(多事奏論)石破新首相 摘んだ野花は飾るとしおれる 高橋純子

2024年10月5日

 うんとこどっこいしょ。ベッドを新調した際、マットレスは半年に1回くらい上下あるいは裏表を返してください、でないと早くヘタってしまいますよとアドバイスされたことを思い出し、重い腰を上げた。裏表を返すのはそこそこの重労働、ついでに隅のほこりを拭ったり隙間に挟まっていた文庫本を救出したり。脇のテレビは石破茂・自民党新総裁誕生のニュースを延々と流している。

 考えてみれば自民党政権というマットレスは安倍晋三元首相時代から10年余、上下も裏表も一度も返されていない。ヘタりきっててもはや捨て時、替え時だろう。それでも、石破氏が本気で上下くらいは返そうとするなら、拍手のひとつも送るのにと、ちょっと夢想してみる。

 推薦人20人のうち13人が「裏金議員」だった高市早苗氏が、党員票で1位になったことにはうなった。そして高市氏の敗戦の弁、「今日が安倍総理の国葬儀から2年目の日だ。いいご報告ができなかったことを申し訳なく思っている」にはうめいた。ヘタりきったマットレスを「御神体」としてあがめかねない勢い。高市氏が首相にならずホッとした――それだけは言えるとも言えるし、それだけしか言うことはないとも言える。

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 まったき消去法ではあっても、あの9人ならイシバシガマシと思った自分を実はいまだ持てあましている。いやはや政治部に配属された四半世紀前、こんな日がくるとは夢にも思わなかった。

 「軍事オタク」のタカ派として存在感は示していたけれど、あくまでサブ&変人キャラ。それが、世の中および自民党がぐっと右ブレするなかでいつしか「穏健保守」くらいの位置づけとなり、「一強」の安倍氏と距離をおいて野にあり続けたからこそ、5回目の挑戦で今回、自民党総裁=首相の座を射止めた。まあ、ヘタりきったマットレスの上で見る悪夢の中では上等なほうと言えるだろう。

 総裁就任会見で石破氏が、自民党が下野していた3年3カ月を忘れてはならないと強調し、綱領にうたった「原点」――自由闊達(かったつ)に真実を語り、あらゆることに公平公正で、常に謙虚な政党でなければならない――に返ると述べたことに、私は涙を禁じ得なかった。ううう。「全国民の代表で構成される野党の方々とも論戦をかわし」という言葉遣いに、野党への最低限の敬意を感じて涙。なにより紙を読みあげずに立て板で語る姿に涙。もちろん、うれし涙であるはずはない。そんな程度のことが新鮮に映るほど、政治家への期待がこの10年余の間に地に落ちてしまっていたことに気づかされたがゆえの悔し涙である。

 新首相としてやるべきは、「自由」「真実」「公平公正」「謙虚」をないがしろにし、政治の荒廃をもたらした安倍政治との真の意味での決別だ。その初手として、裏金問題で処分された議員は次の選挙で公認しない。当初は前向きな姿勢を見せていたからこそのイシバシガマシだったのに、早くも腰抜けぶりを露呈させている。予算委員会を開いてから解散総選挙という従来の言も翻し、それで「納得と共感内閣」だなんて……寝言? イシバシガダマシ。野花を摘んで花瓶に挿したら即しおれましたとさ。

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 さあ、いやがおうでも総選挙だ。この3年間、主権者は浅い眠りを強いられ、十分な説明や議論もないまま、重要なことが勝手に決められてきた。覚醒し、悔いなき選択をしよう。主権者こそこの国のあるじ。ゆめゆめ忘れることなかれ。

 (編集委員)