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「霧降文庫」

2024年6月19日 (水)

ウクライナ戦争以後の世界の「常識」にーー   現代思想の奇才・ジジェクの「戦時から目覚めよ」 

「現代思想の奇才」とされるスラヴォイ・ジジェクの「戦時から目覚めよ」が、NHK出版新書として発刊されているのを知ったばかり。ジジェクが気になっていたので、さっそく購入の手続きをとった。オビでは「ウクライナ戦争以後の『常識』の本質をえぐる」とある。これだけでも、魅力的だが、もともとはつい最近、彼の「事件!ー哲学とは何かー」を再読したことから。さまざまな映画評やマルクス、フロイトまではいいとしても、さらにラカン思想を散りばめており、かなり難解な内容だった。ただ、ベルンシュタイン論争問題のポイントなど、あちこちに「なるほど」のところが。この「事件!」は2015年10月20日初版発行。もう10年近い前の書籍だ。なので、<最近はどんな論を書いているのだろうか?>。と思っていたところ、今年発刊されたばかりの新書があることを知った。内容紹介によると、「今日のウクライナにおけるレーニン」とか、「ロシアと西欧の文化戦争」、あるいは「狂気のリズムにブレーキをかけろ」といった、いかにも読みたいと思わせる見出しがある。18日夜にネット経由で注文したら、あす20日には今市の書店に届くというメールが入っていた。どういうわけか、いつもより数日早い連絡だ。ともあれ、すぐにでも書店に寄って、この新書を手にすることにしたいー。

(以下はネット「本やタウン」の案内から)[BOOKデータベースより]

ウクライナ、パレスチナ、西欧とロシアの文化戦争―ジジェクの思想と政治批評にこの一冊で入門する!戦争を防ぐために何が足りないのか?

序 フュチュールとアヴニールのはざま
さらばレーニン ようこそ無能な侵略者たち
戦争(と平和)の異常な平常化
黙示録の五番目の騎士81rinrfo9dl_ac_uf10001000_ql80_
「サファリ」的な主観性
ほかの国が果たすべき役割
結束する権力者に立ち向かえ
今日のウクライナにおけるレーニン
ヒマワリの種がたっぷり入ったポケットから、何が育つのか?
倫理観の衰退を示す紛れもない兆候
偽の目覚めに騙されるな
ロシアと西欧の文化戦争
狂気のリズムにブレーキをかけろ
富裕層への課税?それでは足りない!
アサンジ:そうとも、われわれにはできる!
結論 手遅れの場合、どう始めればいいのか?

[日販商品データベースより]

人類の”大惨事”は避けられるか?

気候変動、生態系の破壊、食糧危機、世界大戦――人類の破滅を防ぐための時間がもう残されていないのだとしたら、我々は今何をなすべきなのか?パンデミックを経てますます注目される現代思想の奇才が、西欧と世界で今起きている事象の本質をえぐり、混迷と分断渦巻く世界の「可能性」を問う。

 

2024年6月18日 (火)

独裁政権が危機・崩壊を迎えようとするとき。。。。   スラヴォイ・ジジェク「事件ー哲学とは何かー」から

きょうは一日中、小雨模様だった。それなら「晴耕雨読」で、もう一度読みたかったスラヴォイ・ジジェクの「事件ー哲学とは何かー」を。確か社会学者・大澤真幸さんが推薦していたので、買い求めた覚えがある。ドイツ社会民主党を二分したことで知られる大激論である「ベルンシュタイン論争」ー。そこでの革命家・ローザ・ルクセンブルクの同感できる主張を同人誌「序説」に以前、書いたことがある。この本では、このベルンシュタイン論争とは別に独裁政権が危機・崩壊を迎えようとするときの場面の記述が印象的だった。映画にもなりそうな場面状況だからかもしれない。改めてこの部分を読み返すと、「なるほどねー」と。支持率が危機的な状況にある岸田政権や人気が急降下している小池都知事の行き先を思わせるからだ

以下にその「事件」からその箇所(158ページ)を抜き出してみる。あなたも「なるほどー」となるかもしれない。

独裁政権がその最後の危機・崩壊を迎えようとするとき、たいていは次のような二つの段階を経る。実際の放下に先立って、不思議な分裂が起きる。突然、人々はゲームが終わったことに気づく。彼らはもう恐れない。政権がその合法性を失っただけでなく、その権力行使そのものが狼狽した無能な反応に見えてくる。1979年のイラン革命の古典的な解説であるあ『シャーの中のシャー』でリュザルト・カプチンスキーは、この革命が起きた正確な瞬間を突き止めている。テヘランのある交差点で、ひとりでデモンストレーションしていた男が、警官に立ち退けと怒鳴られたにもかかわらず、動こうとしなかったので、警官は黙って引き下がった。この話はほんの1、2時間のうちにテヘラン全市に伝わり、その後数週間にわたって市街戦が続いたものの、すでに決着がついたことを誰もが知っていたー。

 

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2024年6月17日 (月)

重要なのは、下からの民主主義によって   「ローザ・ルクセンブルクー戦い抜いたドイツの革命家ー」

 


448546788_7589183491210432_6479237693635 「ローザ・ルクセンブルクー戦い抜いたドイツの革命家ー」(姫岡とし子、山川出版社)。2020年11月初版、わずか110ページのブックレットだが、中身はなかなかのものだ。ドイツ社会民主党を二分する論争となったベルンシュタイン論争、そこでのローザの位置付けを知りたかった。それがこの冊子へと至った。同書によると、1899年初頭にローザの恐慌論をなどを批判しながら、ベルンシュタインが「社会主義の諸前提と社会民主党の任務」を出版した。これに対するローザの書評論文は大きな反響を呼び、絶賛の声が相次いだ。ただちに掲載済みの論文と合わせて『社会改良か革命?』のタイトルでパンフレットとして出版されたとある(34ページ)。
 いわゆる修正主義論争だが、この冊子でわかりやすく伝えているのは、社会主義についてのローザの組織論、というか、大衆との関係。この点がレーニン主義、ボルシェヴィキと発想というか、構え方が決定的に異なるところだ。
 同書はこう記す。ボルシェヴィキは「民主主義か独裁か」というかたちで問題を設定したが、ローザにとっては、こうした二者択一的な問題設定ことが誤りであった。彼女はプロレタリア独裁をめざしたが、それは民主主義の廃棄ではなく、民主主義を新しく発展させて社会主義的民主主義を創始することであった。
 重要なのは、少数の指導者による上からの押しつけではなく、プロレタリアートが下からの民主主義によって階級独裁をつくりだすことだったのである。そのためには大衆の積極的な参加と直接的な影響の行使、さらに公衆全体による統制が必要だった。そして、プロレタリアートは社会主義建設を自立・自律的に担える人材へと成長しなければならかった。その場を与えるのが、創造的で民主的な活動への参加である。
 その過程で人民大衆は、残された使命を達成できる政治的な訓練を重ね、文化的水準を高めるための精神変革を達成する。こうした大衆の直接行動と批判をも辞さない自由な精神活動の展開こそが、ローザの考える社会主義の神髄であり、手段であり、目的であった(96ページ)ー。

 ということで、今でもローザの発想は「なるほどー」と。この「ローザ・ルクセンブルク」を書いている東大名誉教授、姫岡とし子さんはフランクフルト大学でも学んだドイツ近・現代史研究家という。同世代でこんな研究家がいるのは、浅学菲才にして、今になって知りました。

 

2024年6月 6日 (木)

長期にわたる環境汚染に無関心でいられるはずがないー  「折々の言葉」の「沈黙の春」「苦界浄土」「複合汚染」

Isbn406274815_00 鷲田清一さんの「折々のL言葉」(6月5日)になるほどーと。「沈黙の春」(カーソン)と「苦界浄土」(石牟礼道子)はもちろん読んで、大いに感銘したが、考えたら「複合汚染」は浅学菲才にして。なので、今市の書店で探したが、なかったので、ネット「本やタウン」経由で注文することに。その書店の書棚で、有吉佐和子さんの文庫は3冊あり、そのうち「女二人、ニューギニアに」といった紀行文も書いていたのを知りましたー。これもいつか読んでみたいなともー。


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たまたまだが、先週、書店で見かけた鷲田さんの「ちぐはぐな身体」の文庫本を読んだばかり。鷲田さんにはメルロー=ポンティ研究のほか、たくさんの著作があるが、私は「じぶん・この不思議な存在」や「『聴く』ことの力ー臨床哲学試論ー」などが特に印象的だ。「じぶん・この不思議な存在」と「旅のラゴス」(筒井康隆)はときたま若い人の誕生日に贈っているぐらいなのだ。
(以下は6月5日の鷲田清一さんの朝日新聞「折々の言葉」から)

女性の声や力や思想や発想……が国や社会を動かすようにならないと……原発事故以降の日本の社会はうまくいかない

 (片山杜秀)

     ◇

 公害をめぐる物語、『沈黙の春』『複合汚染』『苦海浄土』が、R・カーソン、有吉佐和子、石牟礼道子ら女性の手で紡がれたのは偶然でないと、思想史家・音楽評論家は言う。人を産み、育むことを本気で考えるなら、長期にわたる環境汚染に無関心でいられるはずがない。原発事故だって紛(まぎ)れもない公害だと。『線量計と機関銃』から。

 

2024年5月20日 (月)

マルクスもフロイトもチョムスキーも   「構造主義者とは誰か」という問いに

読まなければと思いつつ、積読だった上野千鶴子の「構造主義の冒険」(勁草書房)をようやく読んだ。1985年初版のいまや「古典」の本かもしれない。「セクシィ・ギャルの大研究」や「おひとりさま」シリーズで知られるあの上野千鶴子さんが、若き頃はレヴィ=ストロースに代表される構造主義を徹底して読み込んでいたことはこの本で初めて知ったのだった。

「構造主義入門」、「異人・まれびと・外来王」、「構造主義の認識論ーレヴィ=ストロースの場合」、「発生的構造主義に向けて」など8論文から成る。「思想」や「現代思想」掲載のものや日本社会学会の「社会学評論」掲載のものなどだが、基本的にかなり硬い評論であるのは否めない。

ただ、「発生的構造主義に向けて」は、すんなりと興味を持って読んだ。構造主義の第二世代に触れたところ。「構造主義者とは誰か」という段落で、第二世代の「ド・ジョルジュ」「グラックスマン」、「ガードナー」が挙げている「構造主義者」たちだ。

それによると、構造主義者とは、マルクス、フロイト、ソシュール、ヤコブソン、ストロース、バルト、アルチュセール、フーコー、ラカン、ピアジュ、チョムスキーを挙げているという。マルクスもそうなのかと思うと同時に、いわゆる構造主義者と言われるとは思っていなかった思想家も。これらは濃淡はあるが、いずれも若い頃から、私が読んだり、触れたり、積読している人たちばかりだ。それで「そうか!、期せずして、構造主義の主流派に親しんできたのかー」と、思ったことだった。

 

 

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2024年5月13日 (月)

既視感を覚えた「こがね虫たちの夜」    五木寛之「作品集 1 」「蒼ざめた馬を見よ」から

「青春の門」や「親鸞」などで名高い五木寛之の読んでいなかった初期作品「こがね虫たちの夜」に、確かな既視感を覚えたのだった。「五木寛之作品集 蒼ざめた馬を見よ1」。初版は1972年10月5日とあるから、古書店で求めたのだろう。印象的な「こがね虫たちの夜」は1968年12月発表とか。作品としてはこの中にある「蒼ざめた馬を見よ」、「さらばモスクワ愚連隊」や「艶歌」などのほうが高いだろう。が、個人的な体験を重ね合わせると、「こがね虫」のほうが興味深い。美大生の紀子が友人に誘われてスナックのアルバイトを始めるところから始まるー。そこでの常連の貧乏学生3人の交遊を中心にした物語。学生運動が再び盛り上がる1960年代後期の政治的な空気を背景にした日々の中、ひとりは途中で病死する。そしてそれぞれの世界へ旅立つ。毎日が何が起きるかわからない生き生きしていた当時を中年にさしかかったスナックママの今、こう回想する。「いま、生きているのは、おまけ。本当のところはもう済んじゃっている」とつぶやく。なんとなくわからないではない感覚だが、年を重ねてみると、やや、ふむ?そうかな?ー少し感傷的すぎるのではないかとも。でも、そのシーンには既視感があるのでしたー。 441518452_7415421078586675_3081746019922

2024年5月 6日 (月)

ヘーゲル哲学者・長谷川宏さんも「思想を鍛える機会に」    東大闘争の「権威に異議申し立て」 

朝日新聞連載の「語る」は、哲学者・長谷川宏さんー。その6回目は、1969年の東大闘争。闘争の考えに共感して「権威に異議申し立て」と、自らの判断で渦中に。当時、大学院博士課程を満期退学し、研究中だったとか。私たちより、一世代うえの人であったのかと知るー。この人のヘーゲル講義はよく知られるが、私も手にしてきたが、どうも途中で投げ出していた思いが。ただ、詩人・茨木のり子さんとの対話は、よく記憶に残っている。ただし、これは再読しないといけないなと、思わせたのでしたー。

(以下は朝日新聞記事から)

(語る 人生の贈りもの)長谷川宏:6 教授と団交、権威に異議申し立て

写真・図版
東大安田講堂前に他大学を含む8千人の学生が集結した=1968年11月、東京都文京区

 ■哲学者・長谷川宏

 

 《大学院博士課程を満期退学し研究を続けていた1968年7月、東大全学共闘会議(全共闘)が結成された。医学部学生によるインターン制度反対に端を発した運動は、機動隊の学内導入への抗議で、10月に全学無期限ストへ突入した》

ここから続き

 主張には早くから共感しました。ただ年長なので静観していた。参加は12月。前月に文学部で8日間の団交があり、さらに日大・東大の全共闘を中心にした全国学生総決起集会が構内で開かれたのは大きかった。

 無党派のノンセクトラジカルとして、20人ほどの哲学科の院生仲間と哲学科教授たちを相手に団交を始めました。学生の無期停学処分が不当だとか、教授会の権威主義を批判するとか。「国大協自主規制路線反対」「産学協同反対」「大学解体」などのスローガンに象徴される異議申し立てです。

 自身の思想を鍛える機会だとも思ったんですね。ずっと抱えてきた問い、生きることと研究とがどうつながるのかが、目の前で突きつけられている――自分がどこへ向かうのか、どきどきするような、高揚感がありました。牧歌的ムードだった60年安保のときとは違う。自分で決断したことへの誇りもあった。

 《年明け、「安田講堂攻防」とも呼ばれ、メディアで大々的に報じられた衝突が起こる》

 機動隊が安田講堂の封鎖解除に乗り込んできました。知人の何人かも講堂に立てこもりました。切迫感は最高潮でした。

 僕も講堂に入るかどうか迷ったのですが、結局入らなかった。当時、東京医科歯科大生だった一番下の弟が学生運動で逮捕され、拘置所にいた。これ以上、故郷の両親を心配させるわけにはいかない、そんな気持ちも働いたんですね。

 安田講堂に立てこもった僕の知人たちはみな人格者でした。(聞き手・藤生京子)

     *

 はせがわ・ひろし 1940年生まれ。著書は約30冊。詩人の谷川俊太郎や茨木のり子との共著もある。

 


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連載

2024年5月 4日 (土)

日光霧降高原はまるで「桃源郷」のように   自生のヤマツツジが街路に庭先に

霧降高原はいよいよこのヤマツツジの季節。自生のヤマツツジが街路に庭先にあふれる。赤が基本で、なかでもそれこそ真っ赤になって咲き誇る様はなんともいえない雰囲気だ。あと10日間ほどはこの「桃源郷」のような光景が楽しめる。日光の隠れた名所と言える霧降高原のヤマツツジの自然をたくさんの人が楽しんで欲しいなと。 438302306_7375518752576908_3102482858653 Photo_20240504214901 Photo_20240504215001

2024年5月 2日 (木)

読み応えあったローザ・ルクセンブルクの「ロシア革命論」    ロシア革命を擁護しつつ、基本的な痛烈な批判も

ローザ・ルクセンブルクの「ロシア革命論」を読了した。積読本で長く本棚にあったのだが、「ベルンシュタイン論争」を詳しく知り、ローザの思想、というか、構え方をとらえようとした流れで手に。さまざまな感想があるが、ロシア革命論は、レーニンやトロッキーの成し遂げたロシア革命に全面的に擁護しつつ、社会主義的民主主義を否定する政治政策を痛烈に批判している。ただ、その責任はドイツが革命を起こせないことにあると、返す刀でドイツの革命政党やプロレタリアートを批判し、鼓舞している。第一次大戦の中での革命ロシアの紆余曲折路線もやむを得ないとして理解も示す。だが、レーニンのとった反民主主義的な基本政策を批判している。いわば、反レーニンの姿勢だ。彼女の資質から発せられていることが読み取れ、それもかなり納得できる。とても獄中で執筆した論文とは思えない高い内容だ。ただ、このローザのロシア革命論を正確にとらえるためには、「ロシア革命史」(トロッキー)や未完の「ドイツ革命」などのきちんとした基礎知識が必要になるだろうと思えた。トロッキーのロシア革命史は若いときに文庫本(上、中、下)で読んでいるが、再読しないといけないだろうと。「ベルンシュタイン論争」から、ローザの他の「経済論」や「資本蓄積論」などの著作や今一度、レーニンの「帝国主義論」「国家と革命」も再読しないといけないなとも。それらを経てからでないと、しっかりしたローザの「ロシア革命論」を論評できないともー。以下は、ネットで、「もし、ドイツ革命が成功していたらー」から始まる長いコラムから転載させてもらった(筆者がすぐにわからないので、後ほど紹介へ。すごくわかりやすいコラムが続いておりました)


第1話 ローザ・ルクセンブルク




「極東に血が流れる。ツァー政府(ロシア)の犯罪的政策によって、ロシアと日本の間に戦争がひきおこされたのだ。二つの国のはたらく人民は、ツァーと日本資本主義の繁栄のために、互いに殺し合わねばならぬ。世界中のプロレタリアもブルジョワも、不安のまなざしで、戦争のなりゆきを追っている。これはロシアと日本だけの問題ではないのだ。世界資本主義の運命とツァー方式の絶対主義の運命がかかっているのである」と、出だしでローザはこう書いている。

 

二つの国の戦争とは日露戦争(1904年・明治37年)のことである。

「現在の世界の情勢の中では、二つの国の間のどんな戦争でも、利害をことにする全ての列強の武力衝突に転化し、全面的な流血を引き起こす危険がある・・資本主義の野望の特別の対象となったのは、特に巨大な自然の資源と5億の住民を持つアジアであり、アジアの中でもとりわけ中国であった」

ツァー政府が日本と戦っているのは、中国を手に入れるためであると断言し、この戦争はおそかれはやかれ、資本主義世界全体を渦中に巻き込む危険があると、すでに来るべき世界戦争を予見している。

「たとい、どのような結果になろうとも、この戦争は必ずツァーリズムの埋葬に行きつく」とし、「相手にする日本は、4千5百万人の人口を持ち、国力と生命力に充ちた国、すでに多くを学び取り、近代的な十分に武装された軍隊を持ち、この武力を十分に使いこなせる国である」と、ロシアの敗北を予測している。それによってもたらされる混乱を革命に転嫁せよ!と激を飛ばし、そして、ロシアにおける革命は必ず、ロシアより資本主義が発達しているが、やはり皇帝の絶対主義の尻尾を持つドイツに革命的な状況を作り出すであろうと…

プロレタリアートの革命的な連帯によってしか帝国主義戦争は防げないと、彼女は言う。

 

ローザ・ルクセンブルクとはどのような女性であろうか?

 

1871年にポーランドで生まれる。父親は材木商で外国とも手広く商売をしていて、父も母もユダヤ人であった。当時、ポーランドはロシアの支配下にあった。ワルシャワ高等女学校を首席で卒業。卒業後すぐに革命組織の党のワルシャワ支部に入り活動を始め、マルクス・エンゲルスを勉強し始める。ワルシャワ労働者同盟の創設に関わり、当局に睨まれるところとなり、スイスに亡命。チューリッヒ大学で自然科学、政治学、経済学を学ぶ。ここで私生活でも、政治活動の面でも固く結ばれた社会主義者ヨギヘス(ロシア)を知ることになる。1893年チューリッヒで開かれた第2インターの大会で報告を行い、注目を浴びる。若干22歳であった。『ポーランドの産業的発展』の論文で博士号を取得する。活動をドイツに移すため、偽装結婚してドイツ社会民主党に入党する。帝国主義戦争に一貫して反対し、レーニンのロシア革命を熱烈に支持し、ドイツのプロレタリアートが革命でこれに応えるべきと訴え続ける。4年3ヶ月の大戦中3年4ヶ月を獄中で送った。レーニンの論敵として、彼女が亡くなったとき、レーニンは最大級の賛辞を贈った。243707654_large_20240502233701

 

2024年4月30日 (火)

久しぶりにDVD「銀河鉄道999」と「蜘蛛巣城」を   日光行政センターに寄ったついでに日光図書館で

日光行政センターに水道代を払いに寄った。ついでに同じ建物内の日光図書館へ。第12回総会記念講演会(5月26日)のフライヤーを置いてもらおうと窓口へ。フライヤー10枚を快く置いてもらえることになったので、さらについでに。久しぶりに図書館のDVDを借りる。「銀河鉄道999」(松本零士原作)と「蜘蛛巢城」(黒澤明監督)ー。松本作品は「泣き笑い」した名作「男おいどん」を読んだ以来かも。黒澤作品は「七人の侍」はもちろん、大半の名作を観ているが、この「蜘蛛巢城」だけはどうしたことか、観ていなかった。他にも「蟻の兵隊」やノーベル文学賞作家・カズオイシグロ映画も観たかったが、借りられるのは決まりで一回に2作品のみ。次回以降にその作品も。殺人的な日々が続いていたが、こんな作品を観ようというぐらいに。ようやく普通の日々に戻ってきた、という思いだ。 438222353_7355314424597341_5432096994092 440450430_7355314421264008_1711834555260

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