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「霧降文庫」

2023年12月31日 (日)

「滄海よ眠れ」や「プレオー8の夜明け」など   2023年に私が読んだ厳選読書「ベスト10」ー。

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2023年12月28日 (木)

久しぶりに中国革命への興味をかきたてられた    「孫文と陳独秀」のそれぞれの思想と行動で

久しぶりに歴史への興味をかきたてられた。「孫文と陳独秀」(平凡社新書)。片や中国革命の英雄とされる孫文(1866ー1925)、片や中国共産党の創立者でありながら「裏切り者」とされてきた陳独秀(1879ー1942)。革命について上からの孫文、下からの陳独秀の思想と行動が分かりやすく展開されている。辛亥革命前後のさまざまな蜂起に関心を寄せられたが、たくさんの場面があり、さらに詳しく知りたいな、と。中国革命の歴史知識が基本的に足りないことがわかるので。特に新たに関心を持った紹介があった。辛亥革命の途中、中国の一地方でアナキズム政権が誕生していたという記述だ。「福建省南部の小さな王国だかー」、この無政府主義政権が創刊した新聞では、クロポトキン、バクーニン、トルストイなどを紹介したとある。陳独秀が「中国共産党左派反対派」としてマルクス主義、トロッキー主義のトロキズムに生きたことも含め、さまざまな思いを起こさせてくれた新書だった。正月は中国革命史を知る機会を持つことにしようと~。 414594314_6857516324377156_7088532346047

2023年12月26日 (火)

行為というものは常に早すぎると同時に遅すぎるということだ。  魅力いっぱいのシジュク「事件! 哲学とは何か」






 このBLOG「霧降文庫」にかなり以前書いていたシジュクの「事件!」。たまたまドイツ革命のローザ・ルクセンブルク(岩波文庫の彼女の「経済論」は愛読書です)の発想を振り返る場面があった。そのことから、この本について書きながら考えたことを再確認しようとした。というのは、ローザとベルンシュタインとの権力奪取をめぐる政治論争で知られる「ベルンシュタイン論争」ー、そのポイントはさまざまな社会的な場面で使える論争だと思っている。思えば、いくつかの失敗の体験などから、「これに当てはまっていたんだなー」。そう振り返ることもあるほどだ。そんな貴重な論争だと思う。なので、この冬にもう一度読みたい本のひとつが、この「事件!」だろう。よくよく見たら、さすが、現代社会学の第一人者である大澤真幸(まさち)が推薦していたのだった。
(以下は以前に書いていたBLOG「霧降文庫」から)。

 つねに早すぎると同時に遅すぎる  ジジェク「事件! 哲学とは何か」ー。久しぶりに手ごわい哲学本に出会ってしまった。新聞の書評に魅かれて手に。最初は柔らかい内容だったが、次第に深く豊かに。ヘーゲル、フランス構造主義、プラトン、デカルトがひょいと登場。かなり哲学的素養がないと、全体を読み込めない。私なども「これは硬いな~」と思いながらも、最後まで。そのうち、以下の箇所は「なるほどねー」と。なかでも「政治的事件」について。ドイツ革命で知られるローザ・ルクセンブルクとエドゥアルト・ベルンシュタインとの「権力を掌握するのは時期尚早」論争に触れてから。もちろん、ルクセンブルクの「時期尚早の行動こそが、最終的勝利の政治的諸条件を築きあげるのだ」に、軍配をあげる。以下の文章はそれらのあとで。
(以下は本文の一部です)

 もちろん問題は、行為と言うものはつねに早すぎると同時に遅すぎるということだ。一方では条件が整うことなどありえない。緊急性に屈服せざるを得ない。じゅうぶん待つ時間などない。戦略を練り上げる時間はない。行為はそれ自身の諸条件を遡及的に確立するという確信と危険性を覚悟しなければならない。他方では、緊急だという事態そのものが、行為が遅すぎたということを物語っている。もっと早く行動すべきだったのだ。行為はつねに、我々の行為が遅すぎたために生じた状況に対する反応である。要するに、行為にとってちょうどよい時期などないのだ。ちょうどいい時期を待っていたら、その行為は事物の秩序内のひとつの出来事にすぎなくなってしまう(スラヴォイ・ジジェク『事件!哲学とは何か』「支線4-3真理は誤謬から生まれる」122頁~123頁)。 (折々の<状況>その37)




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山川 久男、白崎 一裕、他6人

2023年11月27日 (月)

中国共産党の源流を知りたいと思い   近代中国の先導者「陳独秀」を読む


「陳独秀(ちんどくしゅう) 反骨の志士 近代中国の先導者」(山川出版社 2015年10月30日第一版 筆者は慶応大教授の長堀祐造さん)、95ページの、いわば冊子だが、陳独秀の予備校知識がほとんどないので、2日間かかった。動機は中国共産党の源流を知りたいと思いー。この本によると、中国共産党は1921年に上海で創立したが、この年から5年間、彼が最高指導者だった。留学などで5回にわたって訪日している。闘争の総括などで失脚後、トロッキーの中国革命論に同感するなどして中共トロッキー派の代表格になる。

この流れの論述によると、1925年にモスクワに中国革命の幹部を養成する大学が開校。「トロッキーが開校式を主催した」とある。当時2つの大学で中国人留学中「500人」が学んでいたという。これも含め、ロシア革命と中国共産党とのさまざまな関係を教えられる。中国共産党から除名されており、長く無視同然だったが、というか、批判の対象であったようだ。同書では「改革・開放以前の中共党史における陳独秀の歴史的評価は、建党の功績を除けば、極めて厳しいもので、陳独秀は『反面人物』(悪役、敵役)として描かれるのが常である」。しかし、最近になって陳独秀再評価の気運も生まれているようだ。

中国革命といえば、「孫文」は広く知られているが、「陳独秀ってだれ?」というのがふつうかも。が、平凡社新書には「孫文と陳独秀」が発刊されている。浅学非才の私が知らなかっただけだった。きょうにも「孫文と陳独秀」をネット本や「本や
タウン」に注文しようと思う。

辛亥革命の大立者は国父と称えられ、新文化運動の指導者にして中国共産党創設者は裏切り者扱い。中国近代を招来した二人の真の姿は。

内容情報「孫文と陳独秀」(平凡社新書)837
[BOOKデータベースより]275035jpg

辛亥革命の立役者となり、初代中華民国臨時大総統に就いた孫文は英雄とあがめられ、いっぽう、新文化運動・五四運動を領導し、中国共産党を創設した陳独秀は長く「裏切り者」の誹謗にさらされてきた。ほんとうは彼らは何を考え、何をしたのか?事績を対照させ、中国現代史の歪曲を正す。

第1章 甲午の役(日清戦争)と庚子の役(義和団)
第2章 中国同盟会の結成と陳独秀の東京留学
第3章 中華民国の誕生
第4章 『新青年』と「新文化運動」
第5章 中華革命党と党治論、愚民論
第6章 マルクス主義者となった中国共産党創設
第7章 広東軍政府の建設とコミンテルンの支援
第8章 孫・陳提携と「国共合作」

[日販商品データベースより]

辛亥革命の立役者・孫文は国父と称えられ、一方、新文化運動の指導者にして中国共産党創設者・陳独秀は裏切り者扱い。歪んだ評価を正し、中国近代を招来したふたりの真の像を対比的に描く。

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2023年11月25日 (土)

26日(日)は「大霧降フェスーあつまれきりふりの森ー」へ   私も買い物と食べ歩きを楽しむことにしますー


11月26日(日)は運営している古書店図書室「霧降文庫」の今季最終日だが、facebookで同日の26日(日)は、「霧降高原ニュー霧降キャンプ場」で「大霧降フェスーあつまれきりふりの森ー」の開催が告知されていた。以前は「天空の収穫祭」という名前で、チケット制だった。「霧降文庫」も何回か出店させてもらっているなじみのイベントだ。チケット制のランチコースではなく、体験型のお祭りとか。名称も変わったのは知りませんでしたー。
告知によると、今回はキッチンカーが出店したり、タップダンスショーがあったりと。いずれにしろ、私が暮らす霧降高原や周辺の仲間やともだちが運営していると思うので、私も午前中にも会場へと。午後はもちろん「霧降文庫」の今季最終日へ。オープンは正午~夕方なので、「霧降フェス」に参加してから、「霧降文庫」へ。片道10分もあれば、「ニュー霧降キャンプ場」から帰ってくることができるだろうーと見込んでいます。
(以下は、facebookにアップされていた「大霧降フェス」の案内です。転送してお伝えします)。
霧降高原の食と遊の祭典<<大霧降フェス-あつまれきりふりの森>>のお知らせ

11月26日(日) 天空のあらため【大霧降フェス-あつまれきりふりの森】開催!
今年は従来のチケット制によるランチコースではなく様々な販売、体験ブースで自由にお買い物や食べ歩き、体験を楽しんでもらうお祭りです。
入場は無料、チケット制ではないのでどなたでも会場で自由にお買い物、体験を楽しんでいただけます。時間は10:0016:00、会場は霧降高原ニュー霧降キャンプ場です。
当日は日光、今市、霧降エリアを中心に20あまりのお店・団体の販売ブースやキッチンカー、体験スペースが登場します。
今とは一味違う霧降高原のお祭りで皆さんをお待ちしています。
詳細はInstagram、@kirifurifesで検索ください。394508347_810341737558928_36099528637122

2023年11月24日 (金)

25日(土)と26日(日)で今季終了の「霧降文庫」へ     11月27日(月)から「冬季休業」に入りますー。

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「霧降文庫」(日光市所野1541-2546 ☎090・5351・3440)の今季2023年度はあす25日(土曜)、26日(日曜)が最終です。27日から例年どおり冬季休業に入ります。再開は来年4月末のゴールデンウィークから。晩秋の霧降高原の解放的なウッドドデッキで本を片手に☕談義でも~。肌寒くなったら、「🎵何もないけど、暖まっていきなよー🎵」。暖かい薪ストーブが待ってます。

 


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2023年11月22日 (水)

海外で人気、博士論文の対象にも~    奇妙な芥川賞作品「コンビニ人間」(村田紗耶香)


それほど芥川賞作品を読まない私にしてもこの意表を突いた、普通の感覚から見事に外れた「コンビニ人間」で、にわか「村田沙耶香」ファンになりました~。その後に彼女の「消滅世界」、「地球星人」、「生命式」などを手に。いずれもあたりまえの常識を楽々と、というか、ひょいと、超えた先の村田さんの奇妙な感覚を味わえた。

その後も今はどんな新作を書いているのか、と、「村田紗耶香」さんから連想して、作家たちの顔が。愛読しているのは、「鷲田清一」や「内田樹」、「大澤真幸」、「中沢新一」、「上野千鶴子」や「川上弘美」、「斎藤美奈子」「高村薫」や「内山節」、「澤地久枝」(滄海よ眠れや妻たちの2・26事件)に「赤坂憲雄」(東北学)など。彼らの作品を気にしている。いや、待てよ、他に、そうそう、「柄谷行人」(世界史の構造)、「筒井康隆」(パプリカや旅のラゴス)「俵万智」(サラダ記念日)、「田中優子」(カムイ伝講義)、「森まゆみ」(上野戦争)、「熊沢誠」(国家の中の国家)も。

あげてみたら、ファンだった亡くなった作家、評論家はかなり多い。「廣松渉」(資本論の哲学)や「阿部謹也」(ハーメルンの笛吹き男)、「高木仁三郎」(プルトニウムの恐怖や市民科学者として生きるなど)、「大岡昇平」(レイテ戦記)、「大江健三郎」「加藤典洋」(言語表現法講義)や「石牟礼道子」(苦海浄土)、「池田晶子」「吉村昭」(戦艦武蔵や総員起し))、「安部公房」「白川静」「城山三郎」も。

若い時は「岸田秀」(ものぐさ精神分析)、「吉本隆明」(最後の親鸞や共同幻想論に西行など)、「鶴見俊輔」「高橋和巳」(邪宗門)、「清水昶」「寺山修司」(書を捨てよ町に出ようやかもめ)「丸山眞男」(日本政治思想史研究)、「羽仁五郎」(都市の論理)や「星野芳郎」「中岡哲郎」(労働の哲学)、「北杜夫」(どくとるマンボウ航海記や同青春記)、「坂口安吾」(堕落論)などだったがーなども。

いずれもふだん気になるこうした作家たちのそのひとりが村田紗耶香さん。FACEBOOKの論評によると、海外で評価が高く、博士論文の対象にする学生もいるとか~、これは初耳。「そうか~そんな対象になるのか、それもなるほどかな~」とも思う。

 

これをアップしようと思ったのは、きょうのFacebookで太田恵一さんが「おすすめの本」で、「コンビニ人間」についてうまいこと紹介していたため。とくに海外では博士論文の対象にしようと考えている学生もいるとか~のような指摘しから。気になる作家だと書いていたら、さらにいろんな作家、評論家、哲学者や社会学者などの顔が浮かんできたためです。以下はfacebookにアップされていた太田さんの論評です。




コンビニ人間 村田紗耶香






第155回(2016年)芥川賞受賞作品。

私は芥川賞作品が苦手だったのですが、最近、その毒気に汚染されつつあります。特にこの作品は思わず審査員が笑ってしまった作品だということ、また30以上の国・地域へ翻訳されていて、これは村上春樹、よしもとばななに匹敵すると聞き、手にしてみました。

主人公「古倉恵子」は36歳、コンビニバイト歴18年。子供の頃から変わっていて、感情が希薄。例えば、死んでいる小鳥を見て、持って帰って焼き鳥にして食べようと母親に言う。小学校でけんかを止めようとしてスコップで男子の頭を殴りつける。彼女にすれば最も効果的な方法であって、「やりすぎ」という感覚が欠如しているのである。
自分が何かおかしいと気付き始めた彼女は、何が「普通」なのかを学ぼうとするが、まったくわからない。そこで自分から行動することをやめ、誰かの指示に従うか、他人の真似をして、手探りで社会に順応しようとする。コンビニでのバイトを始めた彼女ははたと気づく。コンビニにはマニュアルがある。マニュアルどおりの笑顔、マニュアルどおりの挨拶をすると、周りとの関係がとてもスムーズに運ぶ。そう、コンビニが「普通」を教えてくれる場所だったのである。
しかし年齢を重ねるうちに「普通」が変わって来る。なんで就職しないの?なんで結婚しないの?コンビニのマニュアルが教えてくれない「普通」への対応に困った彼女はクズ男と偽装結婚して、コンビニを退職することに。はたして彼女はコンビニを卒業できるのか???

こんなテーマを思いついたのは、村田氏が実際にコンビニでバイトした経験によるとのこと。海外で高評価なのは、このコンビニという文化がとても日本的で興味深いからで、村田作品で博士論文を書こうとする学生もいたらしい。

「個性」ってなに?
「普通」ってなに?
なんで「普通」を押し付けて来るの?

奥深いテーマを持つ、とても変わった小説でした。

因みにこの作家、他の作品はエグイものが多いらしく、「クレイジー紗耶香」と言う異名を持っているらしいですね。う~ん、そそられてしまいそうで怖い。。

 

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2023年11月21日 (火)

気づいたら、自分自身がその敵であるとしたらどうだろうか?   刺激的な「この世界の問い方ー普遍的な正義と資本主義の行方ー」

71wiy2g4ctl_ac_uf10001000_ql80_ 相変わらず社会学者、大澤真幸(おおさわまさち)の論考が刺激的だ。書店で知った「この世界の問い方ー普遍的な正義と資本主義の行方」(朝日新書)。一年前の11月30日初版だとは知らなかった。真幸本は「夢よりも深い覚醒」、「社会学史」や「不可能性の時代」などでどんな論考も何らかの発見があるが、この「この世界の問い方」もまた。今、みんなが知りたい課題に別の角度から腑分けしていくお手並みは格別だ。「ロシアのウクライナ侵攻」(第一章)、「中国と権威主義的資本主義」(第二章)、「ベーシックインカムとその向こう側」(第三章)、「アメリカの変質」(第四章)と進む。なかでも〈ふむ、そういう展開も考えられるのか〉、と新しい見方の仕方を迫られたのが、権威主義的資本主義と規定される躍進の中国とアメリカの今後の体制について。進行する格差拡大の現状を伝えた後で示されるところだ。

 

「アメリカ(リベラルな資本主義陣営)で浸透しているのは、以下の2つの不安である。①資本主義は残らないかもしれない②残るとしたら、それはひとつだけだ(権威主義的資本主義だけ)。敵の方が優勢で、自分たちは負けるかもしれない、と思うと、恐ろしくなる。しかし、もっと恐ろしいことがある。あるとき気づいたら、自分こそがその敵であるとしたらどうだろうか。たとえば、「鬼滅の刃」で、鬼滅隊は鬼と闘っているわけだが、自分自身が鬼であったと発見したら、どんなに狼狽し、絶望することだろう。このように考えてくれば、ほんとうの大きな問いがどこにあるのか、はっきりする」。 402146060_6727030687425721_4957241633042

2023年11月16日 (木)

「昭和の青春ー時代を動かした原動力ー」(池上彰)を注文した  「団塊の世代とは何だったのか?」をどう伝えているかー。

私もまさに団塊の世代。1949年組の最後。町でただひとつの中学校の同級生は6クラス270人。「レトロな昭和」の記事に魅せられたり、気になったり。要するに高度成長に向かっていた消費社会の入口、若い女性たちが「アンアン」「ノンノン」を小脇に小京都を訪ね歩く「アンノン族」がブームに。その一方で吉本隆明の「転位のための十篇」、高橋和巳の「憂鬱なる党派」、清水昶詩集「長いのど」、廣松渉の「資本論の哲学」、羽仁五郎の「都市の論理」や「朝日ジャーナル」と「情況」を片手に(あしたのジョーの「少年マガジン」も)沖縄返還、ベトナム戦争、三里塚空港、70年安保、大学自治会争奪戦、来たるべき社会体制の構想…そして悔やむべき連合赤軍事件(「浅間山荘事件」が起きたとき、私は沖縄返還協定粉砕闘争で東京拘置所の独房生活の青春だったが〰️)。それに反戦フォーク、石原吉郎と金子光晴、ピート・シガー、岡林信康、浅川マキ、「黒テント」、「天井桟敷」、「雨を視たかい」、「シカゴ」「ピンクフロイド」、「コルトレーン」「マイルス」など、フォークもJAZZもロックも演劇も時代の空気を吸い込んでいた(当時、映画には縁が薄かったかも。それでも大学祭で「戦艦ポチョムキン」を大講堂で上映したことも)。いわば政治問題が我が事として、「ご飯」のような日常だった混沌としたあの時代とは何だったのか、振り返りたいのだろうね。それを同世代の旗手である池上彰さんが新書「昭和の青春ー日本を動かした世代の原動力ー」に。発売は今月17日だそう。ぜひ読みたいので、きょう15日、ネット書店「本やタウン」経由で注文しました。 106jpg 41ks9s9cpljpg 51nekgykdwl_sy445_sx342_jpg

2023年11月14日 (火)

「孤独な隠遁者としての式子内親王」のエッセイ      脱原発弁護士で知られる海渡雄一さんは短歌の世界も

今、「東電刑事裁判 問われない責任と原発回帰」(彩流社 2023年9月20日初版)を読んでいる最中だが、その著者である海渡雄一さん(もうひとりの著者は、大河陽子弁護士)は、多くの脱原発裁判を担当してきた脱原発を代表する弁護士(社民党党首、福島みずほさんの旦那さんでもある)。その海渡さんがfacebook(私はfacebookともだち)で本人が「趣味」という短歌の世界、そのうちの式子内親王の歌についてていねいなエッセイを書いていた。
題して「孤独な隠遁者としての式子内親王」。私などはもともと短歌の世界にはなじみが薄い(道浦母都子さん、俵万智さん、寺山修司ぐらいは読んでいるが、王朝時代の歌はほよんど知らない)。それでも海渡さんの式子内親王の歌のついての説明を読んでいくと、この内親王の胸の内や生涯を知りたいと思わせた。
ネットで「式子内内親王」を検索すると、たくさんの画像とかなりの数の彼女についての著作が。そのうちのひとり、名前は承知している馬場あき子さんも書いていることがわかった。古今和歌集や新古今和歌集の世界には縁遠いが、この式子内内親王の歌を通して、私も少しはこの手の世界にも触れようかな、と思わせたことだった。
(以下は、facebook上の海渡雄一さんのエッセイです)
今日は、上着がないと寒い一日でしたね。秋の色が濃くなり、東京でも、木々が色づき始めています。秋はとりわけ式子内親王の歌に親しみたい季節ですね。式子内親王は生涯、京都の加茂神社といくつかの屋敷で暮らし、山の中に隠棲したことはありません。しかし、彼女の歌の中にはみずからを孤独な隠遁者に見立てた歌をたくさん見つけることができます。父親の突然の即位により内親王となり、斎院に任じられ、生涯誰とも結ばれることのない孤独な人生を、自らの選択ではなく、運命の星から与えられたのが、式子の生涯だったといえます。
家集364番
秋こそあれ人はたづねぬ松の戸の いくへも閉じよ 蔦のもみぢ葉
この歌は、残っている三つの百首歌にはなく、新勅撰和歌集に選ばれて、伝わる歌です。
奥野陽子先生の訳をご紹介します。
「まさに秋の色がここにあるよ。秋は来たけれども、人は訪れはしないこの松の戸を 幾重にも美しく閉ざせよ。蔦のもみぢ葉よ。」
孤独の裡に生きることの決意をみなぎらせている、すさまじい孤絶の歌であると思います。
家集97番
見しことも、見ぬ行く末もかりそめの枕に浮かぶまぼろしの中
この歌は秋の歌ではありませんが、孤独をうたった、なんという悲しい歌でしょう。これは、初期の作品とされる「前小斎院百首」の中の一首です。この前小斎院百首の中に雑歌として連作されている15首には、式子の隠遁志向が際立つ歌が並んでいます。
家集381番
身にしみて音に聞くだに露けきは 別れの庭を払ふ秋風
この歌は、藤原俊成が妻を喪い、茫然としているのを悼み、送った連作11首の歌の最後です。これも、奥野先生の訳で紹介します。
「しみじみと身にしみて、その音を聞くだけでも湿りがちになるのは、別れの庭を吹き払う秋風でありますよ。」
式子にとって俊成は和歌の師です。その師の悲しみと秋風が身にしむことを、絶妙に歌い、師を慰めようとする、式子の優しい心根もうかがうことができますね。
阿弥陀仏(経)を
家集347
露の身をむすべる罪はおもくとも もらさじ物を花の台に
これも、小田陽子先生の訳で読んでみましょう。
「露のようにはかない人の身に露のように凝結する罪業は、しかし露とは違っておもくとも、阿弥陀仏は露の身をもらさず救ってくださることであろうよ、極楽の蓮の花の台の上に。」
この歌はどの百首かはわからない歌で、新後撰和歌集の釈教の部に採られている歌です。阿弥陀如来は、誰をも漏らさずに救うということをテーマとしています。浄土の教え自体はもう少し前からありましたが、法然の浄土の教え・他力本願の教えが広まったのは、式子が亡くなったあとのことです。式子内親王が、孤独な内親王の身であり、戦乱の世の中で、兄以仁王も、この闘いで失っています。「露の身をむすべる罪はおもくとも」との上の句は、式子が自らを罪びとであると考えていたことを示しています。何を自らの罪と考えていたのかは、この歌からはうかがい知ることができません。しかし、式子は、定家が「明月記」で報告しているように、加持祈祷などを斥け、浄土の他力の教えを奉じていたことは間違いないでしょう。
しかし、式子には、次のような歌もあります。
家集99番
始なき夢を夢とも知らずして この終りにや覚め果てぬべき
この歌も、仏教の教えに関する歌です。小田陽子先生の訳はつぎのとおりです。
「無始よりの無明長夜に見る夢を夢だと悟らずして、今生の臨終において迷いなく正念に住し、すっかり夢から覚めてしまうことがきっとできるのであろうか、あるいはできないのではないだろうか」
法然は、激しい修行などの自力を捨て、「南無阿弥陀仏」とだけとなえて、阿弥陀如来にすべてをゆだねれば、必ず浄土に往生できると説きました。式子はこの教えを信じていたはずです。ところが、この歌は、この教えに深く帰依しつつ、なお、往生を疑う心が浮かんでくることを正直に告白しているといえます。小田先生は、「式子の自力的傾向を示す歌である」と述べられています。人間の心は不思議ですね。
秋の歌から始めて、最後は、阿弥陀仏の話になってしまいました。この続きは、また日を改めて書いてみます。
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