発運動に弾みをつけたいと思っての企画でした。
(2)日光会場独自のフライヤーで映画の背景などを周知へ
映画の配給元であるアジアの脱原発市民団体「ノーニュークス・アジアフォーラム・ジャパン」などによると、当時、大学院生だった崔愫欣(ツィ・スーシン)監督が6年の歳月をかけて2004年に完成させた映画です。そのDVDを手にしようと配給元に問い合わせましたが、回答は「ただいま在庫なし」―。このためネットで探したところ、九州佐賀県の業者が手軽な値段で売りに出していることがわかり、ここから入手。上映にふさわしいかどうか確認するため、6月23日(月)に役員対象の「試写会」を開きました。
その結果、この脱原発運動について、「反対運動はいつごろから?」「その原発は台湾のどんな地域に?」「どんな出来事が起きたのか?」などを観る人に事前に伝える必要があることがわかりました。今回のプレ企画では県内5会場の「統一チラシ」を作っておりますが、日光会場独自のフライヤーも作りました。そこにはこのように映画のポイントを書き込みました。
「1980年に第四原発の建設予定として貢寮が選ばれた。1982年には土地の強制収容により、230世帯が強制転居されられた。1987年になってようやく学者の帳國龍らが貢寮を訪れ、地元住民に放射能の危険性を伝え、反対運動が始まった。1991年10月3日、警察は住民との約束を破って、住民がこもるテントを破壊。警察と住民の衝突で1名の警官が死亡した。たまたま車に乗っていた青年が殺人罪で逮捕された。それから7年、ツィ・スーシンがカメラを持って記録を始める。彼女はその後6年間にわたって貢寮を撮り続けることで奇しくも、政権交代に象徴される台湾の歴史そのものを記録していくことになる」。
(3)台湾の反原発運動(1970~2025)などを会場配布
「こんにちは 貢寮」は、この「1003事件」で投獄された青年への手紙から始まっています。手紙を読み上げながら物語が進む展開は、家出した16歳の少女が四国遍路をしながら成長していく映画「旅の重さ」(1972年公開、高橋洋子主演、斉藤耕一監督)の流れを思わせました。
話題を「1003事件」に戻すと、この事件とは何かを知っておくと、映画の全体像がよく見えてきます。実際、映画のクライマックスもこの青年の11年ぶりの外出許可でした。身内のところではなく、まっすぐ仲間たちが待つ駅に向かい、出迎える住民と固く抱き合います。その感動的な場面に私たちも立ち会うことになります。
なお、映画の後日談として、無期懲役刑を受けていたこの青年ですが、映画の
公開から2年後、2006年3月に出所します。ノーニュークス・アジアフォーラム・ジャパンによると、3月18日、山口県祝島での「こんにちわ 貢寮(コンリャオ)」上映会の直前、台湾から電話がありました。「青年が3日後に、14年5ヵ月ぶりに釈放される」。そのことが告げられると、祝島の上映会場は万雷の拍手に沸いたということです。
映画の舞台である台湾第4原発は98%が完成していました。しかし、福島第一原発事故を受けた脱原発運動が台湾に広がり、2013年に22万人デモ(人口比で日本なら100万人デモ)が実施されました。2014年4月27日、台北駅前の道路を占拠するデモを受け、翌4月28日、政府は第4原発の建設中止を宣言しました。
こうした台湾の反原発運動の歴史と現状(1970~2025)について、知ってもらおうと、「日光の会」会報「げんぱつニュース第55号」(A版12頁、10月10日発行)の冒頭3頁にわたって掲載。この会報を上映会参加者全員に手渡しました。
(4)上映会参加者は日光市26人、宇都宮市7人など計40人
「こんにちは 貢寮(コンリャオ)」上映会周知では、プレ企画「統一チラシ」、日光会場独自フライヤー、下野新聞「週間情報ワイド」のほか、Facebook、Twitter、BLOGといったSNSでも盛んに告知していました。しかし、ふたを開けてみると、上映会参加者は計40人。「日光の会」が毎年春に開催する総会記念講演会や記念上映会には60人から70人の参加があります。台湾脱原発ドキュメンタリー映画というグッドタイミングのテーマであり、台湾反原発運動の資料も準備していただけに、もっと多くの参加者が欲しかったというのが正直な思いです。
ちなみに計40人の内訳は、日光市が26人、次いで宇都宮市が7人、鹿沼市が3人、下野市、矢板市、茂木町、高根沢町がそれぞれ一人でした。
会場カンパは1万7、700円。一方、支出はDVD代1,800円、会場使用料3、760円、会場器具借用代2、680円や独自フライヤー代など計1万7、700円。DVDを安価で手に入れていたことが大きく、収支の結果はプラスマイナスゼロ。「栃木アクション2025」から補助金を受けなくとも済みました。
(5)映画について「大変参考になった」「参考になった」が大半
映画のアンケートには参加者40人のうち約半数の21人に答えていただきました。日光会場ではこのところ、イベントの最後に必ず5分間の「アンケートタイム」を設け、落ち着いてアンケートに向き合える時間をとっています。なので、もう少し回答が多くてもいいのではないかと思っているのですがー。
回答者の年代は50代1名、60代7名、70代6名、80代6名―。やはり高齢者が中心のアンケート回答ではありました。
「上映会を知った方法」では「会の郵送チラシ」が最も多い7名、「知人の紹介」が4名、「その他」が8名もありました。「映画の内容」については「大変参考になった」が最も多い9名、次いで「参考になった」が6名でした。
「今後原発はどうすべきか」の問いには、「すぐにでも廃止(廃炉)」が15名と圧倒的でしたが、「再稼働せず徐々に依存度を減らす」にも6名が答えています。11月15日のパレードに「参加するかどうか」の問いには、「参加する」10名、「参加したい」5名、「参加しない」1名。アンケートに答えていただいた参加者の多くがパレードに参加する意思や参加したいという思いがあることがわかりました。
(6)「感心」「驚き」「感動」などの声がー
映画では漁業権を奪われた住民たちが第4原発建設に対し、抗議の声を上げる印象的な場面があります。そこで女性の一人が子どもたち、子孫のことを考えれば、原発建設は認められないという趣旨を強く訴えていました。上映会後の「意見交換会」でも、この未来を見据えた原発反対の声が印象的だったという発言がありました。「映画のどこに関心を寄せたか」という問いに私も「反原発の住民たちの生の声、表情が知れた。反対の声に子孫のことを考えているいう声があったこと」と書き込みました。
アンケートでは「長年粘り強く闘い続ける台湾の方たちの生き様に感心した」、「住民の力が政治を動かし、メディアにも批判の目を向け、必死に生きようとする姿に感動」、「『98%完成した原発の稼働を止めることができた』、ことの驚きと感動」などが。それぞれに「感心」したり、「感動」を受けたり、「驚き」を覚えたという、いわば異口同音とも言うべき感想が寄せられたのが印象的でした。
アンケートでは「音量が大きすぎ」、「字幕速すぎて読み取れない場面があり、残念」といった声が上がっていました。「日光の会」では11月6日の役員会で、今回の上映会の「振り返り」を論議していますが、そこでも「ご近所から6人が参加したが、そのうちの一人は音量が大きすぎて、途中で退席してしまった」という報告もありました。これには「えっ!そんなことも起きていたのかー」とびっくりでした。
映画の音量問題や字幕の速さなど、今後の上映会で大いに注意すべき反省点でした。
(7)「こんにちは 貢寮」(日本語字幕版)をYouTube公開
映画「こんにちは 貢寮(コンリャオ)」について、ぜひお伝えしたい嬉しいニュースがあります。10月19日(日)の日光会場の上映会と前後しての知らせでした。Facebookで「今回、崔愫欣の許可をいただき、日本語字幕付きでノーニュークス・アジアフォーラム・ジャパンが公開することができました」という告知が上がっていました。YOUTUBEを開けば、だれでも自由にこの映画を観ることができることになりました。
この流れは2025年9月23日に東京・代々木公園であった「さようなら原発全国集会」(4、500人参加)と連動しているとみています。というのもこの全国集会には、台湾から脱原発団体である「台湾緑色公民行動連盟」から代表が参加し、連帯あいさつをしています。事務局長としてあいさつしたのは、崔愫欣さんでした。私は経歴を紹介されるまでわからなかったのですが、つまり「こんにちは 貢寮(コンリャオ)」の監督その人だったのです。
(8)「さようなら原発全国集会」で崔愫欣さんがあいさつ
ノーニュークス・アジアフォーラム・ジャパンのHPによると、崔愫欣事務局長はこんなあいさつをしています。
「台湾における反原発運動の現状についてご報告いたします。2014年、台北駅前の道路を5万人が(15時間)占拠しました。翌朝、警察に排除されましたが、政府は第4原発の建設中止を宣言しました。2016年に政権交代し、民進党政権は脱原発路線を進めました。しかし、野党など原発擁護派は、脱原発に抵抗してきました。最近では8月23日に行われた第3原発再稼働の国民投票でしたが、投票率が足りず、再稼働は否決されました。しばらくは。原発ゼロが続きます。最後に長年にわたって反原発の活動を行ってこられた日本の皆様に感謝申し上げます。アジアの原発ゼロに向かって、一緒にがんばりましょう」
このあいさつについては、「崔愫欣さんの発言 『アジアの原発ゼロに向かって、一緒に』」と題した別紙を日光会場の参加者全員に手渡しています。
2004年、「こんにちは 貢寮(コンリャオ)」を完成させた大学院生だった彼女が21年後の2025年、日本の「さようなら原発全国集会」で台湾の脱原発団体を代表してあいさつをするようになるとは!台湾脱原発ドキュメンタリー映画「こんにちは 貢寮(コンリャオ)」日光上映会と2025年の日本と台湾の脱原発運動がリアルに結びついた、そのように思えた崔愫欣さんのまっすぐなあいさつだと感じました。
「原発ゼロ」というと、何かと2023年4月に「原発ゼロ」を達成したドイツのことが話題になりますが、こうした崔愫欣さんの軌跡や台湾脱原発映画上映会をきっかけに「台湾有事」も含めて台湾の政治状況により眼を向ける機会になったことは確かです。そんな「副産物」もあった日光上映会だったと思います(了)。
今月23日(金)に発行を予定する「さよなら原発!日光の会」の会報「原発ニュース第56号」(A4版16頁)の巻頭記事として、「さようなら原発!栃木アクション2025報告、脱原発社会こそ、国民の願い、世界の流れ」を寄稿した。この表題は当日、2025年11月15日(土)、宇都宮城址公園で開いた集会の壇上で、主催者を代表してあいさつした大木一俊代表(弁護士)が語ったフレーズからとっている。「世界の流れ」はそうなっているので、あたりまえのように思えるが、そうでもない。現在の日本は「原子力を最大限活用していく」、というとんでもないエネルギー政策をとっている。福島第一原発事故などなかったかのように、まったく手のひら返しの「原発回帰」方針をとっている。いわば逆コースであり、私からすれば、狂気の沙汰そのものだ。その面からも、いやがうえにも新鮮に響く「脱原発社会こそ、国民の願い、世界の流れ」だ。
(1)11月15日(土)、宇都宮城址公園に「700人」
2025年11月15日(土)、「さようなら原発!栃木アクション2025」は、宇都宮市城址公園に「700人」が参加して開催しました。「一千人以上」を目標に開催した2012年の第1回はふたを開けてみれば、「2600人」もの参加者を数えました。当時、当初の目標を大幅に上回る参加者に驚いた記憶があります。それから13年後の今回の参加者は初回の三分の一にも満たず、残念ではあります。ただし、だいたい「下げ止まり」になったかなとも思えます。
当日のメインスピーカーは、再生可能エネルギー問題では第一人者である環境エネルギー政策研究所長、飯田哲也(いいだ・てつなり)さん。飯田さんは、南オーストラリアの太陽光発電など、先進的な再生可能エネルギーをテーマに「講話」しました。
この「講話」時間は20分強ほどしかないため、いわば再エネのさわりに終わっておりました。ただし、飯田さんも会場で話していましたが、今月1月26日に書き下ろしの新刊本『EI革命―エネルギー知性学と日本の針路』(集英社)が発売されます。
「はじめに 電気が足りない?―神話の解体と新しい現実」「第7章 『第七次エネルギー基本計画』の読み方―『真田丸』とGX」「第8章 原子力に固執する『病』と『沼』―病理的政策への診断と処方箋」など全12章。メインスピーチと重ね合わせながら、手にしたいと思っています。
「集会後」、市内中心部2、2㌔にわたって脱原発を市民にアピールするパレードを行いました。3台の先導車に続いた各集団の掛け声は「原発反対 原発いらない」、「再稼働反対、再稼働やめろ」、「東海第二・再稼働反対」、「柏崎刈羽・再稼働反対」、「原発政策・今こそ転換」、「政策転換、再エネ推進」などー。
(2)「早急に原発を止めないと、将来世代に大きな負の遺産」
「さようなら原発!栃木アクション2025」で主催者を代表してあいさつした大木一俊代表は「高レベル放射性廃棄物の処分は未定でフィンランドのオンカロのような適地などありません」と指摘しました。「さらにー」、戦争による原発の脅威や脱原発への世界の潮流について、語りかけました。
「ウクライナのザポリージャ原発の例で明らかなように、原発は安全保障上の脅威でもあります。そして、地震大国、火山大国の日本では他の国に比べて過酷事故に至る危険性が大のうえ、避難は極めて困難です。早急に原発を止めなければ、将来世代に大きな負の遺産を残すことになります。ヨーロッパではデンマークやオーストリアは原子力発電を止め、ドイツは2023年に脱原発を実現しました。また、台湾では2025年5月に脱原発を実現させました」。
そのうえで「脱原発社会こそが国民の願いであり、世界の流れです。速やかに原発に依存しない社会を実現させるために共にがんばりましょう」と呼びかけました。
大木代表は「原発いらない栃木の会」のMLで新年にあたり、以下のようにあいさつしています。
「原発のない社会を目指す私たちにとって困難な状況が続きますが、ならぬものはならぬものです。共にそこそこ頑張りましょう」。
脱原発運動を進めていくうえで、極めて適切な念頭あいさつだと思いました。
(3)原子力を「最大限活用していく」という暴挙
会場で採択された「さようなら原発!栃木アクション2025・11・15集会アピール」では、事故から14年半以上も経た今も約2万5000人の住民が帰還できていないことなどを伝え、「原発は即刻廃棄されなければならないのです」と強調しました。
さらに「多くの国民は、原発事故のリスクや不安がなく、将来世代にその処理を押し付ける放射性廃棄物という負の遺産をこれ以上増やさない社会を望んでいます。未来をしばる原発はいりません。ところが、岸田政権がこれまでの方針を転換し、第7次エネルギー基本計画において、『原子力』を『最大限活用していく』という方針が明記され、高市政権でも継承されます。まるで、原発事故などなかったかのような対応であり、大多数の国民の意思を無視した暴挙というほかありません」と、政府の「原発回帰」政策を厳しく批判しました。
水戸地裁は、2021年3月18日、実効性ある避難計画が整備されてないことなどを理由に、東海第二原発の運転差止を命じました。「集会アピール」では、この水戸地裁判決に続いて、「去年発生した能登半島地震においても、避難計画通りに避難することなどできませんでした。実効性のある避難計画も整備されていない状況で、40年超えの危険な老朽原発を稼働させてはなりません」と呼びかけました。
(4)「脱原発運動を広げていく新たな方策の検討」について協議
「さよなら原発!日光の会」の「栃木アクション2025」プレ企画、台湾脱原発ドキュメンタリー映画「こんにちは 貢寮(コンリャオ)」上映会は、参加者は過去最低レベルの40人にとどまっていました。11月15日にしても、当会の参加者は以前に比べてぐっと減っています。加えて会員の高齢化などもあり、集会には参加してもパレードには参加しない・できない会員が10人近くもおりました。
近年、「福島第一原発事故の風化」がよく言われます。その言葉が「リアルにひしひしと迫っている」、そう感じています。何とか打開策を探りたいと、「日光の会」では2025年11月6日(金)の役員会の協議事項のひとつに「「脱原発運動を広げていく新たな方策の検討について」をとりあげました。
この役員会では脱原発運動が厳しい状態にあることを「可視化」して伝えることやさまざまな種類の脱原発イベントの開催の検討といった意見が上がりました。解決策が簡単に見つかるとは思っていないので、今後も協議を続けていくことになっています。
(5)3首長の力強い「さようなら原発」のメッセージを活用できないか?
今回の「栃木アクション」で「おや?こんないいことを言っていたのだね」―そのように改めて新鮮に思わせたのは、松井正一鹿沼市長、浅野正富小山市長、見形和久塩谷町長のメッセージでした。決まり切った言葉ではなく、首長その人がふだん現実に思っているだろう考えを伝えようという、いわば「体温」のあるメッセージだと思えたからです。
「参加者の皆様の『脱原発』に対する決意を強固なものにし、パレードを通じて一人でも多くの皆さんにアピールしていただきたいと思います」(松井正一鹿沼市長)
「本日参加された皆様と共に『脱原発』の声を上げ続け、日本を原子力発電所のない安全な国にすることを目指して歩み続けましょう」(浅野正富小山市長)
「すべての人々の安心安全な暮らしを守っていくために、ここ栃木から原発撲滅のアクションを起こしていきましょう!!」(見形和久塩谷町長)
「『脱原発』に対する決意を強固に」「『脱原発』の声を上げ続け」「原発撲滅のアクションを」―と、それぞれの首長が力強くアピールしてくれていました。当日の会場で読み上げられましたが、この首長メッセージ、さらに別の手段などで活用されてもいいのではないかと思いました。
(6)カンパしたら、その人に「ワッペンかシールを」手渡したらどうかー
結びに「確かにそうだね」と思ったことを。「日光の会」では12月13日に「栃木アクション2025」の「総括」(「振り返り」)をしていますが、カンパ集めの方法とメインステージについて、3点の提起がありました。この「報告」でその提起を伝えます。
①会場で一度、カンパした人がわかるようにすることも含め、カンパを受けたら、その人に(「脱原発」「原発反対」などを書き込んだ名刺大ぐらいの)「ワッペン」「シール」を手渡したらどうか。カンパした人はそれを肩などに貼ってもらう。カンパ集めもそれを見ることでさらにカンパを求めなくても済み、求められる人も「さっきカンパしたよ」と言わなくても済む。そのワッペン、シールは自分の「小物」に貼り付けるなどすれば、脱原発をアピールする役にも立つ。
②会場のカンパは、いつも紙の「カンパ袋」でやっているが、これだと参加者からが袋の中が見えない。このカンパ袋を「透明カンパ袋」にしたらどうか。つまり、カンパ自体が「透明」であることを伝えると同時に、(カンパが入っている)その「透明カンパ袋」を示すことで会場の参加者にカンパを促す「呼び水」の役割りも果たすことになるのではないか。
③栃木アクションでは、ステージの上方に「さようなら原発!栃木アクション2025」と大きな文字が掲げられているが、大木代表やメインスピーカーなどが壇上であいさつや話をしているところを近くから撮影した際、背景が「真っ白」な「シーツ」のため、ここがどこなのかを示す画像・撮影とならない。各政党の記者会見場では背景は各政党名を示した図案や文字が掲げられているが、同じような方法・手段がとれないか(了)。
この数日、本日29日(月)締め切り、「原発いらない栃木の会」次号会報用の原稿づくりに追われておりました。本文は(1)~(8)まで。計4900字ぐらい。発行は1月中旬予定とか。なので、「ご参考」に、「霧降文庫」では、「こんな内容です」と伝えるため、その本文の(1)~(3)までをアップします。
「原発いらない栃木の会」会報用(12月29日締め切り)
「栃木アクション2025」プレ企画 日光会場報告
辛抱強く諦めない住民の闘争心に感激
台湾脱原発映画「こんにちは 貢寮(コンリャオ)」上映会 理事・富岡洋一郎
(1)アジア初の「脱原発」を達成した台湾の状況を知りたいとー
「さよなら原発!日光の会」は「11・15さようなら原発!栃木アクション」プレ企画として、10月19日(日)14時~日光市中央公民館中ホールで台湾脱原発ドキュメンタリー映画「こんにちは 貢寮(コンリャオ)」(2004年公開 上映時間89分、日本語字幕)を無料上映しました。上映後、25分ほどの「意見交換会」も行いました。
台湾は2025年5月17日にアジアで初めて「原発セロ」を達成しています。そこの住民たちがどんな背景、事情、状況で脱原発運動を進めていたのかー、それを記録していた貴重なドキュメンタリー映画です。ただし、台湾はまだまだ脱原発派と原発推進派がせめぎ合っている状況にあります。そこには原発をめぐる台湾の歴史があるわけですが、この作品は「奇しくも台湾の歴史そのものを記録」していたと評されています。その作品を通して、私たちの脱原発運動に弾みをつづけたいと思っての企画でした。
(2)日光会場独自のフライヤーで映画の背景などを周知へ
映画の配給元であるアジアの脱原発市民団体「ノーニュークス・アジアフォーラム・ジャパン」などによると、当時、大学院生だった崔愫欣(ツィ・スーシン)監督が6年の歳月をかけて2004年に完成させた映画です。そのDVDを手にしようと配給元に問い合わせましたが、回答は「ただいま在庫なし」―。このためネットで探したところ、九州佐賀県の業者が手軽な値段で売りに出していることがわかり、ここから入手。上映にふさわしいかどうか確認するため、6月23日(月)に役員対象の「試写会」を開きました。
その結果、この脱原発運動について、「反対運動はいつごろから?」「その原発は台湾のどんな地域に?」「どんな出来事が起きたのか?」などを観る人に事前に伝える必要があることがわかりました。今回のプレ企画では県内5会場の「統一チラシ」を作っておりますが、日光会場独自のフライヤーも作りました。そこにはこのように映画のポイントを書き込みました。
「1980年に第四原発の建設予定として貢寮が選ばれた。1982年には土地の強制収容により、230世帯が強制転居されられた。1987年になってようやく学者の帳國龍らが貢寮を訪れ、地元住民に放射能の危険性を伝え、反対運動が始まった。1991年10月3日、警察は住民との約束を破って、住民がこもるテントを破壊。警察と住民の衝突で1名の警官が死亡した。たまたま車に乗っていた青年が殺人罪で逮捕された。それから7年、ツィ・スーシンがカメラを持って記録を始める。彼女はその後6年間にわたって貢寮を撮り続けることで奇しくも、政権交代に象徴される台湾の歴史そのものを記録していくことになる」。
(3)台湾の反原発運動(1970~2025)などを会場配布
「こんにちは 貢寮」は、この「1003事件」で投獄された青年への手紙から始まっています。手紙を読み上げながら物語が進む展開は、家出した16歳の少女が四国遍路をしながら成長している映画「旅の重さ」(1972年公開、高橋洋子主演、斉藤耕一監督)の流れを思わせました。
話題を「1003事件」に戻すと、この事件とは何かを知っておくと、映画の全体像がよく見えてきます。実際、映画のクライマックスもこの青年の11年ぶりの外出許可でした。身内のところではなく、まっすぐ仲間たちが待つ駅に向かい、出迎える住民と固く抱き合います。その感動的な場面に私たちも立ち合うことになります。
なお、映画の後日談として、無期懲役刑を受けていたこの青年ですが、映画の公開から2年後、2006年3月に出所します。ノーニュークス・アジアフォーラムジャパンによると、3月18日、山口県祝島での「こんにちわ 貢寮(コンリャオ)」上映会の直前、台湾から電話がありました。「青年が3日後に、14年5ヵ月ぶりに釈放される」。そのことが告げられると、祝島の上映会場は万雷の拍手に沸いたということです。
映画の舞台である台湾第4原発は98%が完成していました。しかし、福島第一原発事故を受けた脱原発運動が台湾に広がり、2013年に22万人デモ(人口比で日本なら100万人デモ)が実施されました。2014年4月27日、台北駅前の道路を占拠するデモを受け、翌4月28日、政府は第4原発の建設中止を宣言しました。
こうした台湾の反原発運動の歴史と現状(1970~2025)について、知ってもらおうと、「日光の会」会報「げんぱつニュース第55号」(A版12頁、10月10日発行)の冒頭3頁にわたって掲載。この会報を上映会参加者全員に手渡しました。
「あれ?、この石積み職人の話は読んでいるぞー」。そう思ったのは、臨床哲学者、鷲田清一さんの『濃霧の中の方向感覚』(初版2019年2月5日、晶文社)の「未来からのまなざし」(初出は「中日新聞、2014年8月13日)。民俗学者、宮本常一の『庶民の発見』(1961年)、そこに「ある石工」の話から始まるミニエッセイだ。
田んぼの見事は石積みがあっても、村の人以外はだれも見ない、積み上げたら、その村との縁も切れる。だが、その石積み職人はやはり「いい仕事」をしておきたいという、そう思う理由をこう語る。
「まえに仕事に来たものがザツな仕事をしておくと、こちらもついザツな仕事をする。結局、いい仕事をしておけば、それは自分ばかりでなく、あとから来るものもその気持ちをうけついでくれるものだ」。
そこに宮本は「命令せられるのでもなく、自らが自らに命令することのできる尊さ」を見た。それを引いたうえで、鷲田は「人として生きるということの、世代から世代へ受け継がれていく仕事の芯となるべきものを久しく忘れてきたのも、未来からのまなざしを受けつつ仕事をするという、そんな矜持ではなかったか」と書く。
宮本常一の石積み職人の仕事観は印象が強いので、私もよく覚えている。だが、
それを核に原発再稼働批判へ筆が進んでいくとは思わなかった。この「未来からのまなざし」からの反原発論だ。これはすとんと胸に落ちる脱原発論だなとー。
鷲田は言う。廃炉まで数十年、放射性廃棄物を無害化するまでに人類史よりもはるかに長い時間がかかる。こう書いたあと、「終りがないのも同然だから、つまり未来のほうから見ることができないし、だからだれも責任をとらない。そんな『法外』な装置をわたしたちの社会は抱え込んでしまったのである」―。
飯田哲也さんが新刊へ。1月26日発売。11月中旬に宇都宮城址公園であった「さようなら原発!栃木アクション2025」でメインスピーカーを務めたのが飯田さん。その際、本人が「来年1月には新刊を出しますよ」と語っていた。それがこの本なのだね。「本部テント」で名刺交換しながら、題名は何と?と聴いたら、「まだ秘密なんですよー」と言っていたが。「EI エネルギー知性学への進化と日本の針路」ー。」う~ん、どうも目次を読んでもいまいちしっかりした全体のイメージが浮かばない。だが、再生可能エネルギー問題のトップランナーであるのは確か。なので発刊されたら早く読みたいとは思う。
Ei革命 エネルギー知性学への進化と日本の針路
単行本 – 2026/1/26 1980円
飯田 哲也 (著)
プロモーション情報
すでに始まっている文明史的エネルギー大転換の全体像。これは環境問題ではなく、世界の経済構造を根底から変えるパラダイムシフトである。
世界では、再生可能エネルギーと蓄電池のコスト革命ならびに指数関数的な成長が進み、課題は「電力不足」ではなく、“ありあまる電気”の活用へと移った。日本がとるべきは、中央集権インフラの延命ではない。鍵は 「Ei=Electricity (電気)× intelligence(知性〈人間+AI〉)」。化石燃料依存から、電気を賢くつくり・ためて・使う設計へ。本書は、世界中で出現しつつある「シン・オール電化社会」という新しいOSの姿を描き出し、企業・自治体・生活者が取るべき実装ステップを提示する、政策とビジネスの実践書である。
※本書でいう「エネルギー知性学」は、「エネルギー地政学」に対置される新しい考え方の枠組み。
【目次より抜粋】
はじめに 電気が足りない?――神話の解体と新しい現実
第1章 UAEコンセンサス――世界が合意した未来の設計図
第2章 バッテリー・ディケイド――エネルギーの新しいOS
第3章 カーマゲドン――自動車産業の創造的破壊
第4章 シン・オール電化の時代へ――新しいエネルギー文明の原理
第5章 21世紀の電力システム――硬直から柔軟へ
第6章 RE100への道筋――世界のトップランナーに学ぶ
第7章 「第7次エネルギー基本計画」の読み方――「真田丸」からGXまで
第8章 原子力に固執する「病」と「沼」――病理的政策への診断と処方箋
第9章 落後する日本――停滞の病理学
第10章 「ソーラーはお嫌いですか」――太陽光への批判的言説の検証
第11章 日本のエネルギー再生への処方箋
第12章 コミュニティパワーという希望――地域からの再創造
おわりに ありあまる電気――豊かさの再定義
【著者略歴】
飯田哲也(いいだ てつなり)
環境エネルギー政策研究所所長(ISEP)。1959年、山口県生まれ。京都大学大学院原子核工学修了。東京大学先端研博士課程単位取得満期退学。原子力産業従事後に「原子力ムラ」を脱出し、北欧での研究を経て、ISEP設立。再生可能エネルギー政策と地域エネルギー実装の両面の先駆者として国内外をリード。著書に『エネルギー進化論』(ちくま新書)ほか多数。
「東海第二原発いらない!第18波一斉行動」、
日光市では12月13日(土)13時から、世界遺産「神橋」そば、国道「日光街道」沿いで行い、「さよなら原発!日光の会」から役員7名が参加した。風花が舞う寒気の中(マイカー内の気温は3度~5度でしたが、体感気温は零度でした)、防寒着を着こみながら、横一列でスタンディング。この一斉行動では初登場の「東海第二原発を廃炉に」横断幕と「原発はまっぴらゴメン」横断幕や中国語の脱原発プラカードなどを手に、観光客、マイカー、タクシー、観光バスに向けてサイレントアピールをした。
観光都市日光とはいえ、観光シーズンを外れた師走とあってか、いつもの東京23区や茨城県からのマイカーはほとんど見かけなかった。「宇都宮」「日光」ナンバーに続いて(このところ使用が認められたばかりの「日光」ナンバーをよく見かけます)、「愛媛」「新潟」「川崎」や「前橋」「群馬」「那須」などが行き交った。「おっ!新潟ナンバーだ。そのドライバーに伝えたいね」などと会話しながら。東武日光駅かJR日光駅へ向かう観光客の中には脱原発に賛同していることを伝えるため、にこやかに親指を突き上げて応えてくれた若い男性もいた。この日は寒気が強いため、予定していた50分間を10分短縮し、40分間の行動で終えた。
今年5月10日、「さよなら原発!日光の会」第13回総会記念講演「原発と能登半島地震―『珠洲原発』ら視える未来―」で講師をしていただき、今秋の「さようなら原発!栃木アクション2025」プレ企画でも、下野、宇都宮、那須塩原、佐野の各会場でほぼ同様の講演をしていただいたジャーナリスト・中央大学法学部客員教授、七沢潔さんが昨日、12月2日(火)に「原発をとめた人びと」を書店発売しました。発行元の「地平社」のネットからこの本の内容などについて案内します。
新刊「原発をとめた人びと」
奥能登・珠洲 震源地からの伝言(オクノトスズシン
チカラノデンゴン)
七沢 潔(ナナサワ キヨシ)(著) 発行:地平社
四六判 縦188mm 横126mm 厚さ16mm
重さ 256g 240ページ 並製 定価 1,800 円+税 1,980 円(税込)
初版年月日 2025年11月28日 書店発売日 2025年12月2日
紹介 もしそこに原発が完成していたら――2024年1月の能登半島地震で被災した珠洲市は、かつて原発の立地計画を住民運動が撤回させていた。原発が予定されていたのは、まさに震源地だった―。最悪の事態を防いでくれた先人たちの取り組みを再現する、現地取材によるドキュメント。反原発の住民運動が日本を救った!
目次
第1章 孤立集落の連携プレー
第2章 保守の町の「市民革命」
第3章 選挙、選挙、選挙――それは民主主義の学校だった
第4章 侮れなかった金の力――土地と人の心をめぐる闘い
第5章 「分断」の際で暮らす
第6章 守られた県知事の「約束」――政治カードになった原発
第7章 過去と未来からの警告
著者プロフィール
七沢 潔 (ナナサワ キヨシ) (著)
1957年生まれ。ジャーナリスト。中央大学法学部客員教授。NHKディレクターとして主に沖縄、原発、戦争に関するドキュメンタリー番組を制作。テレビ番組に「原発立地はこうして進む――奥能登・土地攻防戦」「ネットワークでつくる放射能汚染地図 福島原発事故から2カ月」。著書に『原発事故を問う』(岩波書店)、『テレビと原発報道の60年』(彩流社)ほか。
柏崎刈羽原発の再稼働について、11月21日(金)、新潟県知事が記者会見を開いて、再稼働容認を表明しました。これについて、国際環境NGO「FOEJAPAN」などの呼びかけで、再稼働反対の全国緊急署名が始まりました。もちろん、私も再稼働反対のオンライン署名にただちに賛同しました。
Foejapanなどのその呼びかけと署名内容、呼びかけ画像を以下に記しますー。
11月21日(金)、新潟県の花角英世知事が、東京電力柏崎刈羽原発の再稼働の容認を表明しました。12月2日からはじまる県議会での議決を経たのち、国・東電に正式に「地元同意」を伝えるとしています。
新潟県が実施した県民意識調査では、「再稼働の条件は整っているか」との設問に対し、「そうは思わない」「どちらかといえばそうは思わない」との回答が6割を超えました。市民団体による調査でも、県民の約6割が再稼働に反対の意を示しています。知事や県議会はこうした県民の声を無視するのでしょうか。
東電福島第一原発事故は終わっていません。多くの人たちが今までの暮らしやコミュニティ、故郷をうばわれました。廃炉の道筋も見えていません。
東電をめぐっては、隠ぺいや不祥事が多く発生してきました。つい昨日も東電社員が、テロ対策に関わる秘密文書を、必要な手続きを取らずに保管場所から持ち出してコピーしていたことが報じられました。
複合災害時には、住民は避難も屋内退避もできない状況におかれるなど、現在の避難計画は住民を守るものにはなっていません。
全国緊急署名がはじまりました。一次締め切りは11月30日です。12月1日に新潟県議会に提出予定です。ぜひ、ご署名・拡散いただければ幸いです。
署名はこちらから👉https://c.org/KCQpm82VKv
参考情報👉【Q&A】東電柏崎刈羽原発、知っておきたい14のポイント
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新潟県知事 花角 英世 様
新潟県議会議長 青柳 正司 様
東京電力ホールディングス株式会社 代表執行役社長 小早川 智明 様
柏崎刈羽原発の再稼働について、新潟県が実施した県民アンケートにおいて、「再稼働の条件は整っているか」との設問に対し県民の6割が「そうは思わない」「どちらかといえばそうは思わない」と回答しました。市民団体が実施した調査においても県民の約6割が再稼働に反対の意を示しています。
福島第一原発事故は終わっていません。多くの人たちが今までの暮らしやコミュニティ、故郷を失いました。廃炉作業は遅々として進んでいません。処理汚染水の放出、「復興再生利用」という名で、除染で生じた土の拡散も進められようとしています。
柏崎刈羽原発では、核防護上の不祥事による運転停止が解けてからもトラブルが絶えません。この8月には、再稼働予定の6号機で制御棒1本が引き抜けないトラブルが発生していますが、原因は未解明なままです。東電に原発運転の資格はありません。
避難計画の実効性は確認されていません。集落が孤立し、避難も屋内退避もできない状況が生じるといった能登半島地震の教訓は反映されていません。柏崎刈羽原発は豪雪地帯に立地していますが、即時避難が必要な5キロ圏でも、大雪後の除雪等で避難できない場合は自宅等への屋内退避となり、大量の被ばくが避けられません。5キロ以遠でも屋内退避の継続が優先され、被ばくをさせてでも避難させない計画になっています。
柏崎刈羽原発は、東北地方の日本海沿岸および日本海から信州・北陸に至る活断層帯の真っただ中に位置しています。日本海側の海域活断層の長期評価に関する審査は継続中です。2007年の中越沖地震(M6.8)では設計の想定を超える揺れにおそわれました。再び想定外の地震におそわれる懸念はぬぐえません。
原発の稼働によって生み出される高レベル放射性廃棄物の処分も決まっていません。原発の再稼働は「核のごみ」を増やすだけです。
東電原発事故がそうであったように、原発事故の影響は全国に及びます。柏崎刈羽原発の電気は首都圏に送られますが、そのために多くの人を不安と恐怖に陥れることはゆるされません。全国から声を届けます。私たちは柏崎刈羽原発の再稼働に反対します。柏崎刈羽原発の再稼働に同意しないでください。再稼働をやめてください。
署名呼びかけ団体:
原子力規制を監視する市民の会
規制庁・規制委員会を監視する新潟の会
ひだんれん/原発事故被害者団体連絡会
脱原発福島ネットワーク
原発を考える品川の女たち
国際環境NGO FoE Japan
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